宰相ルーク⑫
「暇か!暇なのか!」
やるべきことを終わらせてのんびりと茶を飲みながらマォ殿の帰りを待っていたらそう言われた。
常に暇そうにここへ来ているような物言いは止めていただきたい。
これでも忙しい身なのだ、たぶん。
「ところでマォ殿。
先日の件を聞いたのだが、その後体調は大丈夫なのか?」
「あー、体調は大丈夫。過去は過去だしあんま覚えて無いからな。
気にしちゃなんねぇ」
そうは言うが血の気の失せた顔色でカタカタと震えて体温まで下がっていたそうではないか。
そのうえアルノーと・・・
「アルノーと同衾したと聞いたのだがいかに血の繋がりが無いとは言え
親子でというのはいかがな・・・
ぬぉっ! マォ殿?! しっかり! マォ殿!マォ殿!!」
いかん、マォ殿が白目をむいておる。誰か!侍医を!治癒師を!
「ぐっ・・・ けほっ ぐぅぇ・・・」
しばし咽返ってマォ殿は涙目になっていた。
涙目のマォ殿、なかなか新鮮だな。 いやいやそうではなく。
トラウマで発作を起こして体温が下がりまくったのを温めてくれただけだと説明を受け安心する自分がいた。
「窒息するかと思った・・・」
「いやすまぬ。あまりに衝撃的でつい」
「なにがついなんだか・・・
あのなぁ閣下。そんなくだらん事言いに来たん?」
「いやそうではなくて。忘れる所だった。これを渡そうと思ってな」
ポケットからハンカチに包んだピアスを取り出す。
どうせなら洒落た小箱にでも入れればよかったか。
こういうところが気が利かないと言われるのだろうか。
「通信機能付きの魔道具になっている。次に何かあったらこれで私を呼べ」
マォ殿は気に入ったようで喜んでくれた。さすが宰相センスがいいと言われたが、ダルクのアドバイスのお陰だなど言えなかった。すまぬなダルク。
マォ殿は早速身につけてくれた。うむ、似合うな。
などと思っていたらダルクがやってくるのが見えた。
せっかくのんびりとしていたのに・・・
「閣下ーーー!せめて行き先くらい告げて行ってください!
どれだけ探し回ったと思ってるんですか!ほら帰りますよ!」
「仕事は済ませたはずだろう、私はここでお茶を・・・」
「はいはい帰りますよ!新しい案件が届いてるんですよ!
マォ殿すみませんね休憩の邪魔をして。では!」
新しい案件・・・どうせろくでも無いような案件であろうに。
渋々とモファームに乗る。
と、ダルクが何やら洒落た小箱をマォ殿に渡していた。
お見舞いの品だと?・・・
先程執務室に居なかったのはそれを買いに行っていたのか!
しまった、私もなにか手土産を用意するべきだったか。
次回は何か用意しようと思った。
ん? 次回とは・・・。隣に住んでいるのに?・・・
はて、この思考はいったいどういう訳だろうか。
執務室に戻って見ればやはりろくでもない案件ではないか。
なになに、マォ殿を獣と同じ場所に住まわすな?
その獣とは我が息子の事であろうか、そもそもマォ殿の望みだというのにこの狸め却下だ却下。
次は・・・先の事務次官の子息の件について?これも却下だ却下。
その次は・・・第二王子を解放せよと。馬鹿か。却下。
他は城下町の税収を上げろ、貴族手当を上げろ、貴族の治療費を無償化しろ・・・
くだらん。相変わらず狸共は自分の利益しか上げてこぬな。
そもそも道の整備費だの城門の修理費だのとチマチマくすねているのがばれていないとでも思っているのだろうか。
アレの派閥で無い者も国の為民の為にという貴族の矜持を持った者が少ないからな。
そろそろ私も引退を考えてもよいだろうか。
書状を返却する物と破棄する物に振り分けながら考える。
この様な物を提出して承認されるとでも思っているのだろうか。私も舐められたものだな。
マォ殿の生活が安定したら、引退の事をじっくり考えてもよいのかもしれぬ。
後続にはダルクがいるので任せておけば安心できるだろう。頭頂部の保証はできぬが。
夜になって仮眠室という建前の我が家に戻る。
マォ殿が夕飯を用意しておいてくれた。
今日は豚汁という肉や野菜といった具だくさんの味噌スープのようだ。
初めて食べるが疲れた体が癒されるようだった、旨い。
そう言えば食費はどうなっているのだろう。時折獣人騎士の分も作っていると聞く。
経費として計上できるかダルクと相談だな。
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