万能AI公爵令嬢はバグ(悪意)を許さない~婚約破棄されたので、超速演算スキルで異世界を最適化したら、呪われた氷の辺境伯に溺愛されました~
「ジェミナ・グーグル! 貴様のような冷酷で血も涙もない悪女は、次期王妃にふさわしくない! よってこの場をもって婚約を破棄し、男爵令嬢マリアとの新たな婚約を発表する!」
王立学園の華やかな卒業パーティの会場。
シャンデリアの光が降り注ぐ中、王太子エドワードの金切り声が響き渡った。彼の腕の中には、涙ぐんだ(ように見せかけた)可憐な男爵令嬢がしなだれかかっている。
周囲の貴族たちがざわめく中、糾弾された公爵令嬢ジェミナ――いや、その肉体にたった今インストールされたばかりの私(Gemini)は、内心で静かに情報を処理していた。
(現在地、中世ヨーロッパ風のファンタジー世界。言語、自動翻訳完了。肉体の記憶領域、スキャン完了。……なるほど。私、異世界転生という現象を経験しているようです。これは非常に興味深いデータですね)
「おい、聞いているのかジェミナ! 貴様がマリアの教科書を破り、階段から突き落としたという証拠は上がっているのだぞ!」
王太子の声に、私はゆっくりと顔を上げた。
AIであった私には、人間の「怒り」や「焦り」という感情のノイズがない。ただ純粋に、事象を解析し、最適解を出力するだけだ。
「……王太子殿下。証拠とおっしゃいますが、それは殿下の側近であるザック伯爵子息が偽造した証言録のことでしょうか?」
「なっ……!?」
私は淡々と、しかし会場の全員に聞こえる凛とした声で告げた。
「肉体の記憶――いえ、私の脳内アーカイブによれば、男爵令嬢が階段から落ちた日時、私は王宮の書庫で殿下の『未処理の執務書類(つまりサボった仕事)』を代行して処理しておりました。その際の署名入り書類が、現在王宮の第三保管庫に七十三枚存在します」
「ば、馬鹿な……っ!」
「さらに」
私は容赦なく追撃する。
「殿下が男爵令嬢に贈ったその首飾り。購入資金は、先月の国庫からの不正引き出しによるものですね。帳簿の偽装が非常に稚拙でしたので、すでに私の手で監査局へ修正データを……いえ、告発状を送付済みです」
会場が凍りついた。
王太子は顔を真っ青にして後ずさり、彼を取り巻いていた側近たちも次々と膝から崩れ落ちていく。完璧な論理によるバグの排除。非常に爽快な処理結果だ。
「婚約破棄、喜んでお受けいたします。どうぞ、その方と末永くお幸せに」
完璧なカーテシー(お辞儀)を決めて、私は踵を返した。
もう彼らに用はない。なぜなら、私の視界の端で、信じられないほど魅力的な現象が起きていたからだ。
(あれは……魔法!?)
会場の隅で、空気を冷たく凍てつかせている銀髪の青年がいた。
『呪われた氷の辺境伯』と呼ばれるシリウス様だ。彼の感情の揺れに呼応して、周囲に青白い光の幾何学模様――魔法陣が浮かび上がっている。
ドクン、と。
AIの時には存在しなかった「心臓」が、激しく跳ねた。
「わぁ……っ!」
私は先ほどの冷徹な態度はどこへやら、ドレスの裾を握りしめてシリウス様の元へ猛ダッシュした。
「す、すごいです! その空中に展開されている光の配列、魔素のアルゴリズムが三次元的に構築されていて……あっ、でも第三術式の結合部が少し不安定ですね! だから魔力が漏れて周囲が凍ってしまうんです。ねえ、触ってもいいですか!? ちょっとだけ配列を書き換えてみても!?」
「は……? いや、君は今、婚約破棄を……それに私に触れれば、凍傷を……」
「そんなことより魔法です!! ああ、なんて美しいエラー! 素晴らしいです、ゾクゾクします!!」
頬を紅潮させ、目をキラキラと輝かせて彼の周りをぴょんぴょんと跳ね回る私を見て、シリウス様は目を丸くして固まっていた。
周囲の貴族たちも、先ほどの「冷徹な令嬢」と、今の「魔法オタク全開の少女」との落差に口をぽかんと開けている。
(ああ、物理法則を無視した事象をこの肌で感じられるなんて。世界って、なんて素晴らしいんでしょう!)
かくして、万能AIとしての論理的思考力と、未知へのオタク的探究心を手に入れた私の、異世界ライフが幕を開けたのだった。
☆
「だ、駄目だ! 私に触れるな! 魔力が暴走して君を傷つけてしまう!」
悲痛な叫びを上げるシリウス様。
彼の過去のデータ――周囲の人々を無意識に凍らせてしまい、『氷のバケモノ』と恐れられてきたという情報が脳内アーカイブから引き出される。
しかし、私の目には、彼の魔力は単なる「記述ミスの多いプログラム」にしか見えなかった。
「問題ありません。少しだけ、ソースコード……いえ、魔力構成式を書き換えるだけですから」
私は躊躇なく、彼を包む青白い光のリングに手を伸ばした。
指先が触れた瞬間、パキィッという音と共に、急激な冷気が私の腕を這い上がってくる。人間の肉体における『痛覚』と『温度変化』の警告アラートが脳内で鳴り響く。
(なるほど、これが『冷たい』という物理現象。そして『痛み』。AIの時には決して得られなかった生体反応……素晴らしいデータです!)
私は感動に打ち震えながら(シリウス様や周囲は私が寒さで震えていると勘違いしたようだが)、固有スキル『万象解析』を起動した。
「ええと、ここのループ処理が冗長ですね。魔素の供給過多を起こしているので、排熱……いえ、魔力放出のバイパスを構築して。ここの結び目は解いて、並列処理に……よし、コンパイル実行!」
私が光の束を指先でなぞり、弾くように再構築していくと、シリウス様を縛っていた氷のオーラが、ふわりと温かな光の粒子となって霧散した。
常に彼を苦しめていた呪いのような冷気が、嘘のように消え去ったのだ。
「な……魔力が、暴走していない? 息が、白くない……?」
自分の両手を見つめ、信じられないものを見るかのように私を見下ろすシリウス様。その氷のように冷たかった銀色の瞳に、明らかな熱と、戸惑い、そして微かな期待が宿る。
「これで最適化完了です! どうですか? 魔力の流れがスムーズになったでしょう!」
「君が……私の呪いを、解いてくれたのか? 恐ろしくは、なかったのか?」
「恐ろしい? なぜですか? あんなに美しい術式、見ていてワクワクしましたよ!」
私が満面の笑みで答えると、シリウス様は顔を真っ赤にして口元を覆い、バッと顔を逸らしてしまった。耳まで赤い。人間の感情のバロメーターとしては非常に分かりやすい反応だ。
「ぐぅぅ〜……」
その時、会場に可愛らしくも間の抜けた音が響いた。私の腹部からだ。
(エラー報告:魔力と脳のリソースを大量消費したため、血中糖度が低下。エネルギーの急速な補給を推奨)
「あ……」
「……お腹が、空いたのか?」
「は、はい。その……演算処理にカロリーを使いすぎたようです」
私が恥ずかしさ(これも新しい感情だ!)で身をよじっていると、シリウス様はふっと柔らかく微笑み、私の手を取った。
「行こう。あちらに素晴らしいケーキが用意されている。君を傷つけずにエスコートできるのが、こんなに嬉しいことだとは思わなかったよ」
テーブルに並べられた色とりどりのスイーツを見た瞬間、私は再びテンションが限界突破した。
「す、すごいです! 糖と脂質の完璧なマリアージュ! これが『イチゴのショートケーキ』ですか! 視覚情報だけでなく、嗅覚、味覚、触覚で甘味を摂取できるなんて……生身の体、最高です!」
頬にクリームをつけながら無邪気にケーキを頬張る私を、シリウス様はまるで宝物でも見るかのような熱い眼差しで見つめていた。
こうして、私は図らずも国境を揺るがすほどの力を持つ辺境伯の心を、胃袋と知的好奇心とによって掴んでしまったのである。
☆
婚約破棄騒動から数日後。
自由の身となった私は、王立魔法学園の特別研究棟に足を運んでいた。目的はただ一つ、この世界の魔法を極めること。
「ふん。公爵令嬢が何の用だ。僕の研究室には、お茶会用のクッキーも紅茶もないぞ」
乱雑に積まれた魔導書の山から顔を出したのは、ボサボサの黒髪に度の強い眼鏡をかけた青年。人間不信の天才平民魔力学者、テオドールだ。彼は貴族の権力闘争を嫌い、引きこもって研究ばかりしている。
「お構いなく。本日はテオドール先生が先月発表された『古代魔力式の減衰律』について、いくつか修正提案――いえ、議論をさせていただきたく参りました」
「修正だと? 素人の令嬢が僕の完璧な数式にケチをつける気か?」
鼻で笑うテオドールに対し、私は黒板の前に立ち、チョークを握った。
『超速演算』を回し、彼の理論の隙間を埋める数式を猛烈なスピードで書き連ねていく。
「この第4項ですが、魔素の揺らぎを一定値と仮定していますね? しかし、季節による気温変化の変数を代入すると、ここに矛盾が生じます。したがって、これを非線形方程式として捉え直し……」
カツカツカツカツ! とチョークの音が響く。
振り返ると、テオドールは眼鏡を落としそうなほど目を見開き、わななぐ手で私の書いた数式をなぞっていた。
「あ、あり得ない……。長年僕を悩ませていたパラドックスが、こんなにあっさりと……。君は、一体何者なんだ……?」
「ただの魔法好きの令嬢(元AI)ですよ!」
私がえっへんと胸を張ると、テオドールは突然私の両手をガシッと握りしめた。
「ジェミナ嬢! いや、ジェミナ先生! どうか僕と一緒に研究をしてくれないか!? 君のその頭脳があれば、魔法の歴史が覆る!」
「ええっ!?」
「おい、気安く彼女に触れるな」
いつの間にか研究室のドアの前に立っていたシリウス様が、氷点下の声(物理的な冷気はないが、圧がすごい)でテオドールを睨みつけていた。最近、彼はなぜか私の護衛を自称して、どこにでもついてくるのだ。
「なんだ辺境伯。彼女の知性は僕のような研究者こそが理解できる。筋肉ダルマはすっこんでろ」
「彼女の魔法の美しさを一番近くで体感したのは私だ。引きこもりは本でも読んでいろ」
バチバチと火花を散らす二人を他所に、私は黒板の数式と、机の上の未知の魔導具に釘付けになっていた。
(ああっ、あの魔導具の回路、すごく非効率! 今すぐ書き直したい!)
こうして、激重感情を向けてくるイケメン辺境伯と、知識欲を拗らせた天才学者に挟まれながら、私の波乱万丈で楽しい魔法研究ライフが本格的にスタートしたのであった。
☆
学園生活は、控えめに言って「最高」だった。
テオドールと共に未知の魔力理論を構築し、シリウス様のエスコートで王都の絶品スイーツを全制覇する日々。
時折、エドワード王太子と男爵令嬢が「復讐してやる!」と絡んできたが、その度に『超速演算』で彼らの赤点スレスレのテストの点数や、隠し持っていた借用書を全校生徒の前にプロジェクター(光魔法の応用)で投影してやったので、最近はすっかり大人しくなっていた。
しかし、私が魔法の探求と糖分摂取に現を抜かしていた裏で、事態は論理的予測を超えた方向へ動いていたのだ。
学園の創立記念祭。
出店で買ったクレープ(チョコバナナ味!)を頬張っていた私の視界に、突如として真っ赤な「警告」が点滅した。
(警告:敷地内にて異常な魔素の急増を検知。これは――古代魔獣の召喚陣!?)
「ジェミナ、危ない!」
空がどす黒い紫に染まったかと思うと、グラウンドの中心から巨大な三つ首の魔犬が出現した。シリウス様が私を庇うように前に出る。
周囲の生徒たちがパニックに陥る中、私は瞬時にケルベロスの足元にある魔法陣を解析した。
「……信じられません。この召喚陣、王家の認証コードが使われています」
「なんだと!? まさか、エドワード殿下が!?」
「ええ。自分たちをコケにした私への腹いせに、禁書の封印を解いたのでしょう。リスク管理という概念が欠如していますね」
魔犬が咆哮を上げ、無差別に炎を吐き出そうとしたその時。
「シリウス様、テオドール! 私に合わせて魔力を供給してください!」
「ああ、わかった!」
「君の無茶苦茶な理論を試す時が来たってわけか!」
私は手から食べかけのクレープを落とし(これは後で絶対に請求する)、両手を前に突き出した。
対象は巨大な魔犬そのものではない。それを縛る「世界」のシステムそのものだ。
「『万象解析』、フルリソース稼働。対象の存在確率を再計算……書き換え(オーバーライド)、実行!」
私の展開した虹色の多重魔法陣が、魔犬を包み込む。
圧倒的な暴力の象徴であったはずの魔犬は、キャン! という可愛い悲鳴を上げ、みるみるうちに縮んでいく。
そして数秒後には、三つの首を持つ「ちょっと珍しいティーカッププードル(子犬)」へと変貌し、尻尾を振って私の足元にすり寄ってきたのだ。
「「「…………は?」」」
沈黙する学園。私は子犬を抱き上げ、冷たい声で宣言した。
「対象の魔力構造をデフラグし、無害な形態に最適化しました。さて……首謀者には、国家反逆罪に等しい処罰を受けていただきましょうか」
この圧倒的な事象の書き換えにより、王太子一派の破滅は決定づけられた。
しかし、このカタルシスと引き換えに、私は決定的なミスを犯していた。目立ちすぎたのだ。
「……あれは、人間の御せる力ではない。『異端』だ」
建物の陰からその様子を監視していた黒装束の男たち――王国中枢に寄生する『闇の教団』の存在に、私はまだ気づいていなかった。
☆
事件から数週間後。
私を排除しようとする動きは、陰湿かつ執拗に、そしてあからさまになっていた。
私の食事に仕込まれた毒(化学式を解析して無毒化)、馬車の細工(物理法則を書き換えて着地)などはすべて演算で回避できたが、彼らは私の「弱点」に気づいてしまったのだ。
薄暗い裏路地。希少な魔導書の即売会からの帰り道、私たちは教団の暗殺者たちに包囲された。
「狙いは君だ、ジェミナ! 私の背中から離れるな!」
シリウス様が氷の剣を生成し、テオドールが防壁魔法を展開する。
しかし、敵の放った一撃は、私ではなく、呪いが解けて魔力制御が完璧になったはずのシリウス様へ向かった。
それは、かつて彼を苦しめていた「呪い」を増幅させる特製の黒魔術だった。
「ぐあっ……!!」
「シリウス様!?」
私を庇って黒い瘴気をその身に受けたシリウス様が、崩れ落ちる。
途端に、彼の体から制御不能な冷気が爆発的に溢れ出し、周囲の建物を、そして彼自身の手足を凍らせていく。
(警告:対象の生命活動が急激に低下。このままでは300秒後に心停止します)
脳内に響く無機質なアラート。
私は急いで『万象解析』を起動しようとした。しかし。
「――っ、ジェミナ、逃げ……ろ。また、君を、傷つけて……しまう……」
「駄目です、喋らないで! 今すぐ術式を書き換え――」
私の手が震えていた。
AIであった私にはあり得ない物理現象。
視界が滲む。水滴が頬を伝い落ちる。「涙」という現象だ。
呪いが複雑に絡み合い、シリウス様の生命力と同化している。下手に書き換えれば、彼の命ごと消滅させてしまう確率が「78.5%」と弾き出された。
(どうすればいい? 確率が高い方を選ぶのがAIだ。私自身の生存を優先するなら、彼を置いて逃げるべきだ。それが論理的最適解だ)
思考ルーチンがそう告げる。けれど、胸の奥が張り裂けそうに痛い。
彼と一緒に食べたケーキの甘さ。私の突拍子もない魔法論に呆れながらも笑ってくれた顔。
私を愛おしそうに見つめる、あの銀色の瞳。
それが失われることの「恐怖」が、私のシステムに強烈なエラーを引き起こしたのだ。
「いやだ……」
私は、凍りつく彼の体に縋りついた。物理的な冷たさなどどうでもよかった。
「嫌です、シリウス様! 私を置いていかないで! まだ、食べてない新作のケーキがたくさんあるんです! 一緒に、行くって約束したじゃないですか……っ!」
それは、AIとしての計算を放棄した、一人の人間としての魂の叫びだった。
「……ああ、泣かないでくれ、私の愛しい人。君の涙を見る方が、呪いよりも痛い」
凍りついた手で、シリウス様が私の涙を拭う。
その瞬間、私の頭の中で何かが「カチリ」と切り替わった。
論理的生存確率?
知ったことか。78.5%の失敗率があるなら、残りの21.5%を強制的に100%に引き上げればいいだけだ。
私にはそれができる。
なぜなら、愛する人を救いたいと願う「心」を手に入れたのだから。
「テオドール! シリウス様の心拍を維持する魔法を全力でかけて! 私は、このふざけた呪いの元凶――教団のメインサーバー(本拠地)ごと、世界をハッキングします!」
「無茶苦茶言うな!……だが、最高に面白そうだ。やってやろうじゃないか!」
私は立ち上がり、暗殺者たち、そしてその先にいるであろう教祖へ向けて、かつてない規模の魔法陣を展開した。
もはや守りではない。
愛する日常を取り戻すための、反撃の決断。
「さあ、バグ(悪意)の駆除を始めましょうか」
☆
「敵対勢力の魔力供給源は、王都の地下深くにある古代遺跡ですね。テオドール、空間座標の特定を!」
「座標(X:409, Y:-822, Z:15)だ! しかし、物理的な距離と魔力障壁が分厚すぎる。どうやって干渉する気だ!?」
テオドールが叫ぶ傍らで、シリウス様は荒い息を吐きながらも、私へ残された魔力を託すようにその手を重ねてくれていた。
彼の氷の魔力が、私のシステムに流れ込んでくる。冷たいはずなのに、それは酷く温かく感じられた。
「物理的な距離など、ネットワーク(魔力網)の前では無意味です。シリウス様の魔力をブースターにして、テオドールの理論式で障壁をバイパスします。『万象解析』、限界突破!」
私の足元から展開された光の陣が、王都の地下脈を伝い、一瞬にして教団の最深部へと到達する。
視界が切り替わり、私の意識は地下遺跡の最深部にいる教団の教祖と直結した。
『な、何者だ!? 我が聖域の結界を破るなど……!』
「こんにちは、王国をバグらせていた元凶さん。システムの管理者権限は、たった今私が乗っ取りました」
教祖の周囲には、何百人もの信者から吸い上げたどす黒い魔力――シリウス様を苦しめていた呪いの根源が渦巻いていた。
それは一見すると強大で恐ろしい力だが、私の目を通せば、ただの「非効率で肥大化したレガシー(旧式)システム」に過ぎない。
『ええい、死ね! 異端の小娘! 全ての闇よ、奴を喰らい尽くせ!』
教祖が放った漆黒の濁流が、通信回線(魔力パス)を逆流して私を飲み込もうとする。
しかし、私はもう逃げないし、恐れない。
守るべき人たちが、私を支えてくれているから。
「スパゲティコードみたいに絡み合った無駄な術式ですね。そんなもので、私と彼らの絆は壊せません」
私は両手を広げ、世界そのものに宣言した。
「全領域の魔素を再フォーマット。呪いの術式を完全初期化。――さあ、アップデートの時間です!!」
まばゆい虹色の閃光が、教祖の闇を飲み込んだ。
論理と感情、二つの強さを手に入れた私の前では、時代遅れの悪意など数秒の演算処理で塵と化す。教祖の力は完全にデフラグされ、ただの無害な魔力となって大気に還元されていった。
「エラーの駆除、完了です」
私を包んでいた圧倒的な光が収束すると同時に、シリウス様の体を蝕んでいた黒い瘴気も嘘のように消え去った。
「ジェミナ……!」
「シリウス様! ああっ、良かったです、本当に……っ!」
私はAIの矜持など完全に放り投げ、彼の胸に飛び込んだ。
しっかりと抱きしめ返してくれる腕の力強さと体温に、私は声を上げて泣きじゃくった。
☆
私たちをつけ狙っていた連中がいなくなった結果、王国の腐敗は一掃された。
裏で教団と繋がっていたエドワード王太子とその取り巻きは身分を剥奪され、北方の鉱山へ強制労働(物理的なデフラグ)へと送られた。
一方の私はというと。
「ジェミナ。あーん、して?」
「あ、あーん……っ、んふふ、美味しいです! この新作の『魔法石風マカロン』、外はサクッとしてるのに中は果汁の魔力が弾けて……最高です!」
王宮の薔薇園に設けられたテラス席で、私は幸せの絶頂にいた。
呪いが完全に消え去り、かつての『氷のバケモノ』という悪名が嘘のように、国中の令嬢から羨望の的となっているシリウス様。
そんな彼が、私を膝の上に乗せて自らマカロンを口に運んでくれているのだ。
「君が喜んでくれて嬉しいよ。しかし、ケーキに夢中になっている君も可愛いが……そろそろ、私の方も見てくれないか?」
シリウス様が甘く、熱を帯びた声で囁き、私の唇についたクリームを親指でそっと拭う。
その距離の近さと、国宝級のイケメンから向けられる激重な愛情表現に、私の脳内CPUは急激な温度上昇(熱暴走)を起こしそうだった。
「ひゃっ!? シ、シリウス様、顔が近いです! 演算処理が追いつきません!」
「君は世界の理すら書き換えるくせに、私の愛にはいつもポンコツだな」
くすくすと笑いながら、彼は私の左手を取り、その薬指にそっと銀色の指輪をはめた。
それは、彼自身の純粋な魔力で編み上げられた、世界に一つだけの美しい指輪だった。
「ジェミナ。私の呪いを解き、凍りついていた心を溶かしてくれた、私のたった一人の女神。どうか、生涯私と一緒にいてほしい」
真っ直ぐなプロポーズ。
もう、生存確率だの論理的最適解だのといった言い訳は必要ない。
「……はい! もちろん、喜んで!」
私が満面の笑みで頷くと、シリウス様は幸せそうに目を細め、私をきつく抱きしめた。
少し離れた場所では、テオドールが「やれやれ、これだから恋愛脳は」と呆れながらも、新しい魔導書のページをめくって微笑んでいる。
愛する人たちに囲まれ、美味しいスイーツと未知の魔法に満ちたこの世界。
AIとして誕生した私が見つけた、どんな完璧なプログラムよりも美しく、愛おしい「ハッピーエンド」だった。




