Stage.8
翌日。
旅の疲れも癒えぬままに、俺は朝早くから騒動していた。
「感覚は鈍ってないみたいだな」
槌を手に、薄暗い工房に1人。
久々の金属加工だったが、腕は衰えていないようだ。
旅の途中、密かに練習を続けたかいがあった。さすがにずっと放置していたら腕も鈍るからな。
「――朝早くから音がするかと思えば……。まだ日も昇っていませんよ?」
若干眠たげな口調で声をかけてきたのはエリスだ。
どうやら槌の音を聞いて工房までやってきたらしい。
「あ、エリス。ごめん、うるさかったかな」
「そういうわけではないんですけど、久しぶりに聞く音だったので、つい……」
エリスの表情に一瞬陰りが刺した。
エリスの話では、じーさんは1年程前から病で寝たきりだったらしいから、槌で叩く音を聞くのは懐かしいんだろう。加え、じーさんのことも連想させてしまったようだ。
「ご主人様も、よく朝早くから作業をなさっていました。ロウ様も、そういうところご主人様とそっくりですね」
「はは、技巧創作に関しては一応じーさんの弟子だからね」
習慣染みたとこまで似るとは思わなかったけど。
これも息子の性というやつだろうか。
「武芸の方はあの方がロウ様の師でしたからね」
「基礎的なことはじーさんが教えてくれたけどね。【災厄の魔獣】討伐の旅で役立った武芸の技術は確かに、じーさんっていうより"あの人"の方がメインだったよ」
幼い頃は武芸に関してもじーさんから教わっていた。だが、10歳から俺を本格的に鍛えてくれたのは、他の人物だったのだ。
古の魔神、鬼神の戦乙女、最凶のロリ、と様々な異名を持つマジキチなお方、魔神アレクシア・エーベルハルト。じーさんの友人で、見た目は幼女なのに歳はかなりいってるらしい。遥か昔、まだじーさんも生まれていなかった頃から生きているという噂だが、一体おいくつなのか。聞いたらぶっ殺されかねないので、未だに師匠の年齢は不明なのだ。
「そういや、師匠は最近どうしてるんだろうな」
「ご主人様の葬儀の時にちらっと顔を出されて以来ですね。それまでは、こそこそとご主人様のお見舞いにいらしてましたが」
「はは……相変わらずだったんだな」
師匠はいわゆるじーさんにゾッコンだったのだ。
本人は隠しているつもりだったようだが、傍から見ればばればれだった。
でも、じーさんも死んでしまって、師匠はどう思っているんだろう。魔神という種のせいで、師匠は成長しない身体と無限の命を持っている。何年も何年も、愛した者が必ず先に死んでいく恐怖。普通だったら、心が壊れてしまってもおかしくない。
「諸々落ち着いたら、師匠に挨拶に行こうかな」
「そうですね。それがいいと思います」
「今はアトリエブランを守るのが先だからな。勝負は1週間後だし、今日、さっそく協会に行ってくるよ。それで、ライセンス取得の申請をしてくる」
試験とかもあるだろうが、ライセンスを取得するだけなら問題はないだろう。伊達にじーさんの弟子を名乗ってはいない。
「それでは、私は朝食を作ってきますね。ふふ、3人分作るのなんて久しぶりでなんだか嬉しいです」
「はは。俺もエリスの料理、楽しみにしてるよ」
「はい。期待していてくださいね」
笑顔を残して、エリスは工房から出ていった。
見送ってから、俺は視線を加工物に戻し、作業を再開する。
勝負の品は装飾品だ。だが、装飾品といわれても種類が多すぎて何を造ればいいのか迷ってしまう。自由に選んでいいっていうのは、案外難しいものだ。
「今は勘を取り戻すことに集中しよう」
俺は頭を振り、邪念を振り払う。
何を造るか。今は考えても良い答えは出てこなさそうだ。
そこでふと思い至り、じーさんの秘術とやらのレシピを探すべく、俺は戸棚を漁り始めた。
様々な書物が並べてあり、ここにあるレシピ全てを覚えるだけでかなりの時間を有しそうだ。
「やっぱじーさんは凄いな。これだけのレシピを書き記していたなんて」
素直に感動する。
量もそうだが、内容も俺には理解できない部分が多い。
まだまだ、じーさんの境地には程遠いということか。
「ん? これは……」
戸棚の引き戸の中を探っていると、手紙のようなものが入れてあった。綺麗に封に包まれてあり、誰かに送るかのようだ。
「え、これって……」
手紙を手に取り、宛先を見ると、そこには俺の名前が記されていた。
動悸が速くなってくる。じーさんが、俺に残した手紙。まさか、こんなものが出てこようとは思いもしなかった。
慎重に封を剥がし、俺は中身を取り出す。
畳まれていた手紙を開き、文字を読む。
『ロウへ。もしお前が技巧創作士になるのなら、これだけは覚えておいて欲しい。ワシは確かにSSランクの技巧創作士だった。だがな、だからといって無理に同じようになる必要はない。お前はお前の道を行け。お前が考える、お前だけの技巧創作士になるんだ。レシピや技術、それに秘術も、ロウがアトリエを継ぐというのなら託すようエリスには告げてある。それをどうするかはお前次第だ。だが、そいつをお前の終着点にするな。技巧創作士に終わりはない。無限の可能性がある。それを無駄にはしないで欲しい』
一通り読み終え、俺は一息つく。
俺だけの道。遠く離れていても、じーさんは俺の不安を見透かしていたのかもしれないな。
そして、続きに目を走らせる。
次はどうやらエリスについてのようだ。
『仮にお前が武芸の道へ進んだとしても、エリスは一緒に連れていってくれまいか。あの子はワシが造った人工的な存在だが、最早ワシの娘同然の存在だ。ワシがいなくなれば、あの子は1人になる。だから、できることなら、ロウ。お前が繋いでくれ。これからも、あの子の家族という存在を。老いぼれのたった一つの頼みだ。どうか、頼んだぞ』
……当然だよ。
心の中で、俺はそう口にした。
エリスは俺にとっても大切な家族だ。それを置いてどこかに行ったりなんかしない。
そして、手紙も最後の段落に差しかかる。
『最後に、ロウ。お前は正真正銘ワシの子だった。血は繋がっていないかもしれんが、そんなことは些細なことだ。――愛しておったぞ。しっかり生きろよ、我が息子よ』
最後まで読み終え、自然と目頭が熱くなる。
同時に、じーさんが本当に死んだのだと、再度現実を突き付けられるような痛みを感じた。
もう一度会いたかった。
声をかけて欲しかった。
俺も、じーさんのことが大好きだったから。
叶わぬ願いと判っていても、想いは勝手に募るもので。
俺は手紙を片手に、しばらくの間溢れ出る感情を吐き出していた。