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手を繋ぎ合っているマリーンとオスカーを、コリンが大きな尻尾を揺らしながら不思議そうに見つめる。その視線に気づいたオスカーは、こほんとひとつ咳払いをしてからマリーンの手を離した。そして、コリンを引っ張って玄関ホールの隅へといく。
「コリン、少ししゃがめ」
「坊っちゃん?」
「いいから、早くそのでかい耳を貸せ!」
オスカーはコリンをしゃがませると、両手で筒を作って話をはじめる。マリーンはその光景を見つめながら、首を傾げた。
(……なにを、話していらっしゃるのかしら)
それが気にはなるが、内緒にしたいような内容なのだ。聞こえてしまっては申し訳ないと思いながら、二人から距離を取ろうとした時……。
「なななななな、なんですって! 彼女が番様なのですか!」
「コリン! 声が大きい!」
この狼獣人はかなりの粗忽者らしい。オスカーが内緒で話そうとしたことは、コリンの口から大声で拡散されてしまった。
コリンの言葉を聞いて、サンとジャクリーンは目を丸くする。そしてマリーンに視線を移した。
オスカーは気まずそうな顔をし、コリンは狼耳と尻尾をぺしょりと下げて今さら口元を手で押さえる。そんなコリンをオスカーが睨めつけた。
「マリーン様が、オスカー様の番……?」
「まぁまぁ、なんてことでしょう」
サンがぽつりとつぶやき、ジャクリーンは何度も瞬きをする。オスカーはサンとジャクリーンのもとへと向かった。
「マリーン嬢にはもう伝えてあるのだが、ほかの人間に伝えるのはまだ早計かと思っていたんだ。黙っていて、すまない」
オスカーは気まずそうな表情でそう言って尻尾を揺らしたあとに、表情を引き締めた。
「しかしもう、知られてしまったしな。これからはマリーン嬢を口説きに通いつめるので、よろしく頼む。決して無理強いのようなことはしないので安心してほしい」
「あらあら、そうなのですね!」
「なるほど……承知しました」
ジャクリーンはどこか嬉しそうな表情をしており、サンは頬に冷や汗をかきながら指で顎を撫でている。
もう一人の当事者であるマリーンは、皆の前で『口説く』という宣言をされてなんとも面映ゆい心地になっていた。同時に、公爵家の出という高貴な身分なのにも関わらず使用人たちにも真摯なオスカーの様子に驚いてもいた。
マリーンの元夫であるローランは……マリーンを懸命に口説いていた婚約前、そして婚約中は誠実な男の演技をしていた。けれどよくよく思い返してみれば、その頃から綻びは多々あったように思える。
垣間見える身勝手さや、傲慢さ。それを見ないふりをして、蓋をしてしいた。
その結果が、あのどん底の結婚生活だ。
(……すっかり、恋に目が眩んでしまっていた。本当に馬鹿だったわ)
ふっとため息を漏らすマリーンのところに、オスカーが駆けてくる。そして小さな手で手を握られた。
「オスカー様?」
「暗い顔をしているようだから、気になってしまったんだ。気のせいだったら、すまない」
大きな金の瞳が向けられ、マリーンの異常を仔細漏らすまいというように見つめられる。小さな耳がぴるぴると動き、その愛らしさが微笑ましく思えてマリーンは口元を緩めた。
「大丈夫です、オスカー様」
「本当にか?」
「ええ、本当です」
頷いてみせれば、オスカーはほっとしたように笑顔になる。
そんな彼に様子を目にして、マリーンの胸には優しい温かさが満ちた。




