~were not HERO~
「やあ。急に呼び出して悪いね。」
「見れば分かるとは思うけど、僕はこれから死のうと思ってるんだ。」
「あれ? 思ったよりも驚いてるね。……おっと。理由を聞くなんて野暮な真似はしないでくれよ?」
「とりあえず、君と僕の会話はこれが最後になるんだろうね……。」
「僕はこれでも、君に感謝しているんだよ?」
「君に出会わなきゃ、僕は死のうとすら思えなかっただろうしね……。」
「……とにかく。僕は、君の親友だった事を誇りに思う。」
「……うん。無駄な話を続けても、君の悲しみを増やしてしまうだけだね。」
「これが最後だ、」
「……僕の分まで、彼女を頼むよ。」
「それじゃあね。」
「サヨナラ、親友……。」
◇◆◇◆◇
『主人公』っていうのは『ヒーロー』だ。
どんな逆境も覆し、どんな弱者だって救ってみせる。
……人はみんな主人公だって言葉があるけど、やっぱり俺はヒーローなんかにはなれない。
何か特技があるわけでもないし、賢くもない。異世界に飛ぶようなこともないし、辛い過去を背負っていた訳でもない。
俺はただの弱い、一高校生に過ぎないのだ。
だから、あんな悲劇を避けられたはずも無かったし、何もできやしなかったのだ。
俺は、主人公なんかじゃない。
本来何の事件に巻き込まれる事も無い、ただの脇役で在るはずなのだ。
そう思っていたのは、本当になんの特徴も無かった俺には当然の話だった。
それに、俺の近くには、まるで主人公のような人物が二人もいたのだから。
◇◆◇◆◇
俺と彼と彼女は、クラスの仲良し三人組だった。
何がきっかけでそうなったのか。それはもう覚えていない。
いつのまにか、休み時間や下校中、一緒にいるようになっていたのだ。
彼らはクラスの人気者だった。
成績も運動神経も性格も、欠点なんてほとんど無いほど完璧な二人は、当然のようにクラス全体に親しまれていた。
本当に、そんな彼らがなぜ俺の友達になっていたのか。……やはり、分からなかった。
ただ、彼らは住む世界の違う人間で。
そんな彼らがいつも俺のそばにいて……、
……それだけが俺にはどうにも気になってしまう。
そんな心持ちだったからか、俺は、彼らと話していると、時にひどく負けた気分になってしまうのだった。
彼らは、なんで俺と会話しているのか。
なんで笑っているのか。
俺を見下しているのか。
そのために俺の近くにいるというのか。
……そう考えてしまった時、俺はどんな顔をしていたのだろう。
もしかしたら笑顔がぎこちなかったのかもしれない。
もしかしたら暗い顔でうつむいていたかもしれない。
……彼らは酷く賢くて、考えられないほど気が利くから、もしかしたらそんな俺の心情を察していたかもしれない。
そして彼らはとても優しいから。何も気付いていないフリをしていただけかも……。
彼らを疑うとキリが無く、自分がどんどん惨めになってゆく。でも、止められやしないのだ。
だって、俺はただの弱い凡人なのだから。
◇◆◇◆◇
彼は、なんで急に、あんな顔をするのだろう……。
それは授業中だったり、昼食中だったり、下校中だったり。彼は不意に悲しそうな顔をして、次の瞬間にはいつも通りに笑っている。
なんで、私たちと話している時、目が合った時、そんな表情を見せるのだろう?
……私には、分からなかった。
でも、知りたかった。
だから何度も近付いた。なんども話しかけた。なんども触れてみた。
最初は好奇心のようなものだった。それと心配、不安。
……でも、それは気がつけば、全く違う感情に変化していたのだった。
いつからかなんて分からない。理由なんて分からない。
こんな私にも分からない事ができた。その事が私にはどうにも心地悪かった。
だってこんな感情は生まれて初めてで、どうすればいいのか分からなくて……いつしか何も分からなくなっていた。
そして考えるのをやめたのだ。
きっと私にとっての正解は、この気持ちを告げる事なのだ。
でも彼にとっての正解は?
アイツにとっての正解は?
……分かっているのは、伝える事で今の関係が崩れる事。それだけは阻止したかった。
だから、考えないように、分からないように、いつも通りにふるまうのだ。
それできっと、何も変わらずに過ごしてゆけるはずだから……。
◇◆◇◆◇
ある日。彼が死んだ。
突然の事だったが、驚きもしなかった。
なんとなく俺も、彼を察する事が出来ていたからかもしれない。
葬式には行った。俺は彼の親友だから。
彼の幼馴染でもあった彼女は、彼の死に泣いていた。
綺麗な顔を悲しみに歪めながら。
俺はそれを見ながらただうつむいているだけだった。
だって、泣ける自信があまり無かったから。葬式も途中で抜け出してしまった。
外は一面曇り空で、今にも雨が降り出しそうだったが、どうにか持ちこたえているようだ。
「ねえ!」
聞き慣れた声。彼女だ。
俺が抜け出したのを見て、追いかけてきたのかもしれない。
空を見上げていた俺は、声の方へ目を向ける。
「……どうしたんだ? もうあいつの事はいいのか?」
「そうじゃない!」
彼女は叫んだ。目にはまだ涙を浮かべている。声も少し鼻声だった。
「だったら気が済むまであいつのそばにいろよ。そうした方があいつも喜ぶだろ?」
俺は優しく言った。
「……あなたは何を知ってるの?」
「……何が?」
「なんでアイツは死んだの? アイツが、意味も無く死ぬはずがない!」
「………。」
俺は彼女から目を逸らし、空を見上げ直した。
「『人が生きるのにも死ぬのにも、理由なんて必要ない』……。」
「……な、に……?」
彼の遺言のようなモノだ。
彼女のいない時、彼が俺に言ってきた言葉だった。
「理由が無くても人は生きられる。理由が無くても人は死ねる。あいつが死んだのにも、きっと、理由なんて無いんだよ。」
「……アイツの、言葉なの……?」
とても察しの良い彼女は、そう言った。
「……たとえ理由があったにせよ、俺は知らないよ。知らなかった。」
「……………。」
俺の言葉を聞いて、彼女はうつむき、黙った。
雨が、降り出していた。
「……例えそうだったとしても、」
そして、彼女は言ったのだ。
「アイツを救えたのは……あなただけよ……。」
彼女はそう言って、会場に戻っていった。
俺は、目を地面に移した。
雨は、本降りになっていく。
「俺には隠す涙なんて無いのにな……。」
◇◆◇◆◇
「君は、本当に主人公みたいだよね。」
「はあ?」
それはある日の昼休みだった。
彼女は購買に行っていていない。
「何バカ言ってんだ? おまえより主人公らしい奴なんてこの世にいるかよ。」
「いやさ。最近の主人公ってどんどん凡人化が進んでるじゃない?」
「イヤミか?」
俺は弁当を食いながら返事をしていた。
「でも僕は本当にそう思うんだ。……きっと、君みたいな人が主人公になるべきなんだって……、」
「? ……何言ってんだ?」
訳が分からなかった。いったいなぜ『主役』の彼がそんな事を言うのか。
……彼らしくない。分からなかったから、分かることもある。ただ事でない事だけは分かった。
「なんかあるなら、言ってくれよ? 一応親友……なんだからさ。」
その言葉の後、俺はボソッと言ってしまっていた。
「……俺に出来ることなら何でもするからよ。」
「……うん。」
彼は少し笑って、
「じゃあ、僕は君が出来る限りの助けだけを呼ぶ事にしようかな?」
そう、言ったのだった。
◇◆◇◆◇
……知っていたさ。何もかも知っていた。
彼は理由などないと言っていたが、当然あるに決まっている。
例えば、彼の好意が誰に向いていたか。
例えば、彼女の好意が誰に向いていたか。
例えば、彼の家族がどうなっていたか。
例えば、彼に何があったか。
例えば、彼女に何を言われたのか。
例えば、彼が何を思い、何に苦しんでいたか。
全部、全部知っていたよ。
だから……何なんだ? 知っていたから何なのさ?
誰かに言えば良かった?
彼には口止めされていた。
相談に乗ってやれば良かった?
俺はそんなに雄弁じゃない。
彼女に言えば良かった?
余計死期を早めただけだと思うが?
俺がそれを知っていたからって何が出来た?
……何も出来やしなかったのさ!
確かに彼を救えたのは俺だけだったのかもしれない。でも、俺じゃダメだったんだ。
俺には、賢さも優しさも勇敢さも洞察力も判断力も行動力も、何一つない……彼らとは違うのだ。
だから、俺に彼は救えなかった。不可能だった。
これは、どうしようもない事実だから。
本当にどうしようもない、事実なのだから。
◇◆◇◆◇
人が死ぬのに理由なんて必要ない。
彼がそう言ったのだ。
『彼は、なんのしがらみも無く、ただ死んでいった。』
それが彼にとっての幸せならば、そのまま、そういう事にしてしまった方がいいのだ。
そして、残された俺に出来る事は、きっと一つしかない。
予報通りの雨の中、俺は傘をささずに帰路に着いた。
雲は表情を隠すように。
雨は心を隠すように。
大空を覆い、大地を覆う。
彼女はこの後、どのように生きるのだろう?
……それは俺の考える事じゃない。彼女の考える事だ。
彼の死の理由の一つであり、その事実を知らない彼女自身が……。
そして俺は、彼がただ死んだように、
ただ、生きてゆこう。
人が生きるのにだって、きっと理由はいらないのだから。