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一話

 よし、これで完成ですわね。自分の成し遂げた仕事に満足して、魔力を保てるマジックアイテムである美しいクリスタルの瓶に出来上がった薬を慎重に移します。

 この薬を渡せば、きっと彼女はまたわたくしのことを友達として受け入れてくれますわ。

 乳白色の薬が入った美しい瓶を握りしめて、自分の終わった恋に思いを馳せました。


†  †  †


 三年前の冬……どの国も年越しに追われる寒い日のこと。私は仲の良い家族たちと、暖められた部屋でおしゃべりをしておりました。

 自慢ではないのですが、私の家柄は国内でも有数の貴族。国王様直々に、広大な領地を預かっている由緒正しいお家です。

 とても清々しい朝の団欒は、突然世界中を埋め尽くした黒雲によって無残にも破られました。

 魔力を持つ者全てに聞こえたという、あの声明から今日まで、平穏な朝は二度と迎えられなくなってしまったのです。


『全世界に蔓延る害虫のような人間ども。私は魔界を統べる魔王だ。私の力はこの魔法によってもわかる通り、強大だ……』


 こんなにもはっきりと声が聞こえるのに、まさか魔界なんて見つからないほど遠い場所から魔法で通信できるだなんて……とんでもない魔力と魔法の腕を持っていますのね。この時は、流石の私も思わず絶句してしまいました。


『私はここに地上と人間を魔族により完全に支配することを宣言する。抵抗は無駄だ。直ちに降伏をすれば悪いようにはしない』


 いきなり偉そうな奴ですわ!

 人間を支配だなんて、この公爵家の長女アントワーヌ・ド・サミキュリア・フォン・ムッカナン・ドルツストイアが許しませんわ。首を洗って待って居なさい、魔王とやら!


『賢い者ならば、どうすれば良いか理解しているだろう……』


 言いたいことを言って切れた魔法通信の魔力痕を、しっかりと記憶しておきました。私は魔法には少々プライドがございますの。

 その後、魔王討伐に名乗りを上げた私を温かく見送ってくださったお父様、お母様、それにお兄様には感謝しかありませんわ。光栄にも国王様からもお言葉をいただき、私は魔王討伐隊を率いるリーダーとして旅立ちました。

 各地で大量発生した魔族を凪払いつつ、魔界への足がかりを探す旅。

 その旅の中で、私は彼に出会いましたの。希望を失った今も、私の胸に居座ってはときめかせる、厄介で素敵な勇者様に……。第一印象はお互いに最悪でしたけれどね。

 通りかかった村の人々に頼まれて、私たちは魔物の巣窟になってしまったという洞窟に向かいました。

 着いてみるとそこには、三人という馬鹿にしているような少人数の冒険者がいましたわ。

 私は魔物の討伐は任せるように、と当然のことを言っただけなのに、もう魔物は倒したという信じられない言葉。

 あの時は冷静な私らしくなく、つい熱くなって醜態を晒してしまいましたわ。今思い出しても、反省の一言ですわね。

 結果として、魔王を倒さんと志を同じくしている者たちでしたので、私はその者たちの仲間になることを決意したのです。

 私の討伐隊も初めは共に行くつもりでしたが、少人数でなければ動きが鈍ると仰られました。

 勇者様の意向に納得しましたので、故郷から私について戦ってくださった兵士の皆さんには、私が転送魔法できちんと郷国にお送り致しました。

 これからは勇者様のパーティーの一員として活躍したいことを伝えると、お父様もお母様も賛成してくださいました。

 あの時のお父様ったら、勇者様なら婿として認めるだなんて仰るから、私は不要な恥をかきましたわ。

 勇者様、と普段はお呼びしておりますが、私の大好きなエミリオ様は、出会った当初から女性に囲まれていました。初めての印象が悪いことも手伝って、私は勇者様を女を侍らす優男と蔑んでいました。

 何せ僧侶のスターシアも弓使いのニニラも、自分の使命を忘れたようにベタベタと勇者様にくっついていたのですもの。絶対に勇者様が乙女を誑かした、と思い込んでしまったのも無理は無いですわ。

 因みに、二人とも自分の意思でそうしていた、と後から聞きました。

 当然のように、私のパーティー内の立場は浮いた物になってしまいましたが、そんなことは魔王討伐という大義の前にはどうでも良いことと割り切りました。

 けれど……魔物ではなく狡猾な山賊に襲われた時、エミリオ様は私を一人で助けに来てくださったのです。あの瞬間は、今も私の大切な思い出ですわ……。

 魔力を封じる貴重なマジックアイテムを山賊如きが持っているとは思わず、慢心が祟って攫われてしまった時には、もうダメだと人生を諦めました。

 仲間に嫌われていることは自覚していましたし、ましてあの時はエミリオ様と喧嘩の末に自分で飛び出した後のことでしたので。

 それなのに、文句を言いながらも命を助けてくださったエミリオ様に、この命を捧げて尽くすことを決めたのですわ。

 可愛げがないと言われてからは、親しみやすい笑顔と会話の練習をしましたし、仲間なんだからもっとパーティーのみんなと仲良くしろと言われては、歩み寄る努力を致しました。

 少しずつでも良いからエミリオ様のお心に寄り添えるように。

 それも……スズカのパーティー加入で、全て泡となったことを知りました。初めからスズカは特別でした。快活でありながら優しい性格。私の紫紺の髪とは真逆の、光を集めたような輝く髪の毛……。

 誰が見ても可愛らしい、丸く収まりの良い顔立ち。エミリオ様が彼女を特別な目で見ていることがわかっても、私は彼女を嫌いになれませんでした。

 だって、彼女は私の魔法の力量を純粋に誉めてくださいましたの。それはエミリオ様のパーティーに入ってから初めての出来事で……。スズカはパーティーの誰よりも、私と仲の良いお友達になったのです。


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