第9話:調査期間の苦悩
嫁の調査が終わるまでの1週間は本当に辛かった。マコトが動いてくれるって言ったその日から嫁は家に帰ってきて夕飯を作っていた。
これはどんなカラクリなんだろう。嫁の友達が入れ知恵した? こっちはあり得るかもしれない。
マコトがバラした!? それはないな。自分で調査するのに、その元を壊すなんてありえない。
嫁は帰ってくる日が分からない。仕事的に「夜勤」があるからだ。「日勤」のときは普通に朝出て夕方に仕事が終わる。ただ、嫁は普通では帰ってこない。ご飯を食べに行ったり、飲んできたりしているようだ。
相手は「同僚」とか言ってるから、暗に女性と言ってるみたいだけど、女とは言ってない。浮気相手と考えるのが正しいだろう。
嫁は日付が変わる頃に帰ることもある。じゃあ、翌日仕事が大変だろうと思うかもしれない。ところが、「日勤」の翌日は「夜勤」なのだ。つまり、夕方に出勤。起きるのは昼過ぎだ。
逆に言うと酒でも飲んで時間を潰したり、寝る時間をコントロールしないと普通に寝たら仕事中に眠くなる。勤務は朝までなので人によってはかなり辛い。
そして、「夜勤」の翌日は「夜勤明け」で朝の9時頃仕事が終わる。その日は帰って早く寝るって人もいるけど、夜勤ハイになって寝られない人もいるらしい。
嫁の場合はこの日も何時に帰ってくるのか分からない。俺も仕事に行ってるから知る由もない。
「夜勤明け」の翌日は「休日」。休みの日。つまり、朝から晩まで寝てても大丈夫。しかし、俺が帰っても嫁はいない。
そんな生活だから、その日の嫁の勤務状態は分からない。家にいるかも分からない。帰ってくるかも分からない。責めるにも勤務だといないのが妥当だし……。
あ、念のために言っとくと看護師のすべてがそんな結婚に不向きな生活じゃないからな。そもそも夜勤がないとこもあるし、うちの嫁は2交代だけど、もっとリズムが難しい3交代のところもある。
それでも、ちゃんとした家はたくさんある。むしろ、ちゃんとしたとこの方が多いはず。
そんな中、うちの嫁が夕飯を作っているなんて……。あの帰ってこない嫁が。
浮気男のナニをしごいた手で料理をしたと思ったら、それだけで吐き気がした。比喩的な表現じゃなくて、マジで嘔吐く感じ。
当然、夜の生活もしたいとか思わない。まず、キスがダメ。浮気男の精子を口で受け止めていた画像も見ちゃったし、舌の上に載ってるのを見せる画像もあった。それを飲み込んだあと、口に残ってないのを見せる画像もあった。最悪だ。なぜ、あんな画像を撮影するのか。
セックス画像も動画もたくさんあった。嫁が組み敷かれて後ろから突かれている状態で嫁は浮気男から頭を地面に手で押しつけられていた。
なんだあの動画……。俺があんなことしたら嫁になんて言われるか……。
ただ、嫁がうちにいたのはあの日だけ。翌日からまた家にいやがらない。家の中の物が動いていたり、洗濯物が洗濯機に突っ込んであったから帰ってきているのは間違いなさそう。
不倫されたやつらって普通はどうしてるんだよ!?
「不倫」に「普通」はないのか……。「普通」は不倫しないのが当たり前だ。
なにも手につかない。なにも考えられない。落ち着かない。それでいて、なにかしてないと心が壊れそうだ。
顔を合わせないだけ俺は恵めれているのか!? ダメだ。うちに帰るのが怖い。うちにいてもいつ嫁が帰ってくるか不安だ。
このままじゃホントに俺は詰む。嫁の浮気が判明する前に詰む!
こ、こんなときは……マコト! マコトに電話! いや、張り込み中かもしれないからLINE!
「落ち着かない! なにか俺にもできることを指示してくれ!」
俺は急いでメッセージを入力した。途中何度も間違えて、戻ったり進めたりしながら送信した。それくらい焦っていた。そして、マコトはすぐに返事をくれた。
『早弥香さんの実家のご両親にアポ取っておいてくれ。早弥香さんには内密でな。その日ジュウも会社休め。ご義両親と会うことを優先させろ。あと、手みやげはいらん。日帰りだから着替えもいらん』
「わかった」
さすがマコト。簡潔だけど、明確だ。そういえば、明日で1週間。マコトが約束した1週間なのだ。
マコトが予定変更を言ってこないことから予定通り順調に証拠が集まったということか。……集まってしまったということか。
義両親にアポ取ること自体は簡単だ。電話1本かければ終わる。でも「嫁に内密に」ってところが重要なんだな。「里帰り」とは違う事情で家に行く、と。
俺はあの家は少し苦手だ。礼儀や仁義に厳しいようなことを言う割に、自分たちはその礼儀や仁義が通っていないのだ。結婚してから毎月5万円仕送りしているが、お礼を言われたことがないどころか、話題にも上がらない。
嫁の妹は大学生になるのにまだ実家暮らしだ。嫁が「あいつには気をつけろ」って言ってた。昔から彼氏を何回か取られたみたいなことを言っていた。能力も低いし、男に媚びることしか考えていないくせに、自分より若くてかわいいから負け続けている、と結婚前から聞いている。嫁もあんまり俺に会わせたくなさそうだった。
そんな3人が待つ、嫁の実家に俺が向かうことになったのはマコトに電話をした翌々日のことだった。