二十八話
一度視線を感じれば、私を噂なさるのは無理からぬことですわ。あくまでも平然と、ヴァーミナスのお顔しか見えない素振りをします。
「さあ、今宵の我が城には美の化身が舞い降りた。新たなる国家の反映と人間界との和平の第一歩を尊び、ここに祝そうではないか! 無礼講だ、遠慮なくかかって来るが良い!」
舞踏会とは思えない始まり方ですけれど、雄叫びと共に襲い来る魔族の方々……。もちろんヴァーミナスの横に居れば、魔法も飛び道具もなんてことありませんわ。
「ねえヴァーミナス。音楽が鳴るまでずっとこうですの?」
「そうだな、無礼講は滅多にない機会なので、今夜はあまり構ってやれないやも知れぬ。一人にさせるのは不安なのだが……」
「そんなこと仰らないでくださいな。退屈してしまいますもの。お友達を探したり紹介していただいたり、して来てもよろしいでしょう?」
過保護なお父様を、よくこうして説得しましたわ。男性は常に女性を守るべし、というのは魔族のヴァーミナスにも通じるようで、あまり一人にはしてくださらないの。
離したくないと言われるのは嬉しいんですけれど、せっかく着飾ったのですから、色んな方に見ていただきたいのも本音ですわ。
「そうだな……目の届かないところには行かないと言うのであれば、良いだろう」
「ええ、この広いホールのどこに居ても、あなたの目は私を見つけてくださるわね?」
「当然だ」
「フフ、感謝しますわヴァンス。行ってきます」
「油断するなよ、アンヌ」
「もちろん心得ていますわ。クラシックまでにはおそばに戻りますわね」
今夜はいつにも増して心配性でしたが、最後には送り出してくださいました。
「わかった。後でな」
頬にキスをくださるのもいつものこと。私は意気揚々と広間に歩み出しました。こんなにも楽しげな夜会は初めてですわね。
私にも攻撃が降りかかって来ますけれど、皆さん力押しですもの。私が焦ることはなく、対処できない襲撃もありません。以前仲良くなった方に和平会談の決定を祝していただいたり、やっぱりこの方が楽しいですわ。
お酒は控えめに、嗜む程度は基本中の基本。そうだわ、ルビー様とお話したかったことを思い出して、ホールを探すことにしました。
こんな時いつもは魔力捜索するのですけれど、今夜は止めておいた方がよさそうですわ。魔族があまりにも多過ぎる……初めて見るお姿の魔族も沢山居て、それを見ているだけでも案外勉強になりますわ。
人の姿から元の種族を想像しておいて、後で親しい方にそれとなく訊ねて答え合わせをすれば、もっと勉強になるでしょうね。
「ここにもいらっしゃらない……どちらにいらっしゃるのかしら?」
お化粧室に入ると、不思議とどなたもいらっしゃいませんでした。化粧直しには早い時間ではありますけど、大抵混んでいるものですのに……。
「こんばんは、アントワーヌ様。初めまして、僕の名前はパトエワール・ノバティー・ミュジィエクブスと申します」
「こんばんは、初めまして。アントワーヌ・ド・サミキュリア・フォン・ムッカナン・ドルツストイアと申しますわ」
後ろから話しかけられて、先ず魔力を“集中”させます。振り向いて……初めての挨拶の後は“初会の試し”ですわ……ノバティー……何か聞いたことのあるお名前ね。
魔力を練り――おかしいですわ。力加減ができない。こんなもの放ったらこの部屋が吹き飛びますわ……意識して、小さく、して……。
「美の化身とは正にあなた様ですね。僕は試すにも値しない存在ですか? 大丈夫、全て受け止めてみせますよ――?」
「大瀑布!」
いけない! 上級攻撃魔法――。
「ああ……美しい方は魔法までこんなに酔わせてくださるんですね?」
凄まじい勢いで放たれた瀑布は、彼女? 彼? の目の前で捻じ曲がりました。まるで、水が従順になったみたい――そんな。そんな防ぎ方があるだなんて!
「思い出しましたわ。あなた、ノバティー伯爵ではなくて? 魔法の技術が素晴らしいとお伺いしましたわ。評価に違わぬお力をお持ちですのね!」
「やあ、嬉しいな。僕のような魔族をそう評価してくださるだなんて、感激です。こちらこそお噂はかねがね。特に今宵は素晴らしい装いでいらっしゃる……」
観察されるのに合わせて、私もノバティー伯爵を値踏みします。ええ、値踏みするのは礼儀ですわ。水色から下に行くにつれて紫色になるグラデーションの御髪は、前髪を肩にかかるほど長く伸ばしてあります。少し垂れた目元に、クリスタルを嵌めたようなお瞳が光っていますわ。
あら、お顔や声だけではわかりませんでしたけれど、体形を見るに女性なのね。そうですわ、考えてみればここは女性用のお化粧室なんですもの、当たり前ですわよね。
白いレースの縁取りのノースリーブシャツはお臍まで深く切り込んだデザイン。中心をさらけ出すのは急所を見せることですから、胸が覗いていてもただ破廉恥なのではなくてよ。
赤紫の膝上十センチ丈のタイトスカートで、お足元は白のブーツハイヒール。まあ、立派な羽が生えていらっしゃるのね……蝙蝠の皮膜に似ていて、色はスカートと同じ赤紫。髪型は単に長い髪を後ろで縛っただけですけれど、それがもっとも彼女を引きたてるのでしょう。よくお似合いですわ。
装飾品はシャツのお腹部分についた細い銀のチェーンだけ……中性的なお顔立ちと相まって、怪しい雰囲気のある女性ですわ。
「これから、どうぞよろしくお願いしますわ」
「光栄でございます、アントワーヌ様。僕のことはよければパティと呼んでください」
これで私が彼女を認めたことになりますわ。ぜひこちらの魔法のコツを伺わなくては!
白い扇を広げて首元を扇ぎます。風があると気持ち良いわ。さっきのは少しのぼせていたみたい、魔力コントロールには気をつけないと事故の元ですわね。
「では私のことはアンヌとお呼びになってくださいませ、パティ様」
「んーん、パ・テ・ィ。様だなんてよそよしくて僕は好きじゃないな。必要ありません。ね、アンヌ様?」
「そうかしら? そうね、あなたがそう仰るのならば、パティと呼ばせていただきますわね」
「ふふ、嬉しいな! いつまでもこんな場所で立ち話もなんですし、あちらでお酒でも頂きながら、ゆっくりおしゃべりしませんか?」
パティの声はまるで成熟させたワインのようで、もっと聞きたくなるような、癖になってしまうような――不思議な響きをお持ちでした。お話も面白くて、聞き上手で、ルビー様を探そうという気持ちまで薄くなっていきますわ。
「あなたって楽しいお方ね。声がとっても魅力的ですわ、ハスキーでありながら滑らかで……何かお歌は歌われますの?」
「ええ! この声は実は秘かに自慢してるんですよ、アンヌ様にお褒め頂けるなんて、魔力が弾けるくらいの喜びです!」
パチリ、と尖った爪の先で魔力が弾けました。この方とならいいお友達になれそうですわ。
「まあ、私の魔力も弾けてしまうわ。ありがとう、パティ」
そう言って、私も指先で魔力を弾けさせました。
「……可愛らしいアンヌ。直にダンスのお時間です、よければ僕と――」
「アンヌ様から離れな、この変態がッ!」
ヒラリ、と優雅に距離を取ってかわしたパティに、ダナゴ公爵はお手の棍棒を続けざまに振り下ろしました。
「無粋だよ、ジルベール。せっかく素敵な時間だったのに……仕方ない、またね、ハニー! 僕の歌はまた今度っ」
ハニーだなんて……それは異性を呼ぶ時の愛称ですのに、気障なところがおありになるのね、パティには。宙に羽ばたくと、投げキスをして転移されました。ルビー様が背中に庇ってくださっているので、お返事は控えましたわ。何かあったのでしょうか……?
「パトエワール! アンヌには近寄らせないよ! くそ、もう少し早く気づくべきだった……」
「どうかなさったの、ルビー様? パティとはお知り合いのようでしたけれど」
「どうか?! アンヌ様こそどうかしちまったのかい? あいつはディマの中でも手の早いんで有名なんだよ? あんな親しげに魔力を弾けさせたら、ディモルト様が泣くじゃないか」
「な、何故そうなるんですの? パティは女性ですわ。そんなことには、」「ああ! 人間には両性具有ってのは居ないんだった……ちッ、知ってて近づきやがったな、あの変態!」
「りょ、両性具有? ま、まさか、パティは“男性でもある”んですの?」
そう言えば図鑑で、そのような種族も居ると学んだような気が致しますわ……! でもあんなに気さくで悪い方には感じませんでしたのに……ルビー様はよほどパトエワール様がお嫌いなのね……そう何度も変態と仰られなくてもよろしいと思いますわ。
「そのまさかさ! アレは性質の悪い性的嗜好だから、アンヌ様みたいな方が仲良くしていい奴じゃないんだよ!?」
「その、どんな方なのか伺ってもよろしくって?」
「えーとね、なんだったか~。そう、『生きとし生ける物は皆家族。誰とどれだけ仲良くしたって責められる謂れはないよ』って言って、あたしの男を寝取ったのさ! 二度とあいつに寝取られるような腑抜けはパートナーにするもんかッ。男女問わず常に十四、五人は侍らせてるような奴だよ。あ~今思い出してもむかつくッ」
も、問題児ですわぁぁぁ!! 何をのほほんと仲良くなってるんですの、私! 完全に醜聞ですし、言い逃れできないくらい沢山の方の前であの親愛の仕草を――!
婚約者がありながら、これではヴァーミナスを裏切ったも同然! 信じられませんわ、なんて説明すればよろしいのかしら?!
「と、とんでもないことになりましたわ……ヴァーミナスのお耳に入る前に説明しなければっ! ルビー様、一緒に探してくださ……」
「ディ、ディモルト様……」
ルビー様は私の背後を人差し指で示しました。う、嘘と仰って――!
「ヴァーミナス――ああ、なんてことをしてしまったのでしょう!」
振り向いてすぐ、何も言わせないためにぎゅうっ! とヴァーミナスの胸に飛び込みます。
少しでも周囲とヴァーミナスの誤解を解かなければ! 私の堅実清廉な王妃像がっ、信頼が大ピンチですわ!
「アンヌ……あれほど気をつけると言ったではないか。あれは何だ、ノバティー伯爵にあんなに近寄らせて――」
「ごめんなさい、ヴァーミナス。ええ、謝って許されることではないのはわかっていましてよ。ただ、私のお話を一度でいいの、聞いてくださる?」
もちろん視線は逸らしません。自分が悪いのですもの、誠意はたっぷりありますわ。
どこかのゆう――これ以上は言えませんが、某勇者とヴァーミナスは違うはずですわ。あっ、言ってしまいましたわ! うう、落ち着きなさいアントワーヌ。やればできる子。
「そうだな――クラシックの時間だ。踊りながら話そうか」
「ええ、ヴァンス。私が踊りたいのはあなただけですわ!」
大きな声が少しわざとらしいですけれど、不仲説でも立てられたらかないませんわ。噂より恐ろしいものなんて社交界にはありませんことよ!
「お手を、アンヌ」
ヴァーミナスの力強い手にリードされ、ワルツが始まりました。魔族たちは一斉にホールの中央を開け、私たちに注目が集まります。やっぱり怒ってらっしゃるわよね……険しいお顔。私が軽率でしたわ。
「ごめんなさい、ヴァンス。パ――ノバティー伯爵とは女性用のお化粧室でお会いして、しかも女性のお体でしたので、すっかり女性だと思い込んで安心してしまったのですわ――ええ。あなた以外の男性にあんな距離を許してしまって……言い訳できませんわ」
「フン、ノバティーのいつもの手だ……あれは存在が誘惑を形どって現れたと言われている。そなたが警戒心を持てなかったのも仕方あるまい」
「そ、そうでしたの――お許しになってくださる? ヴァンス」
身に染み付いたステップ、ターン……ヴァーミナスはダンスもお上手なのよね。他の魔族の方は辛うじて踊れているくらいですのに。
ヴァンスを見ると、一瞬目を伏せました。あの癖……ダメかも知れませんわ。
「そなたが我に時間を割くのならば、許さないでもない」
「ええ、あなたのためにお時間を使うのなんて当たり前ですことよ。私は何をすればよろしいの?」
「……街を、二人で歩こうではないか。休みを作るから、当たり前の恋人のように過ごそう」
「ええ! 喜んで、ヴァーミナス。……そんなことで許してくださるなんて、とってもお優しいのね。ありがとう、ヴァンス」
街を視察できるのと許してもらえた喜びで一杯の私は、ワルツがちょうど終わったところで、ヴァーミナスの頬に感謝のキスをしました。これで仲直りしたように見えるはずですわ……あー焦りましたわ!
「アンヌ、今ので思いやりのある男になれているか?」
また目を一瞬伏せましたわ。何だか妙に気になりますのよね、あの癖が……どんな意味かわかればよろしいのに。
「え、ええ。とても寛大だわ。てっきりあなたのことだから、またノバティー伯爵を処刑するとか言い出すのかと……いいえ! 失礼なことを言いましたわね。楽しみですわ、街へのお出かけ。私、あなたのためにお弁当を作りますわね?」
「何、本当か?!」
「嘘は言いませんわ。これでも旅の間に修行しましたのよ、期待なさって」
「ああ、期待している。約束だ」
ヴァーミナスは私の小指にご自身の小指を絡めました。子供っぽい約束の仕方ですわね。なんだか可愛らしい。
「ね、あちらでお料理をいただきましょう? ルビー様ともまだお話をしたいの。付き添ってくださるわね?」
「ああ、今日はもう離れない。まず飲み物を――」
ふう……ひ、一安心ですわ……もう、パティがそんなに貞操観念の緩い方だったなんて――パティ? ノバティー伯爵、ですわ。また親しげに呼んだらあらぬ誤解をされてしまうわ。『またね、ハニー』耳にあの声が、癖になるような――霞むような――ダメですわ。気を確かに持たないと。




