おやじの輝き
光輝く。
光り輝く世界。光り輝く金色の仏像。光り輝く宝石。光り輝く笑顔。スポットライトを浴びて光り輝く女優。
そして、皮脂により光り輝く頭部。
「だめ、それは駄目。もうお父さんやめようよ」
今年から中学に上がった娘の美遊が眉をひそめ首を横に振った。
「だめか、でもな父さんどうしてもハゲと呼ばれる事が許せないんだ」
昨日、通勤電車の中で男子高校生の足を踏んでしまった。
もちろん俺が悪いのだが、いかんせんあの満員状態。
悪意なんて微塵もなくても踏んでしまうものだ。
それでも一応謝罪の言葉を口にしたというのに、あのガキは俺の顔をみるなり「くっそハゲが。ふざんけんなよ」と舌打ちをしてきた。
ふざけんなよ、は分かる。
車内のおしくらまんじゅうで皆苛立っているから思わず口にされても仕方ないと思ってやれる。
しかし、しかしだ。
ハゲはないだろ。
ハゲ、このたった二文字の言葉がどれだけ人の心に致命傷を与えるのか彼は、いや世間は全く分かっていない。
たしかに俺の頭は黒でも白でもグレーでもなく肌色だ。
しかし、よく見れば生まれたての赤子の様な小さな産毛が数本、まるでゆりかごで眠る様に静かに横たわっているのだ。
これがある以上、決してハゲなんかではない。
いやいや、そんな事よりハゲという言葉自体が良くないのだ。
だから、日曜日の遅めの朝食を終えた後、俺はずっと娘と作戦会議をしていた。
「これも駄目か!?肌色ヘアーに、フリーダムヘッド、NOシャンプーエコスタイル、そして光り輝く頭部。もう父さんこれ以上案は出ないぞ」
最善の呼び名を無い知恵を絞ってこれだけ出したというのに、そのどれも娘には受け入れられなかった。
「フリーダムヘッドって意味わかんないし、それに光輝く頭部は完全にハゲって言葉しか連想されないよ」
「じゃあ、他の二つは?」
「それは全然面白くないもん、駄目」
娘は一つ伸びをして椅子から立ち上がると冷蔵庫から炭酸飲料を取り出し、ペットボトルのまま口にした。
「あれ?飲み物はコップに移してから飲む様にって家族会議で言ったのは美遊だったよな?いいのかな〜そのまま飲んで」
俺は却下された腹いせに少し意地悪を言ってやった。
「え?だって、パパは炭酸飲まないでしょ?だから良いのよ」
嫌味を言ったつもりが思春期の娘が父親に対する分かり易い拒絶感を喰らわされ、更にガクリと肩を落とす事になる。
「ねぇねぇ、この人達もハゲなのにどうしてパパみたいにみんなから馬鹿にされないの?」
社会の教科書を開き、俺の元に歩み寄ってきたのは美遊よりも2つ下の海斗だった。
息子は心優しいのだが少々頭が悪く、無意識に相手を傷つけるタイプだ。
「ああ、それは戦国武将だね。彼らはあえて毛を剃っているんだよ。そういうヘアスタイルなのさ。それに、ほら、横にはちゃんと毛があってそれを束ねていたりするだろ」
何の曇りもない真っすぐな目を見ると「お前なんて失礼な事を言うんだ!」と叱る事もできず俺は息子の頭を軽く撫でてやった。
「ふぅん?じゃあ、パパも戦国武将って事にすれば?」
「いや〜、それは無理だね。だってほら、パパはサラリーマンだからさ」
「ふぅん??じゃあ戦国ブショリーマンは駄目なの?時々戦国で、時々ブショリーマンって事にしようよ」
お馬鹿すぎる返答に思わず俺は大爆笑してしまった。
もはやサラリーマンはどこに行ったのだ。
(こいつ、将来お笑い芸人とかにするか!?案外才能があるかもしれん)
そんな親馬鹿な妄想をしていると妻が洗濯物を終え、ベランダから戻ってきた。
「ちょっと、あんた達まだそんな話しているの!?美遊、あんた蓮花ちゃん達と図書館に行くんでしょ、早く準備しないさい!海斗、あんたは宿題早くやりなさい!」
妻に一喝され、子供達は頬を膨らませながらも「はーい」と返し、子供部屋に足取り重く向かっていった。
「あなたもいつまでそこに座っているのよ、もうコーヒー飲まないの!?コップ洗っちゃうわよ!」
「いや、飲むよ、飲む飲む」
俺はマグカップに残っていたコーヒーを慌てて口に流し込んだ。
「もう!子供達の邪魔をするのはやめてよね!」
「いやぁ、でもさ、ほら大事な話だし。それに家族で話をする事は良い事なんだぞ」
「大事な話って、あなたにとってでしょ!そんな話子供達にしないでよ!」
テーブルを拭きながら凄い剣幕でまくしたてる妻にすっかり尻込みしてしまった俺は「ごちそう様」というと台所に行き、自分でコップを洗った。
「なぁ」
しかし、やはりこの頭部問題は男にとって最重要課題であり、ここはいつもの様には引かず食い下がってみる事にした。
「何よ!?もう、忙しいのに!」
「ああ、悪い。ただ、たださ、お前はどう思っているのかなって」
「何が!?」
「いや、ほら、俺の頭」
俺は直接皮膚に触れてしまう事が出来る自分の頭部を撫でながら言った。
「頭が何よ?あなた頭がおかしいの!?」
「いやいや、なんでそうなるんだよ。そうじゃなくてさ、ほら、髪が、ほら、ないだろ」
「ああ!ハゲの事を言っているの」
「うう、言っちゃったよ」
「もう!そんなくだらない話はいい加減にしてよ!さっき言ったでしょ!」
「そうなんだけどさ、それくらい俺も気にしているって事なんだよ。分かってくれよ」
「もう!本当にしつこいわね!それくらい何だって言うのよ!そんな事なら私だってね!」
そう言うと妻は自分の髪を鷲掴み荒々しく横にずらした。




