Stage.4
無事、賊の退治には成功した。
もちろん、賊だからといって殺したわけじゃない。全員みねうちだ。
この一件から、護衛の新米騎士団の2人から敬意と畏怖の感情を向けられるようになってしまったが、それはまあ、仕方ない。むしろ避けられていないだけマシである。
それから、馬車は今までと同じように小さな村で休憩を取ったりしながら順調に進んだ。山を迂回して、草原を過ぎ、運河の側をひた走る。賊やモンスターに襲われることもなく、馬車はただひたすらに走り続けた。
――そしてようやく。
馬車は目的の場所へと辿り着いた。
外壁に守られ、近くには運河が走っている。
俺の育った街、商工都市グランメイス。
辺りを見渡すと、街に続く街道は業者の馬車で一杯だ。
「ふぅ、ようやく着いたな」
俺は馬車から下り、懐かしの大門を見上げる。
グランメイスの入り口である大門は、外敵の侵入に備えるためのものだ。モンスターや賊から街を守るため、グランメイスには独自の警護集団が存在する。言うなれば自衛隊のようなものだ。彼らが目を光らせているから、滅多なことが無い限りは賊もモンスターもグランメイスに侵入できないのだ。
「ここが、ロウの故郷」
「そうだよ。ここが技巧創作士の街さ」
技巧創作士協会の総本山がある都市。
そして、世界中の技術が集結する地でもある。
「……活気がある。王都くらいかも」
「まあ、一応ネハレニア王国領だけど、グランメイスは独立した都市だからね。自由市場っていって、国からの圧力や税金を気にせずに商売出来る環境があるから、業者の出入りも激しいんだ。おかげで商人も多く立ち寄る要所なもんで、色んな物や人がやって来るよ」
「……人が多い?」
可愛らしく小首を傾げるレオに、俺は頷いて見せる。
「そういう認識でいいさ。小難しい事情なんかは知らなくても問題ないからね」
「……ばかにされた」
「ええ!? してないしてないっ」
「ほんと?」
「ほんとだよ。それに、細かい事情まで意識してるのなんて業者くらいのもんだ」
独立都市だとか自由市場だとは置いておいて、グランメイスは賑やかな街って印象の方が強いだろうしな。
「――ロウ様」
と、レオと大門を眺めていると護衛の2人がやってきた。
「先日は、本当にありがとうございました!」
「ああ、いいっていいって。でも、気をつけないとダメだぞ。いくら君達が騎士だからって、油断は危険を呼び込むんだから」
「はッ! 肝に命じておきます」
「うん。これからも騎士での仕事、頑張って」
「ありがたきお言葉! 我らもロウ様のような強い武芸者になるべく精進させてもらいます!」
「はは、大げさだなぁ。俺を目標にするよりかニルスを目標にした方がいいと思うよ」
俺なんか、見習う箇所なんてないだろうし。
パーティの連中の方が、武芸の腕は達者だったと思う。
ニルスとか、剣の腕もかなりのものだし、それ以上に盾の扱いが神がかってた。メイン盾とは彼のことを言うのだろうと、窮地には何度も思わされたものだ。
レオも、超スピードで敵を翻弄し常に無傷で戦闘を終えていた超人だ。取り柄が刀術と多少の領域把握能力くらいしかない俺なんかよりよっぽど凄いと思う。
「いえ、ロウ様の賊との戦いぶり、感服いたしました! あなた程の使い手を我らは見たことがありません。それに、我らなどただの足手まといで、戦場にいない方がいい程で……」
護衛の1人が申し訳なさそうに声のトーンを落としていく。
あの時、俺の戦いに参加しようとした護衛の2人だったが、逆に利用され、戦況を悪化させた。そのことが、悔しいのだろう。護衛のはずが対象から逆に守られたなんて、騎士として恥じるべきことだ。2人の気持ちは俺にもよくわかる。
「焦らなくていいさ。君達はまだ新人なんだし、これから強くなればいい」
「そう、ですね。ロウ様の言う通りです。騎士になったからと少し焦っていたのかもしれません」
護衛騎士の2人は、何かを決意するかのように拳を握りしめた。
ニルスは、こういった経験をさせるために俺にこの2人をつけたのかもしれないな。視野を広げ、自分の力量を把握させる。手荒かもだけど、利には適っている。
「では、我々はこれで」
「ああ。気をつけて王都に戻ってくれよ」
「はい! ロウ様もお気をつけて! また会える日を楽しみにしています!」
最後に護衛騎士2人は敬礼し、足早に馬車の方へと去っていった。
「……まじめな人達」
「そうだね。でも、きっといい騎士になるよ」
「ロウがそう言うなら、そうなると思う」
「はは……」
――さて。
久々の実家だ。
じーさんと、じーさんが生み出した少女型自動機械人形であるエリスがいる、俺の育った家。
道とか変わってなければいいが、あれからだいぶ年月が経ったから保証はできない。まあ、場所はわかっているんだし、多少なりの変化があっても問題はないか。
「――ん?」
と、門を潜った瞬間、何者かに認知されたかのような錯覚を覚えた。その他大勢ではなく、ハッキリと俺という存在が何者かに把握されたかのような、そんな感覚だ。レオも勘付いたのか、辺りを見渡している。
「――まあ、いいか」
相手からは敵意を感じなかった。恐らく、俺が王国騎士の護衛をつけてやってきたから、何者かと勘繰られたのだろう。
俺の名は世間に公表していないし、顔も晒していない。なので、魔王を倒しはしたが、俺という存在を知るものはかなり少ないはずだ。本来ならあの祝祭の儀で公表されるはずだったが、俺の代わりにニルスがその役についてもらっている。つまり、俺はただの通行人Aくらいの認識になっているはずなのだ。
「……脅威は感じられない」
「だな。じゃ、行こうか」
「ん」
そして、俺とレオは本格的にグランメイスへと足を踏み入れた。