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出会い

 マンションの一室。

 そこにあるノートパソコンの前に、一人の少年が座っている。

 長めの黒髪に中性的な顔立ちのまだ若干幼い風貌だが、その目は既に死んでいるかのような生気を感じさせない目だ。

 まだ外は明るいのに、この数時間の間、彼はそこから一歩たりとも動いてはいない。

 部屋にはただ、クリックする音とキーボードを叩く音の二種類が、静かに響く。

 しかし彼は何を思ったか、急にノートパソコンを閉じた。

 そして立ち上がり、たった一言、そっと呟いた。

「買い物、行くか…」


 部屋から出て鍵を閉めた少年は、階段を降り始めた。タンクトップにハーフパンツという洒落も何もないずぼらな恰好だが、彼は気にもしていない。

 マンションの近くのスーパーマーケットに着くやいなや彼は、その数日ぶりに感じる「他人」というものの存在に、思わず顔をしかめた。

 彼は、一般的に言う「引きこもり」という人種だ。一週間の内に外に出るのは、買い溜めした食料が切れた時と、親戚からの仕送りが届いた時だけだ。今回は、もちろん前者である。

 行き交う人々と最大限距離を取りながら、必要なものを大量に買う。これでまた、あと数日は持つだろう。

 その時大きな音と小さな悲鳴がして、足元にペットボトルが転がってきた。拾って周囲を見回すと、二メートル程先で、少女が慌てて落ちているペットボトルを拾っていた。恐らく、棚からペットボトルを取ろうとして何本か落としてしまったのだろう。全く、注意力の足りない迷惑な奴だ、と彼は心底思った。

 しかし彼は次の瞬間、あることに気付き、衝撃を受けた。それは、ペットボトルを拾ってしまった故に、彼女と接触しなければならないということだった。彼は、レジの店員とも仕送りの配達員とも、必要なことのみをやり、終えたら逃げるように立ち去るようなちょっとした人付き合いもままならない人間なのだ。そんな彼にとって、初対面の同世代である彼女と顔を合わせ、ペットボトルを渡し、そして予想されるだろうお詫びと感謝の言葉を聞かされるなど、あまりにも難易度の高いことだった。

 拾ってしまった以上、見て見ぬふりは出来ない。投げ捨てるなどもってのほか。どうすべきかと彼が迷っている間にも、彼女は棚にペットボトルを戻し終え、こちらに向かってくる。

 足を震わせ目を宙に泳がせる彼の前で彼女は、彼が握りしめたペットボトルを奪い取り、片手に持つ(かご)に入れてその場から立ち去った。

「……」

 彼は、その一瞬の出来事に、数秒の間呆けていた。

 彼女は、彼が予想していた彼の苦手な行為を何一つしなかった。顔も合わせず、許可も無く奪い取り、お詫びもお礼も言わずにすぐさま立ち去った。そのことが、しばらく信じられなかったのだ。

 しかし彼はすぐに、マナーの悪い人間だったのか、それとも自分のように人と接触するのが苦手だったのか、どちらにせよ変に気を遣わずにすんで良かったじゃないか、と思い、また歩き始めた。しかし彼の足取りは、普段と少し違い、何かを考えているような足取りだった。

 それは彼女がTシャツに短パンという自分と同じようにずぼらな恰好だったために、女のくせにお洒落に気を使わない奴だなと思ったわけでも、彼女がやけに慌てていた様子だったので、何かあるのだろうかと思ったわけでもなく、彼女が近付いた時に鼻についた、何かの腐った臭いのことを考えていたせいかもしれなかった。


 手早く買い物を済ませ、スーパーマーケットから出た彼は、またも彼女と出会った。いや、彼の心情のままに言えば、出会ってしまった、が適切だろう。小柄な身体を更に縮ませ、俯いて震える少女と、嫌そうな表情を浮かべながら後ずさりする少年は周囲から不自然な目を集めることとなったが、彼はそんなことを考える余裕はどこにもなかった。

「……さっきは……すみませんでした……」

彼女の口からかすかに漏れた言葉を彼が耳にした時はもう、彼女は走り去っていた。残された彼も、一言呟きながら、自分の住処へ歩き出した。

「凄いな、あいつ」

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