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『みゃ。みゃ、みゃっ!』
現れた生き物はマリーンを見つめながら、猫のような声で鳴いた。その瞳はオスカーと同じ蜂蜜のような色合いの金色をしている。恐る恐る手を伸ばせば、手のひらにすりすりと丸い額を擦り寄せられる。すると先ほどオスカーの耳を触った時と同じような、ふわりとした被毛の感触が肌に伝わった。
──オスカーから聞いた獣人の話。
その中には、『獣人は自分が属する四足の獣に変化することができる』というものもあった。
(もしかしてこの生き物は……。オスカー様が変化した、獅子の子供なのかしら)
この存在に関しての推察をしながら見つめれば、大きな瞳でじっと見つめ返される。マリーンは覚悟を決めて口を開いた。
「……オスカー様?」
『みゃあ! みゃっ!』
マリーンの呼びかけに子獅子らしきものは愛らしい返事をする。それを聞いたマリーンは安堵に頬を緩めた。この子獅子がオスカーなのは、彼が消えた状況も併せて間違いないだろう。
「どうしてこうなってしまったのでしょう。……と訊ねても今の状態ではお返事ができませんよね」
『みー、みゃ。みゃ、みゃ!みゃー!』
子獅子は一生懸命なにかを伝えようとしているようで、身振り手振りを示しながら鳴き声を上げる。しかしその努力は実らず、一匹と一人は悄然として見つめ合うことしかできなかった。
慰めたいような気持ちになったマリーンはオスカーを抱き上げ、その被毛を手のひらで優しく撫でる。すると彼は、気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らした。腕の中でころりと見せられたお腹は丸く、ピンクの地肌が少し透けている。時折にぎにぎと閉じたり開いたりされる前足は大きくて、ピンク色の肉球は柔らかそうだ。その愛らしい造形に、マリーンは口元を緩めた。
(可愛いわ……)
マリーンは動物に触れた経験がなかった。元夫の愛人が猫を飼っていたけれど、部屋に閉じ込められて過ごしていたマリーンはその鳴き声を聞きながら、毛並みの感触を想像するばかりだったのだ。
(動物の毛並みの感触というものは、こんなに心地よいものなのね)
小さな体をぎゅうと抱き締めると、お返しとばかりに優しく頬を舐められる。その舌の感触は表面がざらりとして、生温かなものだ。猫の舌もざらりとしていると聞いたことがある。獅子も猫の仲間なのかもしれないと、マリーンはそんなことを考えた。
「嵐が止んだら、部下の方がお見えになるのですよね?」
『みゃあ!』
「その方なら、この状況への対処を知っているのでしょうか」
『みゃっ、みゃ!』
「そうですか。それならよかったです」
オスカーの様子から気持ちを推察しながら、会話のようなものを続ける。そうしているうちに、腕の中の子獅子はうとうとと気持ちよさそうに船を漕ぎはじめた。
(嵐の中をさまよっていらっしゃったのだし……お疲れよね。少し早い時間だけれど客間を整えさせて、寝ていただきましょう)
オスカーを腕に抱えたままで事情を話すと、ジャクリーンの細い瞳が大きく瞠られる。
「獣人とは、不思議な生き物ですねぇ。しかしまぁ、可愛らしい」
ジャクリーンは子獅子の頭をひと撫でしてから、宿泊の準備を整えるために客間に向かった。
しばらくしてから準備ができたと呼ばれたので、小さな体を客間へ運び寝台の上へと下ろそうとする。しかし彼の手はマリーンの腕にしっかりと巻きついており、離れてくれる様子がない。平和に寝息を立てているその姿を見ていると無理に引き剥がす気にもなれず、マリーンは仕方なしに自分も寝台に転がった。
(きっとすぐに……目を覚ましてくださるわよね)
そんなことを考えながら、腕の中の幼気な存在を抱き締める。その温かさを感じているうちに、マリーンの瞼も少しずつ下りていった。