Stage.6
俺が家を出て6年。
変わらないもので、家具の配置や置物の位置、内装など、何一つ元のままで出迎えてくれた。
だが、一つだけ。絶対的に変わってしまったことがあった。それはもう、元の位置には戻せない、不変の事実だった。
「そうか、じーさんが……」
「はい……。1年程前から病を患っておいでで、つい先日、息を引き取られました……」
「…………」
じーさんが死んだ。
アトリエブランの主である技巧創作士、ベイセル・ブラン。豪快で逞しく、それでいて常に周囲に気を配る心優しき老匠。人々からの人望厚く、技巧創作士協会の階級もSSランクの凄腕だった。そして何より、人のために、誰かのために色々なモノを造り続けたじーさんを、俺は誰より尊敬していた。金儲けのためにモノを造っているんじゃないんだと、子供ながらに思ったものだ。
「ロウ様……」
「……あのじーさんが、病気で、か」
ははは、と。乾いた笑い声が漏れた。
豪胆で歳のくせに筋骨隆々で、殺しても死なないような人間だったのに、病には勝てなかった、か。
「ロウ様が【災厄の魔獣】を倒したという情報が入ってきた時にはまだ、かろうじて……。ですが……」
「そっか。もう少し、帰ってくるのが早ければ……なんて、後悔しても仕方がないんだろうけどさ。でも、ああ……、本当に逝っちまったんだな、じーさん……」
テーブルの上に力なく手を置く。
じーさんは、俺を育ててくれた、本当の親だった。
血は繋がっていなくとも、心は繋がっていた。
俺が王都へ行くまでの18年間、この場所で、この家で、俺はじーさんと、エリスと、共に過ごしてきたんだ。それは【災厄の魔獣】を倒した後も変わらずに続いて行くものだと思っていたけれど、変わらないものなんかあるはずがなくて。
旅が終わったら、じーさんから本格的に技術を学び、立派な技巧創作士になるのだと、そう、思っていたんだけどなぁ……。
「……ロウ」
「ごめん、レオ。情けない姿で」
「ううん」
隣の椅子に座っていたレオの手が、俺の手と重なった。
心配してくれているんだろう。その優しさが、今はありがたい。
「ご主人様は【災厄の魔獣】討伐の報せを聞いて、「よくやった」、とおっしゃられていました。「さすがはワシの子だ」と、誇らしげに」
「……そっか。エリスも、辛かったよな。すぐに駆けつけてやれなくてごめんな」
「いえ、ロウ様がここに戻ってきてくれただけで私は救われました。ですが……」
言い辛そうに、だが真実を隠すこともなくエリスは続ける。
「この場所は技巧創作士協会所有のアトリエです。正式な技巧創作士がいない今、近々協会の手の者が抑えに来ると思います」
「なるほど……。それで外の騒ぎに繋がるわけか」
「恐らく、聞きつけてきたんでしょうね。ご主人様が残した数多の秘術のレシピ。工房に残ったそれを、協会に抑えられる前に手に入れたいのでしょう」
「厄介だな」
少しはこちらのことも考えて欲しいものだが、俺とエリスは正式にはこのアトリエの持ち主ではない。所謂居候という扱いになるのだろう。じーさんと俺は本当の親子じゃないし、エリスも自動機械人形だ。アトリエの所有権は持ちえない。
技巧創作士協会は、この商工都市グランメイス総本山を置く、技巧創作士を取りまとめる大きな組織だ。技巧創作士の階級や特権、モノの販売権利などを管理、調整し、技術が進歩していくように促すのが理念だ。各々が独自で腕を磨くよりも、技術を集結させ、よりよい物を造り上げていけるようにまとまりを持たせる。そのために、協会は存在しているのだという。
「期限はどのくらいあるんだ?」
「正確には判りませんが、よくてあと1週間後。早ければ数日後には協会の者が来るかと思われます」
「少なくとも、今すぐにどうこうされるわけではないんだな」
「はい。ですが、遅かれ早かれここを出ていかなければいけなくなると思います。――すみません、せっかくロウ様が戻ってきてくださったというのに……」
「エリスが気に病む必要はないよ。それに、ここは俺の家でもあるんだ。だから、俺自身の意思としても、ここをそう易々と渡すわけにはいかないさ」
最初から、俺は技巧創作士になるために戻ってきたんだ。なら、じーさんの代わりに、俺がこのアトリエの技巧創作士になればいい。本当は、じーさんからしっかりと技術を学んでからと考えていたが、こうなっては仕方がない。
「ロウ様、もしや……」
「ああ。俺がこのアトリエブランを継ぐよ」
俺がこのアトリエの技巧創作士になれば、外に群がっている技巧創作士連中も黙るはずだ。後継ぎがいるのなら、その人間に秘術を託すのは当然のことだからな。かといって、素直にきいてくれる人間が何人いることか。ゼロの可能性もある。
「ご決断なされたのですね……! ご主人様も、ロウ様が技巧創作士になるのなら秘術を継承して欲しいとおっしゃってました。なので私も、全力でロウ様を支援させていただきます!」
「ありがとう。じーさんからもらったブランの名、しっかりと継いでいかないとな」
さあ、これから忙しくなるぞ。
じーさんが亡くなったことはショックだったが、だからといっていつまでもグズグズなんかしていられない。じーさんが残したこの場所と技術を、俺が継承する。それが、俺の夢へと繋がっているはずだから。