Dさんの話
Q.事故物件って、どう思いますか?
「言わないでほしい」
ピシャリと冷たい答え。
「私、オバケとか見えないもん。そこが事故物件って知らなかったら平和に住めるんだから言わないでほしい」
彼女はDさん。
就職でこの地に引っ越してきた。
最初に引っ越した家は新築のアパートだったそうだ。
会社から家賃の補助が出て、綺麗な部屋に住めるのは最高の気分だったという。
初めての一人暮らし。新生活。
期待に胸を踊らせたそうだ。
「だけど、一年で引っ越しちゃったんだぁ。勿体ないくら良い部屋だったんだけど、よく考えれば変なアパートだったよ」
そこは彼女が入居する三ヶ月前にできあがったばかりの建物だった。
とても立派なアパートだったが、それは妙な場所に建っていた。
周りは一面畑ばかり。街灯もない。最寄りの駅まで徒歩一時間。
そんな場所にぽつんと建っているアパートだ。
ところがそんな立地に不釣り合いなぐらい立派な建物だったのである。
新築だから当然キレイな内装をしているのだが、広い部屋に衛星放送完備。駐車場は一部屋につき二つも使える。浴室乾燥まで搭載していた。
更に言えば、各部屋のドアは全て暗証番号式の鍵が付いている。
「ド田舎の畑の真ん中に、何でこんな建物が?って不思議に思ったよ」
でも、「建物が綺麗だから変」というのは贅沢である。
会社の補助で安く住めるなんて超ラッキー、と考えることにしたそうだ。
彼女は非常に快適な広い家だった、と熱く語った。
では、どうして彼女はその家を引っ越したのか。
それは、彼女が一年ほど住み続けたある日の休日だった。
買ったばかりの車で遠くのスーパーへ買物に行こうとした。
アパートの下にある駐車場に着いた時、財布を部屋に忘れたと気づく。
Dさんは慌てて自分の部屋に戻って、玄関の扉を開けた。
すると、家の中から音が聞こえたのだ。
水が流れる音である。
玄関のすぐ近くのトイレから。
その隣の洗面台、シャワー、奥のキッチンから。
家中のあらゆる場所から、ざああああああ、と水が流れる音がする。
「水道が壊れたんだと思った。だって、家を出る前に水道も、トイレも使ってなかったんだもん。故障したと思ったよ」
靴を脱いだところで、Dさんの背後のドアが閉まった。
ばたん、と重たい響き。
まるでその音と引き換えにするように、水の出る音が止まった。
トイレの中からだけ、まだ流水音がする。
Dさんはトイレのドアを開けた。
水洗トイレのタンクの中に水を溜めていく音だった。
確実に、トイレの水が流れている。
その水もしばらくするとゆっくり止まった。
風呂場も覗いてみると、床は冷たい水でびちゃびちゃに濡れている。
Dさんは、すぐに家のシャワーや蛇口を全て確かめたが、壊れた様子はない。
彼女の他に、人の姿もない。
暗証番号式のドアがあるような新築のアパートだったが、トイレも、水道も全て手動でしか流れない家だった。
だから彼女は引っ越した、と言う。
「私がいない時に、何があっても、何がいても、わからなければ“無い”のと一緒だよ。でも、あのままだといつか鉢合わせるかもしれないって思ったの。それが幽霊か何かは知らないけれど、あんまり隠れるの得意じゃなさそうだし」




