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三十七話

 初めてのお茶会は、お庭を眺められるバルコニーにて開催することになりました。マスユと二人で一つずつ確認をして、充分と判断したところで自室に戻ります。

 実は今日のために、未婚女性に相応しい地上のドレスをジェリアータに仕立てていただきましたの。髪型はシニヨンにだけはするか! と誓いましたので、前髪を両脇で三つ編みにしてリボンで飾り、少女風にしましたわ。後ろ髪も緩く編みこんでいます。


「ありがとうマスユ、これでよろしくてよ」

「それではバルコニーにて、お待ちしております」

「ええ、またね」


 姿見に映るのは淡いピンクのフリルとレースがあしらわれたドレス。

 これが何故か、異様に頑丈で魔力耐性が高く驚きました。今までは生地が薄くて気づきませんでしたけれど、植物の持っている魔力のせいで、織り上げると自然に強固な服になるのですって! つまり、服が防具とみなされるのも当たり前という訳。

 正直に言ってしまうと、これなら戦闘時に身に着けていても、動きが阻害される以外の問題はさほどありません。下手な刃では切り裂けなさそうな仕上がりになっています。

 最高級の仕立てでお願いしたからでしょうけど、レジストに似た作用まであるのは、流石に驚く他ありません。

 胸元の首飾りがかなりミスマッチになっていますが、瘴気で外せないのですから仕方ありませんわね。

 ディマ国では貴族市民を問わず、訪問の際は約束の時間から少し遅れて着くのがマナーだと習いました。本日ご招待しましたのはルビー様、ミッチィ子爵とベステネック準男爵の三名のお友達ですわ。

 招く場合、招待状に転移ポイントを記載するマナーが変わっていますわね。今回はディモルト城のお客様用の転移ポイントを予約してお伝えしました。事故を防ぐために先に二名の従者が転移して、安全であれば一名が戻るのです。

 お約束の午後三時から五分遅れて、皆様示し合わせたように同時にいらっしゃいましたわ。従者はばらばらだったのに同時に来られたということは、約束から五分遅れて行くのが一般的に相応しい訪問の仕方なのでしょう。

覚えておくことですわね。


「皆様、ようこそいらっしゃいました。本日は私のお茶会にいらっしゃってくださり、真に嬉しく存じますわ」

「歓迎ありがとう、アンヌ様」

「お招き頂きありがとうございます」


 爵位……実力のある方から挨拶していきます。こういう時、ディマの貴族社会はとても合理的だと感じます。もし実力のない方の爵位が高ければ、魔族の習性や性格上、気に食わないと戦闘になり、果ては爵位を剥奪されるでしょう。

 地上では受け継いだだけの爵位と財産で威張っている貴族も少なからず居ますが、こちらでは皆無ですもの。そういえば、爵位システムも地上とは異なっているらしいんですのよね。

 一体、いつになれば貴族名鑑を覚えるところまで修められるのかしら。当分は無理、ということしかわかりませんわね。


「それではこちらへどうぞ、ご案内は地上では使用人に任せますが、本日は特別のお客様ですので、ディマ流に私自らご案内させていただきますわ」


 ディマの文化は知れば知るほど、己こそ素晴らしい、と謳っています。お互いに認め合い、何より己を磨いてより高みを目指す。

 “初会の試し”も服装も、今はとても自然な物として受け止められますわ。私は羞恥心ではなく誇りを持って、体を見せつけるべきであると。


「何だかわくわくするね」

「本当ですね、ちゃんと戦いもなくお茶を飲むだけとわかっていても、ドキドキします」


 皆様が話すそれは、私がディマ国に触れて感じた気持ちでもありますわ。新しい刺激になって欲しいという望みが叶っているようで、とても嬉しく思います。


「お望みでしたら、お茶の後にお手合わせ致しますか? お客様のご希望とあらば、このアントワーヌ、一肌脱ぎますわよ」

「それは嬉しい! では、約束ですよ。お茶の後に一試合」

「やだ、羨ましい。良いなぁミッチィ子爵。私も言えば良かった」

「まあ、でしたらベステネック準男爵もその後に、いかがでしょう?」


 なんとも信じ難い反応ですけれど、お二人とも大喜びなさっているので、主人としては正解だと思いました。


「あはは、お茶の後になんて言われたらあんた、大急ぎで飲み干しちまいそうだね」

「まあダナゴ様ったら酷い。地上のレディの真似事なんですから、お淑やかにお上品にしますわ」


 そうして愉快なお話をして回廊を進み、目的のバルコニーに着きました。ディマでは時間を優先しない移動を徒歩で行うのに、大切な意味があります。

 あなたと長く共に居たいというメッセージであり、それはお互いの尊重に通じているのですわ。ですからご案内にはあえて徒歩を選びました。

 のんびりするのが目的、と招待状に書いてお招きしたのに転移しては台無しというものです。


「こちらでお茶をいただきましょう」


 テラス近くに私とルビー様、そしてミッチィ子爵、ベステネック準男爵の順番です。本来のお茶会では貴婦人たちのルールに則る必要があり、(夫、父親の)爵位通りだけでは席を決められないのですが、ディマ国ではそんなルール絶対に生まれないでしょう。

 もし爵位が関係ないと言われたなら好きに座られて、移動したりもなさるでしょうね。私も少しはこちらの文化に馴染めている気がして参りました。


「うん、地上の礼儀は知らないけど、これならディマにも問題なく受け入れられるね」

「本当ですか? どのような理由でそう仰ったのか、お伺いしたいですわ」

「席順だけだけど、庭の近くに強いディマが座るだろ? あたしたちにとっての上座は、外敵が真っ先に襲って来る場所だから」


 目から鱗ですわ。なるほど、確かにそうなりますわね。今までは気にしていませんでしたが、振り返ってみれば思い当たる節がありますわ。


「そういうことですのね。勉強になりますわ、地上では見晴らしの良さで決まりますのよ」

「ふーん、見晴らしなんてどうでも良いけどね?」

「確かに風景はさほど……」


 全員が着席なさったのを確認して、マスユがワゴンを押して来ます。


「失礼致します」

「あ、マスユだ。元気してる~?」


 準男爵はマスユに向かってひらひらと手を振りました。地上では考えられない行動ですわね。


「はい、ベステネック準男爵様、おかげさまで恙なく」

「どしたの? いつもみたいにナルって呼んで良いよ?」

「ほーらナル。やっぱりレディには程遠いよ。アンヌ様をご覧、あんたの対応は淑女らしくないって」

「えー! 友達に話しかけちゃいけないの?」


 こちらでは、地上の貴族社会の仕組みは理解していただけないでしょうね。何故って、私にもだんだん理解できなくなりつつあるからですわ。


「そうですわね、あちらでは使用人と友人であることが仮にあっても、公表しようとはしないでしょう。使う者と使われる者ですから」

「本で学びましたが、実力ではなく血を重視なさるのですよね?」

「ええ、そうですわ」

「ふーん。でも今日は別に話しかけたって構わないよねっ。マスユは友達な訳だし」


 マスユはとても優しいお顔で笑っていました。きっと良いお友達なのですわね。

 私とスズカみたいな。スズカ……今はどうなさっているのでしょう。


「もちろんですわ」

「良かったね、ナル」

「うんうん」

「皆様、お茶が入りました」


 マスユはいつも通りにお紅茶を配膳致しました。不安なく見ていられるから、皆様とのお話もどんどん弾みます。


「今日は簡単に内容を紹介するだけのものですから、作法など気になさらないでくださいな」

「ではアンヌ様にご質問しても?」

「ええ」


 こうしてどんな状況でも私に気を遣う皆様のご様子を見ると、ヴァーミナスが実は恐れられているのだ。と誰に教えられなくてもわかります。

 今までは、気を遣うのはマナーや異種族であること、それぞれの立場がそうさせているのだと思っていましたけれど。根底には魔王の物理的な力が影響しているのでしょう。


「いや~……そうだ、あたしじゃなくせっかくなんだからアンヌ様の話にしようよ。ディモルト閣下とは、最近どうなんだい?」

「さ、最近ですの? 地上との交渉が難しいらしく、お会いできていませんのよ、残念ながら」

「あ、そういやドラクル様がおかしなことしたんだっけ」

「領民が捕まって大変とか聞いたね」

「あれは自業自得ですよね。魔王閣下のご判断は正しい」


 実はヴァーミナスではなく私の指示なんですけれど……それはどちらでも構いませんわね。


「ふんふん、会えないんじゃ進展しようもないのかね。舞踏会の前まではどうだったの?」

「舞踏会の前……」


 パッと思い出したのは、キスされたシーンでした。


「あー! 赤くなった~。アンヌ様、怒ってる?」

「いいえっ。まさか、怒ってはいませんわ」

「では恥ずかしいのですね? 人間の表情では赤くなるのはどちらかだと聞きました」


 そういう意味での質問でしたの?!


「んーんー、ディモルト様とどんなことをしたのか、これは話してもらうっきゃないねぇ」

「賛成!」

「さあアンヌ様、観念してくださいね?」

「そんな、観念だなんて……そう、髪を撫でられてキス……を」

「か、髪を撫でられたーー!!」

「それで、どうなったんだい?」


 食いつくのはそちら?! さっきから、種族の違いをまざまざと見せつけられていますわね。


「お待ちになって。髪を撫でただけで、どうしてそんなにも驚かれたんですの?」

「嫌だねアンヌ様ったら。ディマの中じゃ髪を撫でたりそうしたいって言うのは、ベッドに連れ込みたいって言い回しなんだよ」


 なんですって! では私、連れ込まれようとしてましたの? あまつさえ『そうしてくださいませ』とか言いましたわ!

 私の淑女像が――なんてこと。ヴァーミナスに呆れられていないかしら。

 『私を騙したヴァーミナスにね』夢から醒めるように、そんな皮肉めいた言葉が振って来ました。どこから?


「ま、まあ。そうでしたのね。私ったら、知らずにそうして欲しいと言ってしまいましたわ」


 口が滑った、と気づいたのは言った後でした。ああ、今の言葉を拾って口の中に戻してしまいたいわ。


「うううう嘘! アンヌ様大胆! 魔王様は? どうなさったの?」

「ええと、そう! 何も起きませんでしたのよ。お父様のお話になって、ヴァーミナスの子供の頃の話をしましたわ」

「その流れでお父様? ぷっ、あっはっはっは! それは、さしものディモルト様もちょっとね。良いムードには持って行けないだろうねぇ」


 ディマも人間も関係なく、恋の話は大好きなんですのね。ううう、皆様が私をずっとこちらを見ていますわ……。


「もし知っていたら、私もそんな答え方しませんでしたわ」

「いやいや。魔王閣下は既に髪を撫でていたのでしょう? でしたら、これ以上なく上手いかわし方だったと私は思いますけど」

「それは言えてる。魔王様も男だもんね」


 まあ……それではまるでヴァーミナスが抑えの効かない野獣のようだわ。あんなにいつも冷静で、どちらかと言えば無愛想なくらいですのに。


「――皆様の知るヴァーミナスと私の知るヴァーミナスは、まるで別の人みたいだわ」


 つい、そんな言葉を口にしていました。


「え。そんな、こと……ね、ダナゴ様?」

「そうだよアンヌ様。一皮剥いたら、男なんて変わらないもんさね。ちょっと、アンヌ様の前ではカッコつけてるのかも知れないけど」

「そうですわね。ルビー様の仰る通りなのでしょう」  


 分離してしまった心の中で、騙されることのない私が言いました。『ヴァーミナスは性格までも偽っている。あの人を信じてはいけない』と。

 私が壊してしまった空気を変えようと、改めて話題を振ったことで、皆様は安心したようにその後もお茶会を楽しまれました。


「おや、こんなに時間が経ってしまったのですね。ではアンヌ様、そろそろお約束通り、お手合わせ願います」

「ええ、お庭に出ましょうか」


 ミッチィ子爵とベステネック準男爵と立て続けに勝負をし、なんとか勝利することができました。ドレスはやはり動き難いですわね。


「うえー、アンヌ様お強い……防御は上がってるけど、速度は落ちてるはずなのにぃ」

「ホントだね、人間のドレスも悪くないかも……でも隠す範囲が多過ぎるのよねぇ」

「ですが、機動性の弱点を攻めたはずなのに敗れてしまった私は、まだまだと言うことですね」


 そうかしら……私は格闘術が比べ物にならないほど劣っているのですけれど。本当に集中で誤魔化しただけですのよ。


「お二人とも、弱くなどありませんわ。私は力技で勝ったに過ぎませんもの」

「アンヌ様、力技と言えば力技に違いないけどね。拳と魔法の二段構えを、集中だけで防がれちゃお話にならないのさ」

「そうですよ。私は気にしませんが、下手な慰めは逆に侮辱になりうる。ディマでしたら、まだまだだね。くらいでちょうど良いのですよ」


 なるほど……集中は陣を形成しない魔術に過ぎない。であれば、障壁よりも強度は弱いはずですものね。

 勝者の態度も参考になりますわ、これで鼻持ちならない女だと思われてしまう危険性もありますから、今度から手合わせの際には気をつけましょう。


「勉強になりますわ。ベステネック準男爵、これからはナル様とお呼びしてもよろしくって?」

「も、もちろんです! ひゃあ、光栄だあ」

「おや、今度は私が羨ましがる番だな」

「ミッチィ子爵も、良ければリーラ様と」

「とても光栄です、アンヌ様」


 自分の名前を親しく呼んで欲しい、又は呼びたいと言うのは身分が上の者しか言ってはならない。と貴族での決まりがあるのだそうです。

 初対面の時、知らぬこととはいえルビー様に失礼なことをしてしまったのですわ。因みにその決まりを知ってからお詫びしたら、そんなの忘れていたと寛大に対応していただきました。


「それじゃあ、楽しい時間も終わりだね。アンヌ様、またお茶会をする時は呼んでおくれ」

「ええ、もちろんですわ。お気に召していただけたのなら、ぜひまたご招待しますわ」

「紅茶って香りを楽しむ物、っていうのがいまいちピンと来なかったんだけど、マスユの淹れた紅茶は本当に美味しかった!」


 素直なナル様にそう言っていただけたなら、これ以上ない褒め言葉ですわね。城の正門までお見送りするために、また歩いて回廊を進みます。


「ありがとうナル様、マスユも喜びますわ」

「あのさぁ、さっきアンヌ様は使う者と使われる者って仰ったけど、地上ではそんなに使用人への扱いが良いのかい? なんだか違和感があるんだけど」

「あら、そんなことはないのでは? 使用人に辛く当たったり、メイドを手籠めにしてしまう等はよくある話ですわ。尊重されることももちろんありますけれど、少ないのが現状だと思いますわ」

「では、アンヌ様は何故マスユを古き友のよう扱うのです?」


 ああ、私の態度で皆様は疑問をお持ちになったのですわね。私は特異な例ですもの。


「それは私が旅の間に学んだ、心構え……のような物です。身分がある以上、それに相応しい扱いはあります。それでも、自分の身分が高いからと低い者を蔑ろにするべきではありません。だってその者たちが居なければ、私たち貴族は義務を果たすことも困難になってしまいますから」

「そうなんだ~。通りでアンヌ様付きメイドの希望者が殺到するはずだね!」

「何、その話。あたしは聞いたことないけど」

「あ、私はマスユからこの間ちょっと……」


 そんなこともあるのですわね。メイドは偶に新しい方が入りますけれど、紹介されるのは一部ですわ。

 私付きが人気……? というのは不可解ですけれど、主としては喜ばしい事実ですわね。


「それでは皆様、お名残惜しいですけれど、お別れのお時間ですわね。またぜひお茶会や夜会にいらしてくださいな」

「ああ、今日は楽しかったよ。またね、アンヌ様」


 ルビー様から順に、挨拶をされて転移で帰られます。遅い時間までお引止めしたとしても、転移で帰れば一瞬。お招きした皆様と長く過ごせるのは嬉しいですわ。

 また、時間を作ってお茶会を開きましょう。一月ひとつきに一度くらいの頻度がよろしいかしら。


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