Stage.7
じーさんの跡を継ぎ技巧創作士になると決意した。
が、決意したからといって玄関の前にいる騒ぎ立てている連中を黙らせることは出来ない。だから、俺は立ち上がった。
「さって、まずは外の連中を黙らせないとな」
喧騒は二階のここにまで聞こえてきている。
ちょうど二階のデッキから玄関のある庭を見渡せるから、そこから宣言してやるとしよう。
「ロウ様、何を……?」
急に立ち上がった俺に、エリスが疑問の声を投げかけてきた。
「あいつらに宣言してやるさ。俺がこのアトリエブランを継ぐ男だ
ってな」
「なるほど……。彼らに啖呵を切るんですね。私も何かお手伝いしましょうか?」
「いや、俺1人で大丈夫。レオもここにいてくれ」
「……ん、わかった」
「よし、じゃあ行ってくる」
居間を出て、二階のデッキへ。
見下ろすと、そこにはまだ大勢の技巧創作士達が喚き散らしていた。そこまでしてじーさんの秘術とやらが欲しいのかと思わずにはいられない。
技術を追い求めるのは技巧創作士として当然だろうが、じーさん個人が完成させた秘術を他人に託すわけにはいかない。じーさんの技術と矜持は、俺が受け継ぐって決めたんだ。
「秘術を埋もれさせるな! 俺に託せ!」
「そうだそうだ! もはやこのアトリエには必要のないものだろう!!」
「工房を開放しろ!」
俺を見るやいなや、飽きずに声高に叫び散らす技巧創作士達。
にしてもすごい執念だ。呆れを通り越して尊敬してしまいそうだ。まあ、だからといって、彼らに秘術は渡せないんだけどな。
「――すぅー……っ」
俺は息を大きく吸い込み、そして――
「聞け!! 俺の名はロウ・ブランッ!!」
一瞬にしてざわつきが収まる。
先程まで叫んでいた技巧創作士達同様、皆一斉に二階のデッキへと視線を移した。
注目が俺に集中する。だが、それでいい。そうでなくては困る。
「いいか! このアトリエは今日からこの俺のものだ!! 先代ブランの意思は、弟子であり子である俺が引き継ぐッ!! 文句や異議のある者は技巧創作士協会を通して言うといい!!」
再びざわつき出す技巧創作士達。
いきなりの宣誓に困惑しているのだろう。まあ、唐突具合が半端ないからな。俺だって、帰ってきて早々こんなことになるとは思わなかったし。
「ふ、ふざけるな! お前の顔など見たこともないぞ! 階級を言え!」
下にいる技巧創作士の1人が吼える。
階級とは、技巧創作士協会が定めたランクのことだ。下からE,D、C、B、A、S、SSランクとなっている。じーさんのランクは最高位のSS。それを継ぐとなると、それ相応の実力がなければならないだろう。
だが、俺はそもそもまだ正式に技巧創作士になったわけじゃない。なので、階級はまだ持ってすらいないのだ。急だったから仕方ないとはいえ、苦しい展開には違いない。
「俺は協会のライセンスを持っていないから階級はまだないが……、俺にはじーさんに叩き込まれた技術がある。そして、俺は明日正式にライセンスを取得しに行く。アトリエブランを、先代の秘術を自分の物のしたいというのなら俺に挑め。協会を認めさせたのなら、俺も素直に秘術を譲る」
「ふざけたことを!! 技巧創作士でもないやつがアトリエを継ぐだと!? 寝言は寝て言えってんだ!!」
「そうだそうだ! 先代の弟子だかなんだか知らないが、ライセンスも持ってないようなやつが継ぐアトリエなんかねえ!!」
喧騒が再び大きくなる。
だが、ここで退くわけにはいかない。
退くわけにはいかないが、こいつらを認めさせるには時間が必要だ。それをどうにかして稼がなければ、平行線をたどるばかりだろう。
……ならば、どうするか。良い方法はないだろうか。
さすがにパッと出のこの状況、上手い手なんて考えてもいない。
これからどうするかと思考を巡らせていたら、
「く、くく……ハーッハハハハハハ!!」
いきなり笑い声が響き渡った。
見ると、群の中央に堂々と立つ大柄の技巧創作士が、盛大に笑い飛ばしていた。
「その心意気やよし! 小僧、そこまで言うのなら俺達を納得させる品を用意できるんだろうな?」
男の声に、周りが静まり返る。
どうやら、下にいる技巧創作士達のリーダーのようだ。
「ああ。もちろんだ」
「なら、俺と勝負しろ。自信があるのならよもや断りはしねえだろうな」
「技巧創作士としての勝負か。いいが、協会を通した正式な勝負しか受けないぞ」
野良試合で、八百長されても困るからな。
「いいだろう。勝負は小僧の言う通り、協会を通して正式に行おうじゃないか」
「わかった。で、日時と勝負内容はどうする?」
「ライセンスも取得していないということらしいし、なりたてということなら素材の採取もあるだろうからな。勝負は一週間後だ。創作ジャンルは装飾品。腕輪でも耳飾りでも首飾りでも何でもいい。どうだ?」
「……装飾品か」
造るだけなら問題なくいけるだろう。
だが、勝負となると話は別だ。品質レベルを可能な限り上げなければ、あいつには勝てない。これは俺の勝手な見立てだが、恐らく、全力で挑んで勝てるかどうかってとこだろうな。
「気に喰わねえか?」
「いや、それで構わないよ。だけど、どうして正式に勝負を受けてくれたんだ?」
「はッ! 俺達は技巧創作士だぜ? 技術を競ってなんぼだろうが」
「お前……」
生粋の技巧創士ってことか。
あいつ、どうも卑しくもじーさんの秘術とかを狙ってここにいる連中とは違うみたいだな。純粋に秘術に興味があったか、それとも、こいつらが万が一暴走するのを抑えるためにあえてこの場にいたか。まあ、どちらにせよ、彼はその他大勢ではなく、一味違う技巧創作士のようだ。
「俺の名はヴァレリー・ジアン。技巧創作士ランクはSだ」
「あんた、ランクSの技巧創作士だったのか」
「そうだ。怖気づいたか?」
「いや、むしろ望むところだ」
俺がそう言うと、ヴァレリーは満足そうに瞳を閉じた。
そして――
「ロウとの勝負は俺がやる! てめえらも文句はねえな!」
男が吼えると、周りは皆従順に首肯した。文句を言う者は1人もいない。それだけこの男が腕と人望を持っているということなのだろう。
「それじゃあな。詳細は追って伝える。協会側も俺から話をつけといてやる。ジャッジも優秀なやつに依頼するから心配するな」
「わかった。こっちから言い出したことなのに、何から何までわるいな」
「ふん。気にするな。だが、お前にブランを継ぐ資格がないとわかったら、問答無用で先代の秘術は頂く。覚悟しておくんだな」
「――ああ」
「よし。――おら! てめえら帰るぞ! 仕事も残ってるだろうが!」
ヴァレリーの一声で、辺りの技巧創作士達は各々去っていった。
やはり、ヴァレリーがここらの区画をシメている頭領なのだろう。ランクもSだということだし、間違いないはずだ。
しばらくすると、アトリエブラン周辺はいつもの穏やかさを取り戻していた。さっきまで騒がしかったからか、鳥のさえずりや風の音がやけに大きく聞こえてくる。
「……ロウ様」
「エリスか」
いつの間にか、デッキにエリスがやってきていた。
「中からお話は伺いました。その、大丈夫でしょうか」
「心配?」
「そ、それは……」
エリスは顔を伏せ、黙りこくってしまう。
それもそうだろう。相手はSランクの技巧創作士。技術も経験もあちらが上にしか思えないのだから。さらに負ければブランの名は継げない。これで心配にならない方が変だ。
「でもさ、考えてみてよ。俺がこの勝負に勝てば、あいつらはもういちゃもんをつけてこなくなるだろうし、協会も認めさせることが出来るかもしれない。そうすれば、一石二鳥だろ?」
「ですが、ロウ様はご主人様の手ほどきを受けていたとはいえ、まだ技巧創作士ですらないんですよ? ロウ様を信じていないわけではありませんが、もっと別のやり方があったんじゃないかと思ってしまって……」
「――ロウは勝つ」
と、エリスの後ろから可愛らしい声が発せられた。
ひょっこり現れたのはレオだ。その瞳からは、絶対の地震が宿っていた。
「私は、信じる。今までもそうだった。【災厄の魔獣】との戦いの時も、私達はロウの『勝てる』って言葉を信じた。信じたから、私達は戦えた。絶望的な状況でも、ロウがいたから諦めずに済んだ。だから、私はロウを信じる。今回も、絶対勝つって信じてる」
レオのその言葉には、珍しく熱がこもっていた。
昔からずっと、レオだけは俺を信じてくれた。ニルスやエリーゼと意見が分かれても、レオだけは俺が正しいのだと言ってくれた。だからきっと、俺も自分を信じることが出来たんだ。
「レオ様……」
ぽつりとエリスが名を囁いた後、数秒間の間が開く。
俺もレオも、黙ってエリスの次の言葉を待った。
そして、ゆっくりとエリスは口を開く。
「――いい仲間に、巡り合えたのですね」
「……ああ。最高の仲間だよ」
それだけは、胸を張って断言できる。
レオだけじゃない。ニルスやエリーゼ、それに他のやつらも、俺にとってかけがえのない仲間だ。これ以上ない大切な宝だ。