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屋上観察

 それにしても杉山君のおかずおいしい。ほんとおいしい。最近カップ焼きそばとかカップ焼きそばとかカップ焼きそばばっかりだったもんなあ。……それだけじゃないけど。


「……そういえば杉山さん」

「何すか根本さん」

「おれもって何すかね」

「おれも……?」


 思い当たらないみたいで、暫く真面目に考えていた横顔がシャープだしやっぱりかっこいいなーとこっそり感嘆する。整った鼻梁、眦には笑い皺がうっすらと。そういうとこまで観察しちゃってさ。悔しいわ。好みなんだよくそー。

 その横顔が、ああ、と納得した声を出した。観察されているとも知らず。


「毎日カップ焼きそば食ってたでしょ」

「何でそんなこと知ってんの?」

「根本さん……」


 こっち見た。呆れた、と顔にでかでかと書いてある。何すか。


「毎日毎日昼休みのたびにソースのにおい充満させておいて何言ってんの?」

「あーはいはい」


 ただ見てるだけでいいんだけどな。


 最近、部内では昼休みらしい昼休みが取れる人はまず居なくて、十二時過ぎて食べられるようだったら適当なものを自席で食べるって感じだ。皆、買いに行っている暇も無い。

 私も同じ。仕事ばっかりしているとネットスーパーの注文忘れがちになっちゃうし、疲れてるのに弁当箱洗って乾かしてっていうのが面倒臭過ぎて、つい買い置きのカップ焼きそばばっかり食べていた。好きなのよ、これでもなるべく封印してるんだけど。


「カレーとソースのにおいはバイオテロも同然ですからね」

「バイオテロ……うんまあ、そうだね。ごめん」


 何で謝ってんの私。でも確かに、カレーとソースのにおいはクるよね。他に食べたいものあった筈なのに、つい釣られちゃったりする。


 *


 このビルは会社の自社ビルで、屋上は社の広告が大きく場所を占めている。それから、無数の室外機と電圧関連の施設が並んでいる。

 そしてビルの縁の内側をなぞるように窓の清掃用のゴンドラを吊り下げる為のレールが敷かれていて、まあまあ広い筈の屋上でくつろげるスペースは僅かだ。隣り合うビルがうちより低いので、眺めはまあまあ。殆ど金属板で隠れているけどね。上を見れば、遮るものの無い空が見えるのがうれしい。

 入口を左に出て室外機の隙間を抜け、電圧関連の機械が収められている物置みたいな施設の裏にプラスチック製のベンチが二つ。電圧施設には雨よけの為かかなり広めの庇が付いていて、だからよっぽど激しい雨でも無い限りは濡れないでいられる。

 室外機やレール、電圧施設にぐるりと囲まれていていつも生暖かい風が吹いているから、この季節になってもあんまり寒くない。代わりに、夏はちょっとした修行だけど。

 その上、屋上に出るには外付けの非常階段を二階分登らなくちゃいけなくて、だからそんな面倒臭い場所に来る人は居なかった訳ですよ。夏は。


「南国で鳩型サブレーもすごいですけど、屋台でおまけっていうのも得ですね。おれ、そんな体験したこと無い」


 のびのびチャプチェを苦労して掬い上げながら、杉山君の眉間に皺が寄っている。


「無いの?」

「無いですよ。根本さん、何でもうまそうに食うから、食べさせ甲斐があるんじゃないですかね。おれもそうですし」

「ありがとう、おいしい食べ物が大好きですからねー」


 だから、くどいけどこんな風に杉山君と昼をともにすることになるなんて思わなかったし、かといって私的なことなんてほぼ話さないで来ていたのに、今日の私はどうしてか過去の面白話なんてしていて。

 現実感無いわあって前から思ってはいたけど、昨日の今日のせいもあるしこないだ嫌なこと言われたし初めて料理以外のことで褒められたみたいだしで訳分からん。

 キャベツ饅頭は無いんですねなんて呟いている彼に、あれは非売品らしいので誰にも渡しませんと返しながら、自分の声が遠くて変だなってことしか考えられなくなっていた。現実逃避は大の得意よ。


「とにかく、野菜は食った方がいいですよ。幾ら面倒臭くても」


 いつの間にか話題が変わってた。


「普段は食べてるの、杉山君も知ってるじゃん」

「忙しい時ほど栄養のバランスが大事なんですよ」

「はー」

「いやほんとに。栄養素の働きは神経にも影響あったりしますから」

「うんわかった、おかあさんありがとー」

「心まったく籠っていないお礼萎える……」

「いやいや結構感動してますから。こういうこと言われるの、すごく久しぶりでぽかーんとしちゃって」

「猪突猛進過ぎて周りが何を言っても無駄なタイプだから、言われても聞き取れてないだけじゃないすか」


 さっきチャプチェを掬い上げていた時より眉間にくっきりと皺を寄せながら、ものすごく嫌そうに言わないで欲しいんですが。

 体中の血がサッと下りて、瞬時に手先が冷たくなるのを感じる。生暖かい風を浴びている筈なのに手足が震える。


「何、結局嫌味? 杉山君、最近何でそんなに苛々してるの? 悩みあるの? 今日は課長以上の人達、皆本社に詰めてて平和なんだし早く帰んな?」

「まーね、久しぶりに定時上がりしますけどね。だから根本さんも今日くらい、早く帰って休みな?」


 カッとなっても、午後も仕事がある。

 オーイエース、カムダーン……カムダーン…………出でよ、心の中のアメリカ人!(偏見)


 自分に言い聞かせながら精一杯大人っぽい対応を取ったつもりだったけど、きつい言い方にしかならなかった。

 そしてそれに杉山君が意外なほど穏やかに答えるので、もう疲れた。だからじゃねーよ。嫌味言った口で労わらないでよ混乱するから。

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