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コリンが破壊した扉の修理も終わり、オスカーたちはライラック王国へ帰ることになった。
「マリーン嬢。……帰りたくない」
オスカーは大きな金色の目にたっぷりと涙を溜めて、マリーンとの別れを嫌がった。
そんな彼を見ていると、マリーンの胸にも寂しさが募る。同時に、その愛らしさにきゅうと胸が締めつけられた。
この短い期間で、この愛らしい令息はマリーンの心をすっかり惹きつけてしまったらしい。
胸にあるのは当然『恋愛感情』ではなく、『息子』に対するような母性をもとにした気持ちなのだが。
「オスカー様。また会いに来てくださるのでしょう?」
「ああ、会いに来る! たくさん会いに来るから! 贈り物もたくさんさせてくれ!」
微笑みながら言えば、愛らしい令息は涙を零しながら必死に言い募った。
マリーンはその涙を拭おうと、思わず手を伸ばしてしまう。その意図はすぐに察せられ、オスカーはマリーンの手のひらに頰を擦り寄せた。するとマリーンの肌を、春の雨のように温かな涙が濡らした。少年の温かな涙をマリーンは優しく拭う。
「贈り物だなんて……。オスカー様の来訪だけでもとても嬉しいのですよ」
「俺が貴女に、贈り物をしたいんだ。ぜひにさせてほしい」
「では、ご無理がない程度に」
「わかった! マリーン嬢はなにが好きなんだ?」
「……そうですね。お茶と甘いものが好きです」
「では次の来訪では、よい紅茶と茶菓子を持ってこよう」
「ふふ。楽しみにしていますね」
別れの会話を交わす二人を少し離れたところから見ていたコリンが、「オスカー坊ちゃん、そろそろ行きましょう」とオスカーに声をかける。するとオスカーは恨めしそうな顔をしながら、コリンを睨めつけた。雷に驚き逃げたオスカーの馬をコリンは鋭い嗅覚で探し出したらしく、彼は二頭の馬の手綱を握っている。片方の馬はコリンの狼耳をはむはむと食んでおり、彼は「いでっ」と小さく声を上げた。
「次にお会いできる機会を楽しみにしています」
「楽しみに……そうか、うん。そうだな、俺も楽しみだ!」
マリーンの言葉を聞いてオスカーは、弾けるような笑顔を浮かべながら言う。
そして名残惜しさを滲ませながら、マリーンの側からゆっくりと離れた。彼は馬の方へ走って行くと、ひらりと見事な身のこなしで飛び乗る。
「では、また会おう」
オスカーはマリーンに手を振ってから、馬の腹を踵で軽く蹴る。すると馬は馬体を翻し、道を駆けはじめた。続いて、会釈をしてからコリンも馬を走らせる。
嵐の夜に現れた、嵐のような少年。その背中をマリーンは見送る。
その姿はどんどん遠ざかっていき、あとにはどこか物悲しい静けさだけが残った。
*
オスカーはマリーンの屋敷に、宣言のとおり足繁く通った。
毎回贈り物を携え、マリーンが喜びそうな土産話も用意して。そしてその瞳に……甘やかな恋情を宿らせて。
その恋情に、噓がないとわかっているからだろうか。それは不思議と不快なものではない。──その恋心に応えられるかは、また別の話ではあるが。
そして時は過ぎ──マリーンは元気な女児を出産した。




