王様、落胆する
俺のしてきた偽善は悪じゃない。
利己心なんて人間にはつきものだし、俺の場合良い方向には働きかけたのだから。
しかしそう思ってきたこともあって、俺の悪への憎悪によって引き起された感覚的な行いは、不思議な感情をもたらした。
なんとも説明しがたいし、自分でも良く分からない。
なんにせよ、これは初めての体験だった。
「何なんですかこの食事は」
俺の黒焦げのスクランブルエッグを見て、ゲランは眉をひそめる。
「お帰りゲラン。奴隷解放手伝わなくてゴメンな。後から行こうと思ったんだけど疲れがどっと出て」
「お疲れなのじゃ」
俺たちはスクランブルエッグのわずかに残った黄色い部分をつつく。
「それは仲間に伝達して手分けしたのでいいのですが……三日もこの食事を?」
「ああ、朝食はな。これは俺が完成させられる唯一の料理なんだ。他はすぐ流血事件になってたどり着けない」
ゲランは声を絞り出す。肩を震わせながら。
「……これで……完成……ですか……」
「悪かったな。ゲランみたいじゃなくて」
口を尖らせた俺の正面で、ゲランは顔をひきつらせたままフリーズする。な、なんだよ。仕方ないだろ。
少々の間が空いたところでゲランは口を開く。
「……何はさておき、大事なのはこれからの話です。失念するところでした。」
「これから?あ、用が済んだから王宮に戻るってことか?」
「その通りです、察しがよいですね王様」
何だか小ばかにされてる気がする。まぁいい。これからか。俺は公務の本を取り出して、ページをめくる。
この中のいざこざを正していくのもいいが、やはり身分制度に問題がある気がする。
「姫も連れ回したら疲れるし、いったんは戻って政治をするよ」
「政治……ですか」
ゲランは納得がいかないような目で俺を見る。
「確かに俺は社会の評価で3しかもらったことがない。でもなぁゲラン、勉強ができるのと政治ができるのは比例しているわけではないと思う」
俺は胸を張る。
「……でもある程度は関係しているのでは?」
「……」
言い返せない。ああ、まじめに勉強しとけばよかった!!まさか天国で王様やるとは思わないからな!!くそ!!
姫はゲランと俺の顔を交互に眺めてから挙手する。
「政治なら、わらわがやるぞ?」
「「へ?」」
いやいや。こんな子供に、無理無理。俺なんか姫と同じ年の頃は鼻水垂らして遊んでたし。みんなその程度だろ?
「気持ちは嬉しいけど……」
「私がなんとか致します」
姫はゆっくりと首を左右に振る。
「わらわは、のちの女帝になるものとして、帝王学をはじめとした様々な学を受けておる。任せるのじゃ」
「えぇ!?でもなぁ……」
あんなに子供っぽい姫が?何だか合点のいかないものがある。俺とゲランのそんな様子を察したのか。
「凡人主之国小而家大、権軽臣重者、可亡也……」
姫はスラスラと書の一節をそらんじはじめる。どうやら漢文の類のようだ。すごいな、見たことも聞いたことも無い言葉ばかり。意味はなんとなく分かるような。でも、合っているのか確かめようがないし……。
「それは……韓非子!!」
ゲラン知ってんのかよ!
あっけにとられている俺は、今完全に蚊帳の外。ゲランと姫は急に仲良く政治談義をし始めた。俺の虫けらみたいなプライドはズタボロだ……
終わるまで外に出てるか……
力なく玄関の扉を開けると、ばったりとショートヘアーの女子に会う。女子は、にこりと笑う。
「今、丁度ノックしようと思ってたんですよ。お礼に、これをお渡ししたくって。つまらないものですが」
女子の手には三色でまとめられた可憐な花束。
「私、花屋さんで働いてて。」
「……綺麗な花だな。ありがとう」
受けとったとき、俺は気付く。いったん戻ってしまえばこの女子には会えないのだ。けど、女子にとって俺はなんでもない存在なのだから、どうしようもない。俺にとっては気になる存在でも。
「俺……もう今日で」
そう言いかけたが、伝えても悲しくなるだけのような気がする。何も言わずに去ろう。
笑顔でまたな、と言った俺の心は鉛のように沈んでいた。
女子の気持ちなんて少しも知らず。
今日は無理かと思いましたが更新できました!!
読んで下さりありがとうございました!!