防衛機制:置き換え、或いは補償。
自覚してしまったら屋上に行き辛くなって、だからっていきなり行かなくなるのもアレだし、少しずつ距離を置いてみないとなって。ばれたら気まずいし居たたまれないし死ぬ。杉山君の顔も、あんまりまともに見れない。
普通の女の人たちってえらすぎる。女の人に限らないけども。
人を好きになってアプローチして、好かれる為にがんばって。私なんて美容院行くにも美容師とコミュニケーション取るのが苦痛だわトリートメント売り付けられるのが怖いわ(だって断るの嫌じゃん)、大体どんな髪型にしたらいいのかもよく分からんわ、ネットや雑誌の画像持ち込むのも恥ずかしいくらい自意識過剰になっている私にはとてもじゃないけど追いつくことが出来ない世界よ。
大体ゆるふわもてかわばっかり、アヒル口ばっかりなんだよモデルが皆! 三十路過ぎた女がこざっぱりと見苦しくない程度に、でもちょっといいなって思うようにしてくださいよプロなんだろ頼むよほんと。せめてヘアモデルに、適度にリアルな人使ってくださいよ。
かといって、適当な店に飛び込んで適当に頼んでみたらバッハにされたことがあるから、一概にプロだからって安心出来ない。
バッハですよ? 絶望したね。
フードプロセッサを買おうかどうか悩んで数年、みじん切りが嫌いなのに、毎回苛々しながらキャベツや白菜をみじん切りにしている。キャベツ一玉とか何の修行なんだろ、今度こそ買わなきゃ。
そんな修行こと、みじん切りにした白菜半玉分をボウルに入れて、塩を一つまみ。さらさらっと指先で混ぜ合わせて暫く置くと、白菜から水気が出て来る。
それを今度は、さらしに包んで親の仇のようにぎゅうぎゅうと絞ると、可哀想なくらい小さくなった、かつて白菜だったかたまりが出来上がる。
味付けして白っぽく粘るようになるまでよく捏ねておいた豚ひき肉と白菜、久しぶりに安かった香菜をどっさり混ぜ込む。
あー、いいにおいだな。オイスターソースや醤油や胡麻油のにおいとともに、香菜の青臭い香りが立ち上って来るのにニヤニヤしてしまう。香菜久しぶり。食べるの楽しみ。
顔合わせ(派遣が派遣先予定企業に面接へ行くことをこう言う)の時から牧田さんの使えなさはそれとなく聞いていたけれど、ここまで酷いと思わなくて結構困ってる。
東京本社のくせに、派遣された部だけは何故か東京支社の上に陣取っていて、本社の部であるだけに来客が多い。
多い時だと一度に十数人分の応対の準備や後片付けしながら、総務や庶務みたいな真似事もしつつ普通の仕事も時間内にやれとか私一人じゃ無理無理無理無理。
でも牧田さんに協力を仰ぐと、泥汁とかA4コピー用紙五十箱勝手に発注とか、余計仕事増えるからもっと無理。うちの部、今までよく機能してたね……。
その上、牧田さんが補佐しきれていない人のフォローまでやっていたら毎日残業し過ぎて、ただでさえ散らかっていた部屋がますます混沌としてきた。そんな生活が半年とちょっと。
あーあ、亀山次長は怖いしな。
最近、うちのチーム以外の仕事をしていると亀山次長が睨むようになってきていて、顔があげられない。いや、私所属は亀山次長のチームですけど、契約自体は部内フォローですから! 指示系統はっきりさせてくださいって、派遣元の営業さん通して何度もお願いしている筈なんですが! 亀山次長の仕事ばかりしていると、牧田さん好き好き大好き長岡さんに、後からまとめて仕事押し込まれるんですけどおおおおおお。
次の契約更新は無いかもな……。忙しいのは嫌いじゃないし、人間関係もそんなにややこしくなくて居心地いいから去りたくないけど、腹をくくらなきゃいけないかもしれない。結構な残業代いただいているから、懐は結構潤ってるけどさあ。
今までの派遣ちゃんたちが長続きしなかった理由はそこら辺だな。前任の子は、はずれだったからだと杉山君は言っていたけれど。
「うひゃおう! 考えない気のせい気にしてない!」
いかん、芋づる式に杉山君のことを思い出してしまった。せっかく考えないようにしてたのに。咄嗟に、奇声をあげて脳味噌を誤魔化した。こういう時、変な声出るよね。出ないか。出るんですよ。
餃子大好きなんだけど、作るのも食べるのも大好きなんだけど、包む時だけは頭の中が暇になるので嫌でも色々考えてしまう。
大量に出来上がった餃子を少し取り分け、片栗粉を敷いたバットに残りを並べて上からラップをして冷凍庫へ。パズルよろしく作り置きのあれこれを縦横斜めと入れ替えて、何とか押し込められた。凍ったらフリーザバッグに移し替えないと。
フープロと一緒に、冷蔵庫も買い換えようかな。電気代も今のと大して変わらないみたいだし。そしたら出しっぱなしの調味料も片付けられるし。多分。
平日は昼間忙しいし残業するし、お菓子買い込む姿を杉山君に見られるかもしれないからコンビニにはもう寄れない。となると、帰ってすぐ食事が出来る作り置きをますます重宝する訳で。
土日はいつも昼過ぎに起きてだらだらネットをして、夕方に荷物を受け取って支払いをして、週末に誰かと喋る機会はそれだけ。買い物はもうずっと(つまりいつか杉山君にコンビニでばったり会ってから)、ネットスーパーに任せている。
ネットスーパーもいいもんだよね。まとめて買えば送料無料になるし、重たいものをひーひー言いながら自分で持ち帰らなくていいし。便利は便利。でも値引きシールを見て一喜一憂していた私はもう居ない。
週末の夕暮れの、休みの開放感を味わっている人たちに紛れてスーパーで買い物をしていると、自分の為だけに生きているのがとても寂しくなるから。杉山君とすれ違わないかなと期待してしまうから。それに気付いてしまったから。
近所になんて、住んでいて欲しくなかった。
鶏がらスープを溶かしたお湯の中で餃子がゆらゆらと動いている。香菜の緑が濃くなって、奇麗だしおいしそう。そろそろタレの用意しなきゃ。
湯気で眼鏡が曇ってしまって、コンタクトやっぱり作ろうかななんて考えた。拭いても拭いても、レンズから水滴が離れない。