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マリーンが産んだ女児には『アルレット』という名が与えられた。
(……金色ね)
ふわふわとした赤子特有の頭髪。それを眺めながらマリーンはそんなことを思う。生まれた赤子の髪の色はマリーンと同じ茶色ではなく、元夫と同じ色合いの金色だったのだ。けれど不思議と憎しみの感情は覚えない。
少しだけ心配していたのだ。産んだ子どもが夫に似ていたら……その子を憎んでしまうのではないかと。そしてその子に、酷いことをしてしまわないかと。しかし心配は杞憂だったようで、マリーンはアルレットのことが愛おしくて仕方がなかった。
「マリーン嬢、体調は大丈夫だろうか。ちゃんと体を休めているか?」
今日もやって来たオスカーは長椅子の上でアルレットを抱くマリーンに、そんなふうに声をかける。
産後のマリーンは体調不良で一度倒れてしまった。たまたま来訪していてそれを目の前で見てしまったオスカーは、過剰なくらいにマリーンの心配をするようになったのだ。心配しすぎだとは思うが、その気持ちが嬉しくもある。
(……真心からの言葉は、嬉しいものね)
前夫には本心など欠片もない愛の言葉で釣り上げられ、まんまと利用されてしまった。だからこそ、オスカーの噓のない言葉のありがたみがわかる。
「はい、大丈夫ですよ。ジャクリーンに手を貸してもらっているので、じゅうぶんに休めております」
「そうか、それは良かった」
マリーンの答えを聞いて、オスカーはほっとした表情になる。小さな獅子の耳がぴるると動き、その愛らしさにマリーンはついつい目を奪われてしまった。
オスカーは金色の瞳をアルレットに向ける。生後二ヶ月の赤子は自身の指をちゅぱちゅぱを音を立てて吸いながら、オスカーを見つめ返した。可愛い生き物たちは、しばしの間見つめ合う。そんな二人の様子を見て、マリーンの胸は母性本能できゅうと締めつけられた。
「俺も……アルレットを抱いてみてもいいだろうか」
うずうずと好奇心を隠せない様子で、オスカーが問うてくる。
「ええ、もちろん。抱き方はわかりますか?」
「それは大丈夫だ。従兄の子を何度も抱いた」
オスカーは自信満々に言うと、躊躇なく手を差し出してきた。その手にそっとアルレットを渡せば、その自信に違わぬ見事な手つきでオスカーは抱く。彼は自愛に満ちた視線をアルレットに向け、幼気な存在を気遣いながらゆっくりと腕を揺らした。
「……小さい、しかし生命力に満ちている。赤子はすごいな」
アルレットの顔を眺めながら、オスカーはしみじみとそんなことを言う。
「ふふ、そうしているとアルレットのお兄様のようですね」
マリーンの言葉を聞いて、オスカーは少しむっとしたように頰を膨らませる。彼のそんな反応の理由がわからず、マリーンは首を傾げた。
「俺はアルレットの兄になる気はない。マリーン嬢と婚姻して、アルレットの義父となるつもりだ」
「まぁ」
ぷいと顔を背けながらそんなことを言われて、マリーンは小さく声を漏らす。自身を『番』だと言う少年に『子どものようだ』と言ってしまったのだと気づき、マリーンは申し訳ない気持ちになった。
「オスカー様。その」
「マリーン嬢とアルレットにその気になってもらえるよう、最大限努力をする。とはいえ、婚姻できるのは十八になってからだがな」
オスカーは強い意思が見える表情で言ってから、まっすぐにマリーンを見る。
その面差しが、あの嵐の日よりも少し大人びていることにマリーンはふと気づいた。




