宰相ルーク⑰
疲れ果てて帰宅すれば夕飯の良い香りが漂っていた。
ぐぅと腹の音が鳴り2人で顔を見合わせる。
「これはまた食欲をそそる匂いだな」
「ですね」
「おかえ・・・り?
なんだどうした、えらく疲れ切ってね?
もしかして陛下との話が難航した?」
「そこまで難航はしていない、ただ疲れただけだ。なぁアルノー」
「ええまぁ。疲れましたよね」
「そうか。さぁまず飯にしようぜ!」
ストレス発散でミンチを作ったという。
確かにミンチは手間がかかるし多少の力も必要になるのでストレス発散にはいいかもしれない。
私もその内やってみようかと思う。
一口頬張れば、これは・・・
貴族マナーとしてはいかがなものかとも思うが気にしていられなかった。
旨いのだ、つい大口でバクバクと食べ進めてしまう。
あ、無くなってしまった・・・
「もう無くなってしまった」
「アルノーもか。私もだ」
「2人共よっぽど腹減ってたんだなぁ。
まぁ食い過ぎは良くないから腹八分目で止めときな」(笑)
確かに食べ過ぎは良くないと聞くので我慢する。
そしてマォ殿が煎れてくれた食後のお茶を飲んでいると
バタンッ ダダダダダッ
「閣下!あんまりじゃないですか!」
「どうしたダルク」
「どうしたじゃないでしょう閣下!
何故わた・・・むぐぐぐふぁふぃをふるんでゆふぁ」
「大声を出すんじゃない。
外の見張り・・・じゃない護衛に聞こえてしまうだろう」
アルノーが素早くダルクの口を押える。
「手を放すから声は控えめに話せ、いいな」
頷きながらアルノーの手をバシバシと叩くダルクの顔が赤くなっている。
もしかして鼻も塞がれていたり?
「プハァ、死ぬかと思った」 ハァハァ
ああ、やはり鼻も塞がれて息が出来ていなかったようだ。
「時に閣下、なんですかあの引き継ぎ書は!」コソコソ
「文字通り引き継ぎ書だが何か問題があったか?」ボソボソ
近い近い、ダルクもう少し距離を取らぬか!
鼻先というよりも唇が当たりそうで思わず仰け反ってしまった。
「引き継ぎ書は問題ありません、そうじゃなくてですね!
そもそも私は閣下の補佐としてずっと付いて来たのに。
閣下が辞めて隠居生活をするなら
私も辞めて付いて行くに決まってるじゃありませんか!」ヒソヒソ
だから近い!これ以上近づくな!
ジリジリと迫って来るのでジワジワと後退していたら背中が壁にあたった。
退路が無くなってしまったではないか。
「そう言いだすと思ったからお前には言わなかったんだ。
お前はまだ若いんだから・・・」
「閣下はいつもそうおっしゃいますけどねぇ、私こう見えても40なんですよ!
ええ、40の大台にのったんですよ!」
ぬぁぁぁぁぁ、耳元で囁くな!
あぁぁマォ殿の視線が生暖かい。
これ絶対変な期待されているだろう。
だがしかし幾らマォ殿の期待でもこればかりは叶えてやる事は出来ぬ。
ダルクと口付けとか絶対にゴメン被りたい。
「閣下~、私を置いて行かないで~」
半泣き状態でダルクが言い寄って来る。
止めろ!この状態だと誤解を招きそうではないか!
泣きたいのは私の方だ!
と、ここでやっとマォ殿が助け船を出してくれた。
「ダルクくんさ、付いて来るつっても肉体労働とか出来るん?
家造りや道作りから始める事になるかもしれんのだよ」
「ふふふ、私には筋力はありません!
ですが魔法でお手伝いは可能です!土魔法は得意ですし!」
ドヤるダルク。
確かにダルクの土魔法は使い勝手が良い。良いのだがドヤる必要はないのでは。
とは言え嬉しそうにフンスと鼻を膨らませているダルクに来るなとは言えなくなった。
しかたがない、こういうのを腐れ縁とでも言うのだろうか。
私の表情から察してくれたのだろう。
「しゃーない、じゃぁ明日中には出発準備を整える様に」
マォ殿の許可がでた。ダルクにはクレグレも周囲に悟られないようにと念を押しておいた。
部屋に戻った私は明日に備えて書類の確認をする。
恐らく古狸やアレ派閥の者達が抵抗してくるだろう。
だがこちらとしては極当たり前の指示を出すだけだ。
ただ単に今までおざなりになっていたと言うだけで。
フフン、慌てふためくだろうが私の知った事ではないし陛下の許可も下りているのだ。
私の苦労を思い知るがいい!そして禿げてしまえ!
翌日、朝一番で議会招集が掛けられた。
議題は予算編成の見直しと人事の見直し、それに伴う人事異動に新規法案:定年制度の導入。
定年制度についてはカビの生えた古狸の追い出しと陛下の余生を楽しみたい(我々に付いて行きたい)という願望が含まれている。
私の退職も同時に伝えられるので
この議会には新宰相である弟が参加し私は別件の処理に当たる事になっている。
私は護衛騎士団と兵団の団長及び各部隊長を呼び出し要件を伝えた。
「所属先や階級など関係なく、明日より3日間寝食をも共にする合同訓練を命じる。
なお一切の例外は認めず参加を拒むものは除隊とする。よいな」
「お待ちください閣下。それでは警護が手薄になってしまいます」
「心配はいらぬ、近衛部隊がそちらの方も担当に当たる」
「近衛は訓練に参加しないと」
「元より近衛騎士は他と行動を共にする事はないからな」
「・・・
ですが騎士と兵士を一緒になどと」
「やれ騎士だから兵士だからと連携が取れないようでは困りますね。
連携が取れずに有事の際城を守る事など出来る訳がないでしょう!
それとも、身分の差がどうのこうのと言うつもりかね?
敵は身分を選んで攻撃してくる訳ではないのだが?
これは陛下による決定事項である。何か不服があるのか」
「いえ、失礼いたしました・・・」
そもそもがだ、実際に警護が必要となるのは王家の居住区と政務室、執務室それに研究棟くらいのものだし城内には至る所に魔道具の警報装置が設置してある。騎士や兵士が知らぬだけで暗部の者達とて潜んでいる。ただ単に威張り散らしたい古狸共が自分の息のかかった物を警備に配置したがっただけではないか。
「訓練の開始は日付が変わる0:00からだ。
解ったならさっさと準備に取り掛かれ」
騎士達を追い出し やれやれと溜息をつく。
この面倒な事も今日で終わりだ。後は弟が戻ってきたら引継ぎ作業をすればいい。
注意事項などはすでに纏めてある。
この引き継ぎ書はあくまでも弟の為の物なので弟が退職する際には燃やすように言っておかねばな。
私はゆっくりとお茶を飲みながら弟の戻りを待つ事にした。
読んで下さりありがとうございます。