王様になった日
君は「偽善」について考えたことがあるか?
俺はある。
大層偏屈な親父のもとに生まれた俺は、幼いころから、悪行をするとガツンと一発殴られ、善行をしたと言ってもガツンと一発殴られた。虐待と騒がれる中で時代に逆行したような人間である。
善行をしたら褒められるべき、と誰もが思うだろう。
親父に聞くと、良いことをしたというのは言いふらすものではなく、心に留めておくものである。良いことを褒められようとやっているのは「偽善」である、という言い分であった。
幼い俺には訳が分からなかった。おかげで俺は恐怖により、悪行をしないのは勿論のこと、善行をしてはひた隠しにするような人物に成長した。
すると、自然と俺は「いい子」になった。影がなく、良いことをしてもそれをひけらかしたりしない、と評判の。
俺は、密かに気づいていた。俺の善行はすべて、「ひた隠しにしてる俺」に、酔いしれている自己満足であり、「偽善」だということに……
しかし、結果論でいうと「偽善」で誰かの役に立っているのなら、「善」と何ら変わりはない。何が悪いのだろう。
悪いわけがない。そう考えるようになった。
そういうわけで、
俺は善行をし続けた――――人のため、そして自分のために。
そして、
運命の日は音も立てずにやってきた。
ある部活帰りの夜。
俺は横断歩道を渡っていた。
信号は青。俺の前には女子高生が歩いている。そこに、トラックが猛スピードで走ってくる。「危ない!!」俺は咄嗟に女子高生を押し出す。大きな衝突音が響く。痛み。人生で一番の、痛み。
目の前が真っ白になる。
俺は、意識を失った―――――――――
「王様!!」
ジャ―――――――――ン!!ドラの音が響き渡る。
目をあけると、そこはきらびやかな装飾が施されている宮殿だった。俺は、玉座のようなものに座っている。自分の服は、濃紺の生地に金色の刺繍がしてある着物に変わっていた。
自分の目の前には大勢の人が土下座のような形で伏せている。
隣を見ると、今まで見たこともない完璧な美人が立っていた。白銀のキラキラと輝くロングヘアーに、透き通るような肌。葡萄色の大きな瞳。高く癖のない鼻。珊瑚色の整った唇。細く長く伸びた肢体に、白く薄い羽衣を纏っている。
なんなんだ。理解できない状況。
「あの、ここはどこですか。どこの国ですか。」
俺は思わず声を上げる。
美人は答える。
「天国だ。」
悪い冗談を。いや、まてよ。…………トラックに真正面からぶつかった俺だ、死んだのにも納得がいく。この場所も天国に相応しい。俺、判断力半端ないな。と、自画自賛する。
俺は続けた。
「あなたは、誰ですか。」
美人は微笑む。
「神の中の一人だ。名はマーシャジャ・ビジュー・ジン。マーシャと呼ぶがいい。その様子、訳が分からないようだな。まあ、無理もない。説明しよう」
「はぁ」
ここは流れに従ったほうがよさそうだ。
「お前は今、死にかけているところだ。そこで、この国にやってきた。天国では位が生前の行い――――善行の数によって決められる。お前は、善行の数が、歳の割に極端に多い為、王となった。権力、武力、知力を兼ね備えた王に。」
マーシャは分厚い紙の一覧をどこからか取り出して「これがお前の善行の数だ」と渡す。ペラペラとめくると、確かに、俺のしてきたことが書いてある。こんなに俺はやってきたのか。俺は目を丸くする。
しかし、こんな小さなことの積み重ねで、そんな優秀な王になれるなんて、信じられない。善のために死んだからよかったのか?平均いくつぐらいなんだろう。そこに一つの疑問が浮かぶ。
「あの、地獄……とかはないんですか。」
マーシャはフン、と鼻で笑う。
「地獄なんてものは下界の人間が勝手に作り出したものだ。人間とは愚かなものよ。地獄という概念を作り、恐怖し、悪行を正そうと考えるなんてな。……話を戻そう、お前は死にかけているといったな?」
コクリと俺はうなずく。
「神は、王となった人間のうち、そこで成長した者だけに一度だけ生き返るチャンスを与えるのだ。よかったな。すべてはお前次第。良い結果を祈る」
「えっ。具体的には何を……」
そう言いかけた時にはもう、マーシャの姿は無かった。サ―――ッと霧のように消えたのだ。
どうすればいいんだ……!?
俺は頭を抱える。
忙しい、苦渋に満ちた王の毎日が――――――今、始まった。