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さらさらと髪を梳くようにして、頭を撫でられている。
こんな優しい手つきて撫でられるのは……少女の頃以来かもしれない。
気持ちよさに思わずくふりと吐息を零すような笑い声を漏らすと、手は驚いたように離れてしまう。もっと撫でて欲しくて唇を尖らせると、恐る恐るというよう触れられて再び頭を撫でられた。
「ん……」
半覚醒という状態で瞳を開けると、丸い瞳孔を持つ金色の瞳とぱちりと視線が絡む。状況が掴めずに、マリーンは瞳を何度か瞬かせた。
「起きたのか、マリーン嬢」
声変わり前の甘い声音。それが耳朶を心地よく打つ。赤い髪の間に生えた小さな耳にふと目が行く。手を伸ばしてそれに触れると、その持ち主は気持ちよさげに瞳を細めた。
つるりとした繊細な質感の被毛。それに触れているうちに──マリーンの記憶は急速に蘇った。
(私ったら……! 子獅子になったオスカー様を抱いたまま、寝てしまったのね!)
彼はいつの間にやら、人の姿に戻ったようだ。まるで寝台に引き込んだようになってしまったと、マリーンは焦り混乱した。
「オ、オスカー様! 申し訳ありません!」
謝罪の声を上げつつ起き上がれば、いつの間にかかけられていた上掛けが体からずり落ちる。
「いや。こちらこそ、失態を見せてしまって申し訳ない」
オスカーも身を起こし、申し訳なさげに眉尻を下げた。
子獅子になった時のオスカーは服がぜんぶ脱げてしまっていたが、今はジャクリーンが用意したのだろう寝衣を身に着けている。そのことに、マリーンはほっとした。
「獣人の子供は……人化を上手く保てないこともあるんだ。大人になれば、こんなことは起きなくなるのだが」
『子供』という言葉を口にした時、オスカーは少し悔しそうな顔になった。『番』の前であのようなことになったのは、彼の中ではかなりの失態だったのかもしれない。
そっと手を伸ばせば、子獅子がそうしたように額をぴたりと押しつけられる。反射的な行動だったのか、恥ずかしそうな顔をするオスカーにマリーンは微笑んでみせて、ゆっくりと頭を撫でた。
「子獅子のオスカー様は、とても可愛かったので。見ることができてよかったと思います。オスカー様が不快でなければ、また触らせていただきたいくらいです」
「ほ、本当か? 怖くなかったか?」
「ええ、怖くありませんでしたよ」
あの愛らしいの塊のような子獅子のどこに『怖がる』要素があるのか。マリーンにはちっともわからない。
「人間には、獣化を怖がる者たちもいる。だから、その。見せてしまったのは時期尚早だったのではないかと、心配だったんだ。……怖がられなくて、本当によかった」
オスカーは頭を撫でるマリーンの手を取ると、自分の頬へと導く。そして、甘えるように頬を擦り寄せた。
(子獅子も可愛かったけれど、オスカー様も可愛いわね)
子供特有のすべすべの頬の感触を感じながら、マリーンは微笑した。
周囲に視線を向ければ時刻はもう夜らしく、ランプの明かりのみが部屋を照らしている。外は相変わらずの嵐模様で、窓がガタガタと激しく揺れていた。
──その時。
部屋を真っ青な雷が照らした。少し遅れて、大きな雷鳴が轟き屋敷を揺らす。
「きゃっ!」
マリーンは悲鳴を上げ、目の前のオスカーに縋りついてしまった。子供の頃から、雷は苦手なのだ。激しい雷鳴は数度轟き、そのたびにオスカーを抱く腕に力が入る。体は小刻みに震え、目には涙が溜まっていった。
「マリーン嬢、大丈夫だ。俺がいる」
ふと……優しい声をかけられた。そして、まだか細い少年の腕にしっかりと抱き締められる。
「雷なんて……怖くないから」
気遣うように囁かれ、背中を何度も撫でられる。そうされているうちに、マリーンの震えと恐怖心は小さくなっていった。