14(オスカー視点)
「しかし調べろと言われても、手がかりがないと……。そうだ、マリーン嬢の家名は?」
「アンドルーズ。それが彼女の家名だ」
「……アンドルーズ。ああ!」
コリンはマリーンの家名を聞くと、手をぽんと打ちつつ狼耳をピンと立てた。この従僕には、なにやら心当たりがあるらしい。
「その家名に関してなら、今でもお話できることがありますね。しかし──」
「ああ、わかっている」
主従はそれぞれの獣耳をぴくぴくと震わせる。軽い足音が部屋に向かっていることを察知したのだ。
しばらくすると、紅茶の盆を手にしたマリーンが部屋に現れた。
「お口に合うか、わかりませんが……」
マリーンははにかんだ様子で微笑みながら、盆をローテーブルに載せる。盆の上には紅茶にほかに、焼き菓子の皿があった。マリーンは紅茶を二人の前に置いていく。ふと……オスカーはコリンの前に紅茶を置こうとするマリーンの手が震えていることに気づいた。それは微かな震えだが、明らかに怯えを含んでいる。
コリンは粗雑な男だが明るい性格で男ぶりもいいので、人に悪印象を持たれたり怯えられたりすることはほとんどない。
(めずらしいことも、あるものだな)
オスカーはマリーンの震えを横目に見ながら、内心首を傾げた。なにか、理由があるのだろうか。
コリンはマリーンの震えにはまったく気づいていないらしく、「いやいや、ありがとうございます」と軽い調子で言ってから遠慮のひとつもせずに焼き菓子を摘んで口に入れる。この従僕は少しは遠慮を覚えるべきだと考えながら、オスカーは小さくため息をついた。
「マリーン嬢、ありがとう。お気遣いに感謝する」
にこりと笑ってから、マリーンの手に触れる。そして震えが小さくなるようにと願いながら、両の手で優しく包み込んだ。
「オスカー様……」
マリーンは驚いたように目を瞠ってから、ふっと口元を緩める。そんなマリーンの表情を目にして、オスカーは少し安堵した。
「マリーン嬢。うちの坊っちゃんはオススメですよ」
にやにやとしながら、コリンが横から口を挟む。余計なことを言い出す前にとオスカーはコリンの足を踏みつけようとしたが、それは予測されていたようで華麗な動きで躱されてしまった。
「オススメ、ですか?」
マリーンは不思議そうに細い首を傾ける。その様子は小鳩のように愛らしく、オスカーの胸をときめきで締めつけた。
『番に出逢えば、一瞬にして心を奪われる』。そんなことは眉唾とすら思っていたのに……。実際に出会ってしまえばその言説は正しかったのだと本能によって理解させられた。
「この通り滅多にいないくらいの美形ですし、心根もとても優しいです。多少年は離れてはいますが、そんなものあと数年もすれば気にもなりませんよ」
「コリン……!」
「成人をしたら、公爵家が持つ伯爵位と領地を継ぐことがもう決まっております。ライラック王国のご令嬢たちの間でも、オスカー様は人気の的なのですよ」
「コリン!」
少しずつ、自分のことは知ってもらえばいいと思っていた。しかしこの粗雑な従僕は、べらべらと余計なことばかりを話す。手を伸ばして大きな尻尾を掴み、ぎゅうと握りしめる。するとコリンは「キャウン!」と犬のような悲鳴を上げた。
「ふふ」
オスカーとコリンの様子を見て、くすくすとマリーンが笑う。その可憐な笑みにオスカーは見惚れてしまった。
(……守りたい)
過去につらいなにかがあったのだろう、この女性を。
十歳年上の大人の落ち着きがある女性。同時に、儚げで少女のような清楚さも持つ番。彼女をこの手で守るためなら、自分はなんでもできるだろう。




