宰相ルーク⑩
ボアを倒したと聞きつけたコルディが興奮気味で足早にこちらへ向かってくる。
「マォ!ボアを狩って来たって?!処理は任せろ!」
呼び捨てにするほどに打ち解けているようだった。
コルディもまさかマォ殿がボアを捌いているとは思わなかったのだろう。
「マォ、お前が捌いたのか嘘だろ。モンスターだぞこれ」
「何言ってんだ、ちょっと大き目の猪だろこれ」
「おかん、ボアはモンスターだ。まさか知らなかったのか」
「んむ、知らん! 見た目が猪っぽかったし!捌けばどれもただの肉だ!」
「「「「 えぇぇ・・・ 」」」」
「普通の女性なら悲鳴を上げるんだがな、実はマォはおと・・・」モゴモゴ
アルノーが慌ててコルディの口を塞ぐ。
コルディ、それは例え思っていたとしても口にしてはならんのだ。
いくら女性に疎い私でもそのくらいは心得ている。
やはりマォ殿はモンスターだと思っていなかったか。いや思っていたとしてもきっと気にせずに捌いたのだろうと思うが。
まだ何やらモゴモゴと言っているコルディは放置しておくとして、私とダルクは頼まれた朽木のトンネル作りに入る。
朽木のトンネルは昆虫や爬虫類が隠れて寝るには良いのだそうだ。
なるほど、覚えておこう。
トンネルを掘る時に出た木屑も床材として利用できるらしい。
ふむ、ならば獣舎の中で彫った方がよかったのでは。
作業が終わった後でマォ殿もそう思ったようで眉間に皺が寄っていた。
ちょっと間の抜けたマォ殿の一面を見た気がする。
獣騎士達が運搬を手伝い、作業が完了した頃には見違えるような獣舎になっていた。
これはかなり改善されて過ごしやすそうだ。なんなら私も寝転がって見たい。
「閣下止めて下さいね」
「なんだダルク。まだ何も言っておらぬぞ」
「閣下の顔を見れば解りますよ」
「むぅ・・・」
完成した獣舎を眺めながらマォ殿がペットとして飼育するなら温度管理や湿度管理がもっと大変なのだと言っていた。マォ殿の世界の蛇は繊細なのだろう。
ペット、そうか小型の蛇型魔獣ならペットとしていけるか。確か小型のも居たはずだ。
「はい、却下ですよ閣下。どうせあなたは世話もろくに出来ないんですからね!
私やマォ殿の手間を増やさないでくださいね!」
世話くらい・・・ 出来る と思う、思いたい。
過去の自分を振り返れば、なるほど。随分とダルクに世話になっている気がする。
しかたがない、サブレと戯れる事でよしとしよう。
獣舎を見回して出来上がりに満足し、そろそろ執務室へ戻るかと思った矢先も外が騒がしくなった。
アルノーとリオルが外に確認に行くが、アルノーだけすぐに戻って来た。
「おかんは裏口から家の中へ。会わない方がいい」
何事かと思えばアルノーがコソリと耳打ちをする。
「宰相閣下も隠れた方がいいでしょうね。
めんどくさい我儘ぼんぼんが来やがりましたよ」
遠目から確認すると、明らかに貴族出であろう若い騎士がわめいている姿が見えた。
あれは財務の事務次官殿の子息であったかな。あの事務次官の子息にしては考えが幼いというか。
虫が嫌いだだのとわめいておるが、嫌いならば何故わざわざ来たのかと。
アレといいコレといい、あの世代にはこんな愚か者ばかりなのだろうかと溜息をつく。
ここで顔を合わせたとて面倒な事になりそうだ。
ダルクと頷き合い、そっと裏口に回り中に入る。
「少々めんどうな事になりましたね閣下」
「そうだな。まったくめんどくさい」
「どっかからクレーム、難癖つけられたりしてんの?」
「まぁそうですねぇ」
マォ殿に簡単な説明をダルクがしていると叫び声が聞こえた。
「虫などこの世からすべて滅んでしまえばいいんだ!」
その叫びと同時に建物が火に包み込まれる。
(あの馬鹿者が!!)
咄嗟に魔法を発動させようとして気付く。
火と風の私では余計に燃焼してしまうではないか、ぐぬぬぬ。
「閣下 マォ殿 逃げましょう」
「え?やだよ。火消さないと獣舎燃えちまうじゃないか!」
即答だった、マォ殿の中で逃げるという選択肢はないようだ。
マォ殿は何かを思いついたようでパッと明るい表情になったがすぐに顰め面になった。
少し何かを考えた後に
ズゴゴゴ ドドドォォォ
うぉぉぉぉぉ なんだこの激流は!
マォ殿!マォ殿! 少々待たれい! 少し加減を・・・ うっぷっ
溺れかけた。
だがお陰で鎮火し獣舎も全勝は免れた。これなら補修で済みそうだ。
予算はあやつの給与から天引きだな。
「マォ殿、もう少し手加減というものをだな・・・」
「わぁー・・・地面ぬかるんでますよ、これ後始末が大変そうだなぁ」
意外と落ち着いているなダルクは。
などと思っているとまだ外から喚き声が聞こえる。
溺れるなり気を失うなりすればよかった物を。おっと私としたことが失礼。
「儂ちょっとどついてくるわ」
「ま、待てマォ殿。どつくのはいい、止める気はないが手加減をだな」
慌てて手加減を頼んではみたものの、手加減がいるかと問われれば・・・
いやだがしかし、私は宰相として建前だけでも止めねばならぬのだ。
アレの鎖骨がおれていたと言う前例もある事だしな。
「へぃへい」と適当な返事をしながら返事をしながらマォ殿はパキポキと手を鳴らす。
それを聞いたダルクが後ろを向いて耳を塞いだ。何故に。
「閣下も早く」
慌てて私も後ろを向き目を閉じて耳を塞いだ。
なるほど、私は何も見ていない聞いてない。私は今、無になる・・・
時折 ドスッ とか グエッとか聞こえるのはきっと気のせいだ。
しばらくすると静かになったので耳を塞いだ手を放ち目を開けてみる。
マォ殿の足元に気を失ったあの騎士が転がっていた。
「あ、閣下とダルク君さ、コレ連れて帰ってくんね?
引きずってでいいからさ」
「いや引きずる訳に・・・ 引きずろうかダルク」
「いやいや閣下まで何言ってるんですか。引きずったらマ、まぁいいでしょう」
失神だけならまだしも失禁していたのだ。さすがに一応マォ殿が洗ったとは言えそれをモファームに乗せたくは無かった。
だがそのまま引きずるとミンチ状態になりそうなのでなさけで木の板にくくり付けて引きずる事になった。
私達が戻った後にも一悶着起きたと言うのは後日聞く事になる。
読んで下さりありがとうございます。