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四十七話

 ……よし、完成しましたわ。これで今日のランチはばっちりです!

 時間もまだ余裕がありますし、早起きした甲斐があると言うものですわ。

 なんでもジェリーがヴァーミナスからの贈り物のドレスを持って来てくださるそうですし、お弁当は包んで冷蔵保存装置に入れて置きましょう。

 部屋に帰ると、ほどなくジェリーがやって来て衣装のお披露目をしてくれました。


「こ、これがヴァーミナスの希望なんですの……?」

「ええ、普段は品がある衣装が多いですけれど、本日は下町に溶け込める活発な姿が良い、とのことですワ!」


 上機嫌のジェリーは、髪に幾つもの金属製の球体を巻きつけて行きます。


「ところでジェリー、その球体は何なのかしら?」

「こちらは髪に魔力を伝えずに形を保てる特殊なカーラーです。今日は高い位置で一度纏め上げてから、前回よりもキツめに縦回転をかけていきマス」

「なるほど、ドレッシーな雰囲気の“アントワーヌ”の応用、かしら? 確かに活発な印象になりますわね」

「ご明察でございマス」


 さて、一旦現実逃避してみましたけれど、どう見ても今日の衣装は“筒”ですわ。……これが過ちでないなら、ヴァーミナスは私にどう装って欲しいのかわかるというものですわね。


「上はまだわかりますわ、下半分を切り落としたドレス……と言えばまあ納得できます」


 無理やりですわよ?


「アンヌ様、もしかしてパンツスタイルは初めてだったりします?」


 このドレスを見てから私の顔が苦いせいか、ジェリーは顔色を窺いながら恐る恐る訊いてきますわ。当然かしら。


「“パンツスタイル”? 露出狂、の間違いではなくて? 何故、腰から下着が見えそうなほど履き込みが浅いんですの? これでは丈夫なジーンズ生地の価値がありませんわっ! 私、こんな服はとても着られません!」

「地上ではあり得ないことかもしれマセン。でも、これがディマの一般的なお洒落ですワ。それにせっかく魔王閣下がお望みですので、なんとか……」

「うっ……そうですわね……」


 今日はヴァーミナスのための日、ですし……か、覚悟を決めるしかないわね。


「それに魔王閣下はアンヌ様の美しいおみ足をご覧になりたいに決まってマス! ここはバーンとナマ足で勝負しましょう! ネ、アンヌ様♪」

「わかりましたわ。ナマ足……? 素足、ということかしら。まさかストッキングも靴下も履かないと?」

「はい、今日はゴールドの飾りをあしらったミュールをご用意致しました」

「この靴は……なんだか歩きづらそうな構造ね?」


 この作りでは、靴をつま先と甲でしか持ち上げられないわ。更に、支えは足の甲の部分に細い革を何本か通しただけ。さぞ歩き難いでしょうね。

「その通りですワ、だからこそデートにぴったりなんだからァ! 足がフラついたら、魔王閣下にしがみついちゃってくださいナ♪」


 もう、ジェリーは相変わらず楽しく生きてらっしゃいますわね。

 でも……ヒールが高いのはいつものことですし、革のベルトに連なって下がるひし形の金の飾りは、エレガントさと砕けたカジュアルさが見事に混在していますわね。


「そのデザインはとっても洗練されていますわ。飾りの彫金も流石の技術ね」

「お褒めに預かり光栄ですわン♪ さ、お着替え致しまショ!」


 観念した私は、立ち上がって了承しました。……街の方々にこんな格好を見られるなんて、ほとんど下着みたいな物なのに……仕方のない人ね、ヴァーミナスったら。


「地上ではこんな格好、見たこともありませんわ……」


 鏡に映った私の姿は、異様の一言でした。くりくりと何本も束になった髪の毛をまとめると、雰囲気が異国の方みたいに明るくなっています。

 上は白地のチューブトップで、胸には大きく『魔族大好き』というロゴマーク……おへそがばっちり見えて丈が短いジーンズに、腰には太いベルト。

 足元がサンダルで、素足……地上の常識からこうまで逸脱すると、もはや私ではない気がしてしまいます。


「お似合いですわァ、素材がパーフェクトだとあたくしも腕の振るい甲斐があるというモノね。ポイントはサングラスを頭に着けるト・コ・ロ」


 ジェリーがさっと取り出したサングラスは、フレームが茶色でレンズにグラデーションがかかった物でした。


「サングラス? 太陽が無いのに、サングラスがあるなんておかしい気がしますわ」

「えーと、アンヌ様に伝わるように言い換えましたが、これは不可視の存在を見えやすくする魔道具なんですノ。お一人になられたら、必ずかけてくださいネ?」


 なるほど。それにしても前回の扇と言い、ジェリーの気遣いは完璧ね。今回は街中で仮に暗殺者が居ても気づきやすくなると考えると、ずいぶん安心感が違います。


「ありがとう、本当にあなたは素晴らしいわ。トータルコーディネートを崩さず、それどころか相手に違和感を与えずに防具を渡すスマートさが、ディマ貴族には必要なのね」

「滅相もございません、偶々ですワ」


 今回もサングラスと言われたから違和感を覚えただけであって、何も言われていなければ自然に身に付けていたでしょう。

 きっとジェリーの贈った装身具で、危ないところを助けられた人は少なくない……そんな気がします。普通なら、そんなことをされたらプライドを傷つけられた(実力を侮られた)、と怒り出すのがディマならば当たり前。けれど、渡された時に気づかなければ相手は『服飾士の顔を立てた。見た目のために持っていた』と言える。

 嘘でも言い訳でもないので、誰もジェリーが救ったとは思わずに『襲われた本人が機転を利かせて敵を退けた』と思うでしょう。


「ジェリーが城に引き立てられているのは、これが大きな理由……なのかしら?」

「ホホホ、あたくし如きに魔王閣下のご高察がわかるはずがないじゃありませんか。お仕事の結果は、受け取った方が下した評価がすべてデス」

「つまり、認めるのね。最初はジェリーを、私にただ薄着させたいだけの方だと思っていましたが、今回のことで完全に証明されましたわね」

「何がでしょう?」

「状況や実力を含めて各々に見合った装いをしてもらう……服飾士として一流の自負を持つ、尊敬すべき方ということがですわ」


 ルビー様も服飾に命をかけてると仰っていましたものね。


「アンヌ様……その、イヤだわ。もぅ……こんな風に言われたのって、ハジメテだから……」


 髪型の時もドレスの布面積を熱く議論した時も、ジェリーはいつも私のためを考えてくださっていたのだわ。ジェリーとヴァーミナスのおかげで、私は臆病者だとか自信がないとか言われずに済んだのですわよね。


「自分の立場よりも、私の印象を優先してくれていたなんて嬉しいわ」

「まあまあ、それより今は最後の仕上げに移りましょう。お化粧に少し工夫をして……ヨシ、OKよン♪」


 照れているジェリーは、いつもと違って大人しいテンションでした。面と向かっては、褒められなれていないみたいね。武力よりも優先したい物、というのがディマに置いては理解され難いからかしら。


「では行って参ります」

「行ってらっしゃいませ、アンヌ様」


 マスユからバッグを受け取ると、ヴァーミナスの待つ公務室に転移しました。

 今から、私はヴァーミナスを大好きなただの女よ。私は誰もが使える魔法を自分にかけて、暗い気持ちをどこかへ投げ捨てました。


「おはようございます、ヴァーミナス」

「おはよう、アンヌ……今日も美しいな。どんな格好も似合っている」

「ふふ、お口が上手ね。あなたもジェリーの見立てを完璧に着こなしていらっしゃるわ」

「さあ、行こうか。我の可愛い恋人」


 今日は国民に仲むつまじい姿を見せるのが目的でもあるため、二人で腕を組んで正門前に向かいます。


「ねえヴァーミナス、今日はどちらへ連れて行ってくださるの?」


 見せつけるのが目的だから、と言い訳してヴァーミナスに甘えた表情を向けます。兵士や使用人が見れば、私がヴァーミナスにぞっこんだとわかってもらえるように。


「うむ、今日は立体映写動画を見に行こうと思う。その後は街をゆっくり見て周り買い物を、そして食事だな」

「まあ! 素敵な計画だわ。とっても楽しみ」


 胸が腕に当たるように、思いっきりしがみつきます。地上ではなんてはしたない女性と軽蔑していましたが、よもや私が真似をすることになるだなんて、夢にも思いませんでしたわ。


「アンヌ、そんなに引っ張られては歩き辛いぞ」

「ごめんなさい、あなたの腕って逞しくてつい……」


 こんな見え透いたお世辞でも、ヴァーミナスは嬉しそうに頬を緩めました。あざとくても良いじゃない、こんなに喜んでくれるのだもの。


「仕方ないな。城下街は人が多いため、魔車ではなく歩いて行こうと思っている。構わないか?」

「ええ、こうして手を繋いでくださるのなら」

「そ、そうか。では……離すでないぞ?」

「もちろんですわ」


 私も笑いかけると、胸の中が温かく嬉しい気持ちが広がります。なんだか今日は良い一日になりそう。

 歩いているだけで、周り中の注目を集めます。そんな視線などないかのように、ヴァーミナスに向かって些細な感想や同意を求める。私って、こんなに面倒な女だったかしら?


「ああ、そうだな」

「……また、少しおしゃべりし過ぎですわね。楽しいと止め時を見失ってしまいますわ」

「良いではないか。我はもっとアンヌの話を聞いていたい」

「まあ、嬉しい。でもあなたに呆れられるのは嫌だから、ほどほどにしなくてはね」

「そんな心配は杞憂だ。どんなそなたの姿も、我には魅力的に映るのだから」


 本当に、ヴァンスは私が大好きなのね。まあ私が素晴らしく魅力的だから、当然よね。


「あなたは見る目があるわ、流石は私が選んだ方ね」

「……どうしたのだ? なんとなくだが、いつもと様子が違うというか……」

「あら、デートの時くらい浮かれても良いでしょう? 今はお仕事は無関係ですもの」


 ヴァーミナスは何を言っているの? せっかくかけた魔法が解けてしまうじゃない。


「アンヌ」

「様子が違ってはいけない? そんなお顔をなさっては嫌。どんな私も魅力的なのでしょう?」


 戸惑っているだけとわかっていますけれど、拗ねた素振りで私の望む反応を引き出しますわ。


「いや、そんなつもりはない。あまりにも、そう。普段と変わった表情に目を奪われただけだ」

「それは良い意味で?」

「もちろんだ。済まない、我がおかしなことを言ってしまったな」

「……許して差し上げてもよろしくてよ」

「本当か?」

「ええ、でも代わりに私の手にキスしてくださる? 地上では騎士の誓いですわ」

「喜んで誓いを立てよう」


 私の思った通りに動いてくれるヴァーミナスはとても可愛らしいわ。

 手の甲を指さして、「ここにキスをして、生涯私を守ると誓うのですわ」と言うとヴァンスはためらいなく私の右手を取りました。


「それではダメ。跪くのよ、ヴァンス」

「ここでか?」

「ええ。お嫌?」


 国王とも在ろう者が、城下町で跪いて誓いを立てるなんて、屈辱だとお感じになるかしら?

 別に嫌なら嫌で、困らせるつもりはありませんけれど。少しからかってみたいですわ。


「訊いてみただけだ。では……我は生涯をかけて、アントワーヌ・ド・サミキュリア・フォン・ムッカナン・ドルツストイアを守ることをここに誓う」


 地上の作法とは全然別物ですが、その誓いごっこは私の気分をこれ以上なく良くしてくれました。


「ありがとう、私の騎士様。我が侭を言ってごめんなさい、でも嬉しかったですわ」

「そうか。この程度のこと、いつでも言って良いのだぞ」

「うふふ、言いましたわね。私、ずっと覚えていましてよ?」


 道行く方々は私たちを避けて遠巻きに見ています。これからも私たちは、こうやって見られるのでしょうね。

 昔は誰かに見られることが嫌で堪らなかった。劣等感を拭うために我が侭を言っていたわ。

 でも、今の私は違う。あなたを繋ぎとめたくて、我が侭になってしまう。そんな気持ちをずっと受け止めてくださる、そういう意味に取ってしまいましたから。



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