20(オスカー視点)
「話というのは、マリーン嬢の元夫のことです」
「──やつの?」
聞きたくない単語が聞こえてきたので、オスカーは片眉を跳ね上げる。
──ローラン・ジョーンズ子爵。
マリーンの夫という幸運な地位を得た男。その地位を、ゴミでも処分するかのように捨てた男。
オスカーがこの世で一番憎んでいる、その人物だ。
オスカーはその動向を、時折コリンに探らせていた。
「ジョーンズ子爵の様子は……。まぁ、相変わらず死に体という感じです」
「当然、そうだろう」
ローランが当主であるジョーンズ子爵家は、マリーンとの離縁後一年と経たずに没落してしまった。子爵家が力のある侯爵家に睨まれたのだから、当然だ。
今やあの家にあるのは、借財と悪評。ただそれだけだ。もう少し年月を重ねれば、子爵家自体がなくなってしまうだろう。
オスカー自ら天罰を与えようかとも考えたが、それまでもなく彼は滅びに向かっている。なので監視に留めていたのだが……。
(コリンが報告に来たということは、やつがなにかしでかしたのか?)
オスカーは眉を顰めながら、コリンの次の言葉を待った。
「よほどの幸運が訪れない限り、あの男の貴族としての生は長くないでしょう。そして今……その『よほどの幸運』を彼は必死に探している最中です」
コリンはそう言うと、少し言い淀んでからまた口を開いた。
「その幸運とは『マリーン嬢との復縁です』」
「馬鹿じゃないのか、ジョーンズ子爵は」
「俺もそう思いますけどね」
間髪容れずにオスカーが吐き捨てれば、コリンもそれに同意する。
酷い……という一言では終わらない目に遭わされたマリーンが彼と復縁するわけがない。
それ以前に、アンドルーズ侯爵家に影も形もなく隠されてしまっているマリーンの行方を今の権威からほど遠いあの男が探れるとも思えないが。
「それしか手段がないくらいに、あの男は追い詰められているのでしょう」
「……おかしなことをする前に、俺が始末しておくか」
「ダメですよ、坊ちゃん。公爵家のご子息が他国の貴族を始末したなんてバレた日には外交問題になります」
眉間に皺を寄せながら言うオスカーを、コリンが窘める。
「しかしな、コリン」
「手を汚すのは、従僕である俺の役目です。さらにおかしな動きがあれば速やかに、証拠を残さず始末します」
コリンはふっと笑うと、妖しく瞳を光らせる。頼りになる従僕の言葉を聞いて、オスカーは口角を上げた。
「子爵の愛人だった女のように、か?」
「ふふ、なんのことですかねぇ」
「とぼけるな。俺がなにも知らないと思っているのか?」
「いやはや、坊ちゃんは恐ろしいですねぇ」
コリンはそう言うと、楽しそうに笑い声を立てた。
──ローランの愛人だった女は、貴金属を持ち出し失踪した。表向きはそういうことになっている。
しかし実際はコリンによって『始末』をされ、どこかの川の中にでも沈められているのだろう。
コリンはそれをオスカーには隠したかったようだが、長年一緒にいた従僕の行動くらいオスカーにも予測できる。
「引き続き、ジョーンズ子爵の監視を」
「承知致しました」
コリンは一礼すると、足音を立てずに部屋を後にする。
オスカーは従僕の姿を見送ってから、また愛しい番のところに赴く準備を再開した。




