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「まぁ! 落雷に驚いた馬が暴れて……。大変でしたのね」
オスカーの話によると。国境沿いで馬を駆っている時に嵐に遭い、落雷に驚いた馬が暴走したらしい。従者とははぐれた上に馬も結局逃げてしまい、暴風雨の中知らない土地でどうしたものかと思っていたところにこの屋敷を見つけたそうだ。
「ああ、本当に参った。しかしそのおかげでこうやって、マリーン嬢のような素敵な女性と過ごせるのだから俺は運が良かったな」
オスカーは金色の瞳を細めて、大人びた笑みを浮かべる。明らかな社交辞令だとわかってはいても、そしてそれを言ったのが子供だったとしても。美男子にそんなことを言われて悪い気はしない。
「あらあら。口がお上手ですね」
「本当のことだよ」
くすくすとマリーンが笑うと、オスカーも小さな笑い声を立てる。
マリーンは、こんなふうに誰かと食事を摂るのが久しぶりだった。軟禁生活中は一人で食事を摂っていたし、実家に戻った時には精神的に参っており、自室でずっと食事をしていたのだ。
(こんなに穏やかな食卓は、何年ぶりのことだろう)
マリーンが口元を笑ませていると、こほんと小さな咳払いが聞こえた。
「俺は、今年で十二歳になる。その……マリーン嬢はおいくつなのだろうか?」
そう訊ねるオスカーの様子は、少し気まずげだ。女性に年齢を訊ねることはあまり褒められたことではないので、それを気にしているのだろう。
「私ですか? 今年二十二歳になりました」
「そうか……俺の十個上か」
「私からも、質問をしてもいいですか?」
「ああ、問題ない」
マリーンの言葉に、オスカーは鷹揚に頷く。その品と威厳を自然に感じさせる仕草は、彼が『常に誰かに傅かれている』立場なのだということを思わせる。この少年は、幼くとも高位貴族なのだ。
「オスカー様の、ご種族を伺ってもよろしいですか?」
犬や猫ならすぐに、マリーンもわかっただろう。しかしオスカーの耳や尻尾の形は、明らかにそれらのものではなかった。丸い耳の形は虎などを思わせるが、毛に縞模様などは入っていない。
金色の瞳の中央には黒い瞳孔が存在し、それは猫科のものに近いように見える。しかし縦に長くはなっておらず丸い形をしていた。
「俺は、獅子族だ」
「獅子……」
マリーンは獅子を見たことがないが、書籍の知識は一応ある。
堂々とした体躯、獰猛な気性。黄金に輝く体毛。獲物を仕留めるための鋭く大きな牙。
目の前の穏やかに食事を摂っている小柄で華奢な美少年とその印象が重ならず、マリーンは少し首をかしげた。
「俺の見た目は獅子らしくないと、思っただろう?」
「え?」
気持ちを見透かされて、マリーンはどきりとした。機嫌を損ねてしまっただろうか。そう思いつつオスカーの様子を観察すると、彼は眉根を寄せて不機嫌そうな顔になっている。しまったと内心思いながら、マリーンはワインを口にした。
「たしかに俺は、他の獅子族の男たちと比べると小さな体だ。だけど将来はきっと、兄上たちのように大きくなる。……そのはずだ」
獅子族の中ではオスカーは小柄で、それを気にしているらしい。劣等感を刺激しないよう、もっと感情を隠すべきだったとマリーンは反省した。そして反省しつつも、拗ねた様子でフォークで肉を突く小さな獅子が愛らしいとも思ってしまった。
「私はオスカー様のような優しげな見た目は、素敵だと思います」
「……!」
オスカーは大きく目を瞠ると、マリーンを凝視する。そして薄桃色の唇を紅い舌で少し湿らせてから、口を開いた。
「……マリーン嬢は華奢な男の方が好き、ということだろうか?」
「そうですね、どちらかと言えば」
好みの問題ではなく、小柄で華奢な男性の方が恐怖を感じにくいという話なのだが。
体格でその人の善悪が決まるだなんて、マリーンは当然思っていない。しかし男性への恐怖は心に色濃く残っており、相手の見目が『男らしい』方がより一層の恐怖を覚えてしまうのも事実である。
「そうか。これから大きくなったら、どうしよう……」
オスカーはなにかをつぶやきながら考え込んでいる様子だ。その表情は年相応の幼いものに見えて、マリーンは微笑ましい気持ちになった。
「オスカー様。私は寡聞なことに獣人の方々のことをよく知りません。いろいろなお話を聞けると、嬉しいのですけれど」
「そうか、俺に話せることならいくらでも話そう!」
ぱっと表情を輝かせながら、オスカーは『獣人』という種族について語りはじめた。
獣人たちは一見人と同じように見えるが、体に動物の特徴を持っている種族だ。そしてそれだけではなく、自在に自分が属する動物の姿にも変化できる。
獣人たちは人間よりも身体能力に遥かに優れ、寿命も人より長い。種族によって差があるが、大体百五十年、長くて二百年くらいは生きるのだ。
オスカーはそんなことを、次々と語る。そこにはマリーンが知っている知識も、知らない知識もあった。
「そして。獣人は……番という運命の相手しか、心から愛することができないんだ」
オスカーはそう締めると、どこか熱のこもった金色の瞳でマリーンを見つめた。