第4話:おやじのこと、俺の家のこと
俺は慌ててキッチンに行き、食器棚を開けた。
「あった……」
1個の切子グラスを手に取った。
「それは?」
「これは切子グラス。……親父の形見のやつだ」
透明のグラスの表面に半透明の着色ガラスを合わせてグラスを作る。それにグラインダーなんかで意図的に傷を入れて幾何学模様を削り込んだのが「切子グラス」。
親父は職人だった。鹿児島で修業したって言ってたから「薩摩切子」なのだろうけど、福岡に移り住み「博多切子」なんて言ってブランドを立ち上げていた。多分、親父とあと数人しかいないんじゃないだろうか。
そのおやじが「最高傑作」って言ってた博多切子のグラス。多分、値段にしたら10万円もしない……4~5万円程度のものだろう。それでも、親父が「最高傑作」と言って売らないで大事に持っていたもの。親父が死んでから俺が形見として受け取ったもの。これはあった……。よかった。
おやじは俺が高校生の時に死んだ。段々身体が弱っていってたけど、原因は分からなかった。若い時に苦労したみたいでそれがたたったんじゃないかって言ってた。俺には弟がいるし、おふくろはおやじの看病で身も心もボロボロになっていたから俺が高校を中退して働きに出たんだ。
両手で大事に包むみたいに持った。そこにあることを確認できて少し落ち着いた。
マコトもこの切子グラスの存在は知っていただろう。俺が大事にしていることも知っている。マコトは親父の葬式のときにも来てくれたし、親戚一同が集まった形見分けの話のときもそばにいてくれた。
「これは……これだけは大事にしてる。カネはまた稼げばいい、時間と労力がかかるけど。でも、これは……壊れたら二度と戻らない」
「よかったな。無事で。そんなところに置いとかないで、どこかに仕舞っておいたらいいんじゃないか?」
マコトが心配してくれていた。
「嫁は料理なんてせんし、おやじにはこの一番見やすいところで家を見守ってもらいたかったから……」
「そっか……」
そうは言っても、カネはほとんどなくなっている。俺が気付かないとでも思っていたというのか。
「そうだ! スマホ!」
なにか分かるかもしれない。俺はスマホのことを思い出した。
「ジュウの誕生日と早弥香さんの誕生日がダメだった。車のナンバーも上下さかさまもダメだった」
さすがマコト。俺が思いつくようなことは既にやってくれていたか。
「ちょっと待て」
そう言うと、誠は嫁のアイシャドウを持ってきた。その粉をそっと嫁のiPhoneの液晶にかけた。
「指紋は取れなさそうだ……」
指紋取ろうとしてたの!? 警察かこいつは!
「でも、粉がついた位置からパスコードに使われてる数字が分かった」
テーブルの上で傾けたiPhoneの画面にはタップした部分に丸く粉が残っていた。どうやら、手の油に粉が貼り付いて、嫁が画面のどこを触ったかでパスコードを解析しようとしているようだ。
「4ケタの数字だと1万通りだけど、数字が3つしか使われてない。つまり、24通りだ。すぐに開くぞ」
なんの計算もなく、暗算で何通りかを宣言するマコト。本当にすごい。頭がいい。味方として心強い。
「よし開いた! パスワードは『1224』だった」
24通り試さなくても、3番目くらいで開いてしまったマコト。運もいいのか。
iPhoneの画面にはいくつもアプリが表示された。俺は迷わずメールアプリを立ち上げた。
「……」
古いiPhoneでも、メールアプリはwifiにつながると新しいものを次々受信していった。SIMカードは抜かれているので、wifiがつながらないところではほとんど文鎮だけど、電波さえあれば使える機能はあるのだ。
残念ながらLINEはアカウントが移行されているらしい。新しいiPhoneでアクティブになったら、古い方では見ることができない。
「画像フォルダはどうだ?」
画像フォルダがあった! 俺は慌てて画像フォルダを探してのぞいてみたけど、それらしい浮気写真はないようだ。あるのはお店とかの風景写真とか、料理の写真。
「ダメだ。なにもない」
ハズレだったと少し安堵した俺だったが、そのiPhoneを受け取ってマコトが調べていく。俺が見てもないのだから、誰が見てもないだろう。画像フォルダに隠しフォルダとかあったら話は別だろうけど、そんなことは嫁にはできなさそう。俺にもできないけど。
「この料理の写真って……休みの日だよな?」
「ん? そうだな。嫁がランチにでも行ったんじゃないのか?」
テーブルの上にトレイが置かれていて、その上に料理が載っている写真、他の日の料理はテーブルマットの上に皿が置かれているものもある。真上からの撮影で、こういうのが最近の流行なのだと俺でも知っている。
「これ、早弥香さんの分の料理が載ったトレイだと思うけど、向かい側のすぐ近くにもう一つトレイが見切れてないか? これは2人以上で食事に行ってるよな?」
そんな見方は考えもしなかった。たしかに、トレイが並んでいたら一緒に誰かがいることが考えられる。
「別の日のこれも皿が少し見切れてる。サラダが2皿あるから2人以上ってことだな」
なるほど、料理の内容からそこにいる人数を想像するなんて俺にはない発想だった。
「写真の日付と、別の写真のシフト表とを比べると夜勤明けっていうか、休日の昼間だな」
写真には撮影日時の他に、時間や撮影場所も記録される。撮影された時間を見ると、12時過ぎ。夜勤明け9時とかに16時間働いた後。3時間後に食事に行くか……? ああ、看護師は勤務時間が普通じゃないから考えるのが難しい! ややこしい!
俺が夜の7時に仕事が終わって、3時間後……10時か。飲んでる場合はあるな。じゃあ、時間的におかしくないのかも……?
「こっちは、夜だな。ランチじゃない。メニュー的にも量的にも記録された時間的にも」
夜の8時ごろの食事の写真が出てきた。休みの日にそんな時間に一人で外食とかないだろ。これはもう、浮気確定……!? いや、まだ確実な証拠じゃない。
「なんで、相手の写真が1枚もないんだろうなぁ……。しかも、人物が写った写真が1枚もない」
「たしかに!」
わざと撮らないようにしてるのか? 浮気がバレないために!? じゃあ、料理の写真も撮らなければいいのに。こっちは趣味かな?
「あ、そういうことか!」
マコトが何かを見つけたみたいだ。