三十九話 スズカ視点
あれからすぐに魔族の村々を巡り、一週間が経った。
まだアンヌの魔法は解除出来なくて、エミリオは日に日に弱っている。並大抵の魔族じゃ解けないだろう、と教えてもらったけど、アンヌに解除してもらうのがほぼ無理な今の状態では、なんとか誰かに外してもらうしかない。
大々的な宣伝のおかげか、魔族の人たちは友好的に私たちを受け入れてくれて、先入観や偏見を持っていた私たちは、そんなに悪い種族じゃないのでは? と話すようになっていた。
アンヌが何もして来ないので、それが不安と言えば不安だけど、備えるしかやれることはない。
エミリオはだんだん旅のペースについて行けなくなって、休む時間が増えた。本当にこのままじゃ、歩けなくなって死んでしまうかもしれない……。
「大丈夫? エミリオ、無理しないで。今日はここで休もうよ」
「す、済まない……また足を引っ張って。休ませてもらえたら助かる」
野宿の準備を終わらせて、夕飯をニニラと二人で作る。ご飯は基本的には私とニニラが作ることが多い。
スターシアはもちろん作れるんだけど、あんまり好きじゃないらしいから、五回に一回頼むくらい。アンヌが居た時には、教えてあげながら作ったりもした。
「ご馳走様でした」
「ご馳走様! じゃ、見張りのために私はお先に休ませてもらいますよっと、お休み」
「お休みニニラ」
森の中では常に見張りが居ないといけないので、交代で眠って見張りをする。
今まで見張りは一人だったけど、エミリオが起きられなくなってからは二人で見張ることになった。咄嗟にエミリオを担げる人間と、事態を把握している人間が別にいないと困るだろうと話合ったから。
目に見えてやつれて行くエミリオに、決められた時間に起きて! と言うことは出来ても、それが寿命を縮めてしまうかもしれないと怖くなってしまい、起きようとするエミリオを無理に寝かせているのが現状だ。
「ねえ、スズカ」
焚き火の前でスターシアと二人きり。辺りが暗くて表情までは見えないけれど、それがいつもの世間話の調子じゃないとすぐに気がついた。
「何かな?」
「ちょっと気になることがあって……アンヌとエミリオのことよ。スズカの意見が、あまりにも勇者様を庇っている気がして……理由を聞かせて欲しいの」
「理由って言うのは、そのままエミリオを庇っている理由? それとも、アンヌを騙してる魔王を原因にした理由?」
「そうね、庇っている、ってちょっと言い方が悪かったかしら。私はね、勇者様をそんなに良い人間だと思えていないの。いくら要因があったって、アンヌへの仕打ちは非道とさえ思ったわ。なのに、アンヌを選んでいたと言ったスズカが、どうして勇者様をそんなに支えて励ませるんだろう? って――見てわかる通り、私は不信感をもっているから……スズカの気持ちが訊きたくて」
「うん……どこから説明したら良いのか難しいんだけど……結論としてはね、エミリオに死んで欲しくないから。アンヌがとかじゃなくって、もし今私たちがエミリオに『最低だ、なんてことをしたんだ』って責めてしまったら、きっとエミリオは自殺してしまうよ。それが一番の理由」
フォレスティアンの森の中でも考えた、これからどうしたら良いのか。最初に心配になったのは、エミリオが自分を責めて死を選んでしまうかもしれないってことだった。
「勇者様が自殺? ……どうしてそこまで考えられるの? 私には理解出来ないんだけど。だって、仮にも勇者様なのよ。自殺なんかする?」
スターシアは、私よりもずっと長い時間をエミリオと過ごして来た。その一言にはエミリオの、今まで積み上げて来た武勇や立ち向かっていく姿勢なんかが込められているんだって、なんとなくわかった。
「推測でしか言えないんだけど、その『仮にも勇者』って立場がエミリオを傷つけてるんじゃないのかな? エミリオは勇者であろうとし過ぎてる。今だってあんなに衰弱してるのに、見張りに起きようとするでしょ? もし無理をしろって言ったら、笑って『わかった』って言う人間なの。無理して笑うんじゃなくて、自分は必要とされてるって安心して笑う」
ずっとエミリオは虚勢を張っている。リーダーだから、勇者だから、男だから……あんなに仮面を被る奴も珍しいと思うくらい。本当は弱虫なのにそれを隠して自信があるふりをしている。
「なるほど……わかる気がするわ。勇者様は非摘出子だったんでしょう? お母様が平民のお生まれだって聞いたことがあるわ。時には自尊心が低くて、卑屈に思えることもあった」
「うん、そうなの。私だってね、アンヌにしたことは許せない。だけどそれって、エミリオが一番、自分を許せないってことだと思うの。だから……目を離したら自責の念で死んでしまう気がして」
スターシアは黙っていた。焚き火の小枝がパチパチと爆ぜる音が心地良くて、私も黙っていた。
「……勇者様のこと、よくわかってるのね」
「わかってはないけど、わかろうとしてるよ。私にはそれしか出来ないからさ」
笑いかけると、スターシアもまた笑ってくれた。
「それが一番難しいことだと思うけど。そんなに他人を思いやれるのに、スズカは一人で旅をしていたのよね?」
「ああ、それは……事情があって、それでそう思えるようになったって言うか」
「言いづらいなら無理には訊かないわよ」
心配してくれたスターシアに、私はみんなにあまり過去を話さないできたなぁ、と目を伏せた。
大きな不安……けれど、隠していては信頼していないことにもなる。話そう。今が話す良い機会だ。
「スターシアが聞いてくれるなら、話せる気がする。でもさ、ニニラとエミリオにも一緒に聞いてもらいたいから、機会を改めても良いかな?」
「ええ。……あなたは意思が強いのね。私と違って」
「そんな、スターシアの方がずっと意思が強いと思うよ? いつも冷静でさ」
私の言葉を聞いて、じっと膝を見つめるスターシア。なんだかとても悲しそうに……迷子の子供みたいに見えて、どうしたんだろうと心配になる。
「冷静じゃなくなりたい、と思うこともあるわ。勇者様に、好きだと気づいてもらえてなかった訳だし」
そうだった。スターシアとエミリオは最初二人で旅を始めたんだから……もしかしたら、一番長く片思いをしていたのかも。
「あれは、ちょっと鈍感過ぎるだけだよ、スターシアがとかじゃなくて。あいつさ、小さい頃から近所のお姉さんたちに玩具にされてたらしくて、アピールをみんなからかいだと思っちゃうの」
「そうだったの。ふふ、まあわかるわ。きっと可愛い男の子だったんでしょうね」
「うんうん、私だって告白受けた後に「スズカが僕を好きだなんて信じられない」って言ったのよ? 病気レベルで鈍いんだよ」
「羨ましいわ。やっぱりお似合いね、スズカとエミリオは」
あ……流石に無神経だったかも。聞きようによっては惚気? いや、よらなくても惚気になってる?
「なんか、ごめん。別の話しよっか、和平のこととか」
「あら、謝られるような……ふふっ、そっか。やっと気づいたのね、自分がどんな風に勇者様のこと話してるのか」
「え、えぇ? 私、どんな風に話してる? 今のはしょうがない奴、って思って話してたんだけど」
「キラキラしてる。そんなスズカを見てるとね、人を好きになるって良いことだなって思っちゃうくらい」
「……私、アンヌに酷いことしてたのかな? 無自覚にエミリオを好きって伝えてたってことでしょ?」
アンヌを傷つけたくなくて、エミリオに惹かれている自分を隠していたのに――意味なかったんだよね。
「それは違うでしょう。アンヌはそんなこと気にする人じゃないわ。現に、スズカが加わってからもずっと勇者様に好意を伝えて居たじゃない……もしかしたら、本当の気持ちを言ってもらえないなんて、とは思っていたかもしれないわね」
アンヌなら……確かに。『私は正々堂々恋の勝負に敗れただけではありませんか』って、言ってくれたぐらいだもんね。
「うん、きっとそうだね。ありがとう、スターシア」
スターシアは、「どう致しまして」と優しく笑ってくれた。この笑顔を見ると、大丈夫って思えるから不思議……安心できる。焚き火の向こうのスターシアは立ち上がると手を払った。
「じゃ、ニニラを起こしましょうか。スズカは寝ないといけないし」
「うん」
スターシアはいつも最後に寝る順番になる、と言ってくれる。ありがたいけれど甘えてばかりもいられないんだとまた思った。やっぱりスターシアだって悩みもある一人の人間なんだよね……。
明日、やっと魔族の治める都市にたどり着く。早くエミリオの魔法を解除してもらわないと……そう考えて眠りについた。