Stage.9
エリスが作ってくれた朝食を食べてから、俺はレオと一緒に技巧創作士協会の本部へとやってきていた。
商工都市グランメイスに総本山を置く技巧創作士協会だが、その場所は面倒なことにメインストリートを北へ抜けた先の湖の上に浮かぶ孤島にある。故に、ゴンドラを使うか小船を使うかしなければ協会へは辿りつけないのだ。
「まるでお城みたい」
協会本部を見たレオの感想である。
孤島には、ドーンと城のように協会本部が鎮座している。レオの感想も御尤もだ。
「庭も宮廷にありそうな雰囲気だしな。まったく、何様だって話だよ」
協会の庭を歩きながら、俺は辺りを眺める。
「協会の人、えらいの?」
「まあ、それなりの力は持ってるみたいだよ。グランメイスは独立都市だけど、一応ネハレニア領でもあるから、国に対して何らかの権限もあるとかなんとか」
「……すごい?」
「すごいかどうかは見方によって変わりそうだけどねぇ」
一般人にとって協会の上層部は結構謎だから、仕組みとか詳しくはまだ把握していない。じーさんはそれなりに知っていたみたいだが、そういやちゃんと教えてもらったことはなかったな。
「玄関もでかいな」
ここまで初めて来たが、近くで見ると想像以上に圧倒される。
豪華な装飾が施された正面玄関。王宮ですかと突っ込みたくなるのを堪えつつ、俺は扉に触れた。
「よし、じゃあ協会に入るか」
「うん」
軽く扉を押すと、抵抗なく開いた。
そして、一歩を踏み出しつつ、俺は言う。
「たのもー」
広いロビーには、様々な人がいた。技巧創作士風な人もいれば、武芸者風な人間もいる。
が、誰一人として俺に反応する者はいない。
哀しくなったので、俺はそのままそそくさと入室することにした。
「……ロウ?」
「なに?」
「なにその掛け声」
「これ? ふ、入室の挨拶みたいなものさ。――ま、無視されたけどね……」
男は悲しみを背負うものだとじーさんが言ってた。
冗談はさておき、ロビー内を進み、受付へ向かう。
しかし、やけに槌を装備したマッチョメンが多い。技巧創作士もムキムキじゃないとやっていけないのだろうか。そういやじーさんも結構ムキってたな。あ、ヴァレリーも筋肉マンだったか。俺は……微妙だな。筋肉はある方だが、ムキムキではない。線が細いから、ああはなれないだろう。
「ロウ。武芸者がいる」
「ああ、あれはサポーターだよ」
「サポーター?」
「そ。簡単に言えば技巧創作士の護衛をする人のことだよ。技巧創作士は採取とかも仕事の一環だからね。危険な地域に行くこともあるから、サポーターが必要ってわけさ。正式に職業として認められてるから、ああやって申請しに来る武芸者もたくさんいるんだ」
「武芸者ギルドみたいなもの?」
「似てるけど根本は全然違うかな。武芸者はクエストなんかを受けてギルドや依頼主からお金をもらう仕事だけど、サポーターは雇い主である技巧創作士から給金をもらうんだ。雇用形態の違いだね」
「こようけいたい……?」
「いわゆる日雇いのバイトか正社員かってことだよ」
「……? なにそれ。ロウは時々意味がわからないことをいうから困る」
「はは……」
バイトとか正社員とか前の世界の単語だしな。こればっかりは知りようがない。
「じゃ、俺が正式に技巧創作士になったら、レオはサポーターになってくれる?」
「それはもちろん」
「はは、ありがと」
即答してくれたレオの頭をぽんぽんしてやる。それだけで気持ちよさそうにするもんだから、耳までこちょこちょしてやりたくなる衝動に駆られるが、ここは公衆の面前だ。さすがに我慢しなければならない。男には耐えねばならぬ時があるのである。
「ロウ。あそこ、なんだか騒がしい」
「ん?」
レオにいわれ、ロビーの一角を見る。
すると、サポーター職の受付エリアで、もめているようだった。
受付に、一際美しく、目立つ容姿をした少女が詰め寄っている。
どうやら何かあったようだが、さて――。
「何故無理なんだ! グランメイスの技巧創作士なら、この剣を修復出来るのではないのか!?」
「SSランクの技巧創作士だからといって、魔剣を打ち直すことは出来かねます。餅は餅屋といいますし、鍛冶屋を当たってみてはいかがですか?」
「そんなことはとっくにやっている! だがダメだった。だからここまで来たんだ!」
「ですがそもそもその剣が本当に魔剣かどうかも怪しいところですし。身分も開かせないとなれば、尚更です」
「そ、それは……っ。だ、だが、金はあるんだ……っ。それでは、ダメ、だろうか……」
すがる様な口調の少女。
どう見てもただ事ではないようだ。
受付嬢も、だいぶ参っているように見える。
だがそれ以上に、金髪の少女の方が気になる。
「魔剣、ね……」
魔剣とは、一般的に魔神と呼ばれる神族の魂を宿した剣のことだ。まず出回っていない代物だし、売ってあったとしても、目が眩むような金額が付けられることは間違いない。そんな幻ともいえるであろう品を何故あの少女が持っているのか。気にかかるところである。
「ロウ。あれ、本物」
「ああ。間違いなさそうだな」
金髪の少女の握る剣からは、異様な魔力が漏れ出していた。普通の人には判らないだろうが、俺とレオには手に取るように判る。
だが恐らく、受付嬢はあの剣が本当の魔剣だということが判っていないのだろう。だから適当な対応をしているのだと推測できる。仮にマジモンだったら、もっと驚いていいはずだ。
「魔剣なら、師匠に訊けばなんとかなるかも」
「師匠?」
「おう。俺の武芸の師匠さ。魔神だけどな」
「魔神……。いるんだ、この街に」
「ああ。じーさんが死んじまって、どっかに行ってなければの話だけど」
悲しみの余り旅に出てないとも言いきれない。
まだこのグランメイスにいるのなら、あの森の奥の屋敷に住んでいるはずだが。
「どうするの?」
「マジモンの魔剣だしな。あの時の……カルナバルの悲劇を思えば放っておけないだろ」
「ん、だね」
俺達が旅をしている際に遭遇した出来事。一つの村が、暴走した魔剣によって滅ぼされた。小さな村だったが、それでもあの悲劇は俺の胸に焼き付いている。
俺とレオは方向転換し、魔剣を持つ金髪の少女の元へ。
「ならばせめてSSランクの技巧創作士に会わせてもらえないだろうか。話だけでも訊いて欲しいんだ」
「ですから何度も言っています通り――」
「――じゃあさ、その話、俺に詳しく訊かせてくれる?」
少女と受付嬢に横やりを思いっきり入れてやる。
おかげで、急な闖入者に対し、少女は目をパチクリさせていた。
よく見ると、この子オッドアイだ。驚くことに左目が紅耀瞳である。てことはつまり、この子は魔神の使徒ってことか。なら、魔剣を手に入れた経緯も想像がつく。
「あなたは……?」
「俺はロウ・ブラン。見ての通り、技巧創作士……になる男さ」
「……? では、まだ技巧創作士ではないと?」
「まあね。でさ、それはさて置き、君って使徒だろう?」
「!? 何故それを……!」
魔剣を隠し、警戒するように俺から距離を取る金髪少女。
異様な魔力が左目の紅耀瞳に宿っている。それさえ視えれば、こちらも確信が得られるというものだ。
「知り合いに魔神がいてね。君のその魔剣のことも何か知っているかもしれない」
「そ、そうなのか? では、この剣を直す方法も……」
「いや、それは訊いてみないことにはわからないよ。今の段階ではどうとも言えないけど、訊いてみる価値はあると思う」
「それなら……!」
少女の目が光る。
魔神という存在に喰いついたようだ。どうも根は素直な性格らしい。
「ああ。でもまあ、今すぐにとはいかないけどね。俺もちょっと今立てこんでて暇じゃないからさ」
「いや、すぐじゃなくてもいい。見てもらえるというのなら、いくらでも待つよ」
言ってから、少女は胸に手をあて、さっきまでの取り乱した様を深呼吸をして落ち着かせた。
しかし、この金髪美少女、どの魔神の使徒なんだろうか。
魔神っていっても順位や格付けがあるから、一括りにはしづらいのだ。師匠のようなバリバリな戦闘派もいれば、平和主義の魔神もいる。魔神という種族にも色々な人格があって、それぞれ個性がある。魔神=悪でもなければ、魔神=善でもない。そこら辺は人間と同じく人それぞれというわけだ。
「私はどうすればいい?」
「そうだな……アトリエブラン……って言っても場所わからないよな。ちょっと待ってて。すぐに簡単な地図描くから」
「す、すまない。何から何まで色々と迷惑をかけ――」
と、少女がそこまで言いかけた直後。
その少女の身体からふわっと一気に力が抜けた。
「――っと、大丈夫か?」
無事少女が倒れる寸前で抱きかかえることに成功した。
しかし、何故いきなり倒れたんだ? まさか、魔剣の影響か?
などと俺が思考を巡らせていると、少女のお腹から『きゅるるるるる~』という可愛らしい音が鳴った。どうやら、空腹らしい。
「うう……。力が入らない……」
「そこまで空腹だったのか……」
俺は呆れながら呟いた。
まあ、ようやく糸口を見つけて気が緩んでしまったんだろう。人間、気を張っていると解けた時の反動がすごいからな。
「やれやれ。これは腹ごしらえが先かな」
まだ昼食には早いが、仕方ない。
技巧創作士の資格申請だけ終わらせて、どっかのレストランでメシにするとしよう。