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Cの話

 Cの話


「私は、見えてるものは幻覚……見間違いみたいなものだと思ってる。ススキと一緒」


「ススキ?」と私が首を捻ると、友人のCは「幽霊の正体見たり枯れ尾花、の枯れ尾花。枯れ尾花って、ススキのことだから」とスマホで検索した辞書の画面を指した。


【枯れ尾花】かれおばな……枯れたススキ


 幽霊だと思い込んでいたものが、よく見ると実際は枯れたススキであった。

 そんな言葉を彼女は自分の信条にしている。


 私の古くからの友人Cは、人の居ないはずの場所で人を見ることがある。

 それを彼女は「見間違い」と呼ぶのだ。

 体調が悪いとその「見間違い」は顕著に現れるらしく、非常に困り果てたCは病院にも相談している。


 電柱のそばを通り過ぎる度に出会う赤い着物の老婆。

 平然とウォーキングする老人に前からしがみつく少年。

 街灯の光に照らされてるのに真っ黒に塗りつぶされたような影しか見えない大きな人。

 Cはそんなものをよく見かけるらしい。

 そして、それらの全てを彼女は「見間違い」と判断している。


 しかし、彼女は今の家に住むようになってから「見間違い」が頻繁に起こるようになってしまったそうだ。

 ついにCは「この前なんて、家に何か入ってきた」と面倒くさそうな様子で話す。


 朝、ベランダを無理やりこじ開けようとするような音がして目が覚めたそうだ。

 鍵のかかったガラス戸を開けようと、何度も激しく戸を動かす音。

 しかし、薄いカーテンの向こうに人影はない。

 その音は、ドサッ、と床に何かが落ちる音に変わった。


「入ってきた」と思ったそうだ。


 バタッ、バタッ、バタバタバタバタバタバタッ!!!!


 フローリングの床の上で何かがもがき苦しんでるかのような音がした。

 誰の姿も見えないのに、何かが床板を激しく叩いている。


「それで、どうなったの?」


 私の言葉に彼女はしばらく沈黙して「いや、放っといたらいなくなったよ」とずいぶん簡単に答えた。


「ちょっと、一番大事なところでしょ。ちゃんと話してよ!」

「うわ、他人事だと思ってそんなこと言うんだから。覚えてないよ、流石に怖かったんだもん。音が止んで振り向いたら頭元に真っ黒な影が突っ立ってたの。叫んだような気がするけど、そっから覚えてない。たぶん気絶したんだと思う。人生で初めて気絶した」


 マジで怖かった!と笑い飛ばす彼女に「引っ越さないの?」と聞いたら「えっ、何で?」と逆に聞き返された。


「引っ越さないよ。私の見間違いだもん。きっと寝ぼけてたんでしょ」

「ほ、本当にそれ、見間違いなの?」

「見間違いだよ。見間違いじゃなきゃ困る」


 友人は顔を背けた。

 その目には私に見えないものが映る。

 それが本物か、見間違いかを区別することはCにはできないそうだ。

 それがどれほど妙なものでも、あり得ない人間でも、Cの目にはどれも現実のものと変わらないほどはっきり見えているのだと言う。

 私は今、すれ違った人間が本当にそこに存在しているのかなんて疑ったことがない。

 しかしCは一緒に歩いていると、よく振り向く。

 道行く人の姿を確かめるように何度も振り向く。

 自分の世界と「見間違い」の世界の境目を確かめるように。


「私の見ているものが見間違いじゃなくて、本当の世界だとしたら」


 小さい声で、迷子の子どもみたいに彼女の顔が歪んだ。


「私はそこで生きていく自信がない」


 彼女は今も「見間違い」の中で生きている。


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