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「では、行こうか。マリーン嬢」
「はい、オスカー様」
手を差し出され、マリーンはオスカーの手のひらに手を載せる。
重ねられた手を目にして、オスカーは心の底から嬉しそうに笑った。その笑顔を目にして、マリーンの心臓は小さく跳ねる。
(オスカー様は……。手を繋いだだけなのに、こんなに喜んでくださるのね)
──この少年を愛らしく思う、母性本能と友情の狭間のような気持ち。
──向けられる『本当の』好意への戸惑い。
──彼の気持ちは『噓』になることが決してないのだという信頼。
さまざまな感情で、マリーンの胸中は揺れる。
オスカーに手を引かれつつ、玄関へ向かおうとした時……。
「お待ちください、マリーン様。せっかくの外出なのですから、おめかしをされては?」
そんなふうに、執事のサンに声をかけられた。
今の服装は、ふだん使いのデイドレスだ。人と会うのに失礼な服装ではないが、『おめかし』と言うには少々地味である。
けれど着替えを手伝うことができるメイドのジャクリーンは、アルレットと一緒にいる。
「サン。ジャクリーンはアルレットの側にいるから……」
「私がジャクリーンと交代しましょう。オスカー卿、少し待たせしてしまいますが大丈夫でしょうか?」
言いながら、サンはオスカーに視線を向けた。
「着飾ったマリーン嬢を見られるのなら、いくらでも待つ!」
オスカーは何度も頷きながら力強く言い切り、そんなオスカーを目にしてサンは頰を緩めた。
屋敷の使用人の二人は、この少年に明らかに肩入れをしている。
オスカーは愛らしくまっすぐで、好青年に育ちつつある。そして、『番』という種族特性ありきにしろマリーンのことを心の底より愛していた。そんな彼のことを、二人は憎からず思っているのだろう。
「着飾ったマリーン嬢か……。本当に楽しみだな」
「あの……。あまり代わり映えしないと思うので、期待はしないでくださいね」
うきうきした様子のオスカーを見ていると居た堪れない心地になり、マリーンはついついそんなことを言ってしまった。
元夫が婚約者だった頃。マリーンはローランに愛されたいという一心で無邪気に着飾り、彼の褒め言葉をそのまま受け取っていた。しかし、婚姻したのちに彼はせせら笑いながら言ったのだ。
『僕のために大したことない容姿を飾ろうとする君は、滑稽だった』
……と。
その言葉が心に刺さり抜けないままでいるせいで、着飾ることに対して前向きな気持ちには未だになれない。
マリーンの言葉を聞いたオスカーは、驚いたように目を瞠る。そして、美しい唇を開いた。
「マリーン嬢。美しい君がさらに飾るんだ。美しくならないわけないだろう」
手をぎゅっと握られながらきっぱりと言い切られ、今度はマリーンが目を瞠る番だった。




