10
翌朝になり、嵐が過ぎ去った。
空は晴れ渡り、木々は嵐の余韻に濡れて青々と露で光っている。そんな光景を窓から眺めながら、マリーンはほっと胸を撫で下ろした。
これならば、オスカーの迎えもすぐにやって来るだろう。
振り向けば、寝台の上ですやすやと寝息を立てている子獅子が目に入る。昨夜のオスカーはうとうととしはじめたかと思うと、また子獅子の姿となってしまったのだ。
子獅子になったオスカーは眠気のせいか甘えるように鳴きながらマリーンから離れようとせず、それを撫でたり抱きしめたりしながら宥めているうちに……二人は一緒の寝台で寝落ちてしまった。
(……子獅子相手でも男性は男性。共寝はまずかったかしら)
そんなことも考えたが、マリーンの外聞なんてものはすでに地に落ちて泥まみれになっている。さらに泥が上塗りされたとて、なんの支障もないだろう。
オスカーを起こそうと近づき、柔らかな毛に触れる。そのとたんに体毛の艶やかな感触に魅了され、起こすという目的を忘れてオスカーを撫で続けてしまった。するとオスカーの喉が、猫のように気持ちよさげにぐるると鳴る。
撫でるのをやめてピンク色の鼻先を指先でつつけば、ぱくりと指を咥えられた。そして子猫が母猫の乳首にしゃぶりつくように、ちゅぱちゅぱと指をしゃぶられた。
「か、可愛い」
ずっと家にいてほしい……などという不埒な気持ちになるが、オスカーは愛玩動物ではなく立派な貴公子なのだ。マリーンは後ろ髪を引かれる気持ちでオスカーの口から指を引き抜き、肩に該当しそうな前足の付け根付近を軽い力で叩いた。
「オスカー様、朝になりました」
『みゃ……』
子獅子は眠たげにまぶたを上げて鳴き声を上げる。そして、しばらく視線を彷徨わせたあとにマリーンを見つめた。まだ寝ぼけ眼のその様子に、マリーンの口角は自然に上がる。優しく頭を撫でれば、子獅子は嬉しそうに喉を鳴らした。
「お着替えは椅子の上に置いております。今から部屋を出ますので、着替えてくださいませね。お着替えが済んだら、朝食がそろそろできていると思いますので食堂へといらしてください。えっと……大丈夫でしたら、頷いていただいてもいいですか?」
言葉を聞いて、オスカーはこくりと頷く。それを見てマリーンは笑みを浮かべた。
客間を出てから自室に戻り、ジャクリーンに手伝ってもらいつつ着替えを済ませる。そして階下へ行くと、すでに身支度を整えたオスカーが所在なげな様子で食堂の前に立っていた。
彼が今着ているのはサンのもので、今日もやっぱりぶかぶかだ。
マリーンを目にした瞬間オスカーの瞳が輝き、小さな耳がぴるぴると動いた。
「オスカー様。先に食堂に入ってくださったよろしかったのに……」
「いや。そ、そ、その。昨夜は迷惑をかけた……ことをまずは謝りたくて。二度も獣化し、しかも共寝まで」
「お気にしないでくださいませ! ふわふわで可愛らしかったですし、迷惑はしておりませんわ!」
「ふわふわ……可愛い」
マリーンの言葉にオスカーは複雑な表情になる。小さな紳士の矜持を傷つけてしまったかと、マリーンは内心反省をした。
「朝食を食べましょう、オスカー様!」
これ以上傷つけてしまっては申し訳ない。そんな気持ちもあって勢い込んで言いつつ、オスカーとともに食堂へ入る。そうして食事を摂っていると……。
「……来たか」
そんなオスカーのつぶやきからしばらくして、屋敷の扉が激しく叩かれた。




