第27話:嫁のスマホを見たんだが
俺は面と向かってズバズバ言える性格じゃない。だから、告白系の話をするときは相手の顔を見て話さないほうが向いていると思う。それでも、電話も違う。顔が見えないし、そこにいるからこそ分かる「空気感」もあるだろう。
俺はそいつに会って話がしたい。会って聞きたい。だけど、二人きりはダメだ。俺が感情的になりすぎる。誰か第三者がいる状態、それでいて俺達には興味がなく、会話を聞かないような場所……。
だから、俺は駅のホームを選んだ。
西鉄電車って福岡ではメジャーな私鉄。その中でも福岡(天神)みたいなメジャーな駅じゃない。あるマイナーな駅を選んだ。田舎にありながら、一応上り線と下り線があり、その間にホームがあるような駅。周囲には主に田んぼってシチュエーションだ。
そして、そのホームにはベンチが背中合わせに設置されている。俺が1番線側のベンチに座る。俺から見えるのは上りの線路とその先の田園風景。電車なんてほとんど走っていないような田舎の駅。
反対側の2番線は下り側の線路と駅前の民家。そして、そこに座ったのは……。
「なんだ、ジュウ。こんなところに呼び出して」
「まあ、そっち側のベンチに座ってくれ。俺はやっと『信用できる人』と『決着をつけるべき人』が分かったんだ。今日は、その報告だ。できれば、マコトにだけ話したい。他には聞かれたくない」
マコトはきょろきょろと周囲を見てほとんど人がいないことを確認した。そして、少しため息をつくようにして2番線の下り側のベンチに腰かけた。俺との距離は頭と頭で1メートル以内くらい。それでも、背中合わせで気配は感じられるけど、お互いの顔は見えない状態だった。今の俺にはこれくらいがちょうどよかった。
「で……? 誰を信用して、誰と決着を付けるって? あ、そう言えば、この間はぐい呑みをすまん。あれから似たやつを探したけど、あんまりなくて……。見つけ次第弁償する」
マコトは最近俺と話していなかったので、言いたかったことを次々話した。俺はまだ黙って聞いていた。
しばらく聞いて俺は真上の空を見上げた。天気はよく青空が広がっている。多少の雲も気持ちがいいもんだ。暑くなく、寒くなく、季節的にはちょうどいい。少しの風も心地よかった。
少しだけ周囲の雰囲気を確かめた後、俺はマコトに訊いた。
「なんで俺のことを孤立させようとした?」
見えないけど、マコトが俺の方を振り返ったのが感じられた。
その間、電車は30分か1時間に1本程度来て、1人か2人乗り降りしてまた去って行く。俺達のことなんて気にかける人はいない。
「バカ、俺は……」
「もう分かったんだ」
言い訳をしようとしたマコトに被せるように俺は言った。気配からマコトは俺がカマをかけているのではなく、間違いない信念で言っていることに気が付いたようだった。
俺達はゆっくりと会話しているので、その間電車がたまに来る。来るときは乗り換えのためか、上りと下りがほぼ同じくらいの時間に来る。こんな時じゃなければ、目の前の電車に乗ってピクニックにでも行きたい天気。気分で言えばそんな感じじゃ全然ないけど。
「何がまずかった? ぐい呑みか? 今日、適当な品を持って来ていたら俺のことを信用してくれていたか?」
俺は無言で首を左右に振った。マコトからは見えていないだろうけど、俺の否定の感情は伝わったと思う。これでも15年来の付き合いなのだから。
「俺を元嫁から切り離して、高校のときの友達から切り離して、会社の人からも切り離した。興味もないくせに咲季ちゃんにちょっかいかけて俺から引き離そうとして、お前自身も俺の前から消える……。そしたら、俺は一人ぼっちになって発狂するとでも思ったのか?」
「あの妹……全然俺になびかなかった。あんな女、中々いない。意地でも落としておけばよかったかな」
マコトの言葉は少し本気らしかった。
「なんだよ、俺のことをさげすんでいたのか? 俺なんか中学の時からほとんど勉強でも負けて、運動でも勝てなくて、高校中退で、しがない薄給サラリーマンだ。お前が気にするような人間じゃないだろ?」
「お前はいつもそうだった……。こっちは高級な塾に毎日通ってふうふう言いながら成績上げてんのに、お前は授業と家に帰ってからの少しの時間の復習だけで俺の成績を脅かしやがった……。あろうことか、何度か俺より成績が良かったよな」
いつの話をしているというのか。中学生の頃の話だろ。
「俺がやっと勝ち取った高校の推薦を、お前も同じ高校の推薦もらいやがって……」
俺はマコトと同じ学校に行きたくて頑張ったんだ。結構頑張ったんだけどな……。
「体育祭でも文化祭でもたくさんのやつに囲まれて楽しそうにしやがって……」
中学の行事なんてまだ楽しんでいるだけでよかったはずだ。マコトは委員とか自ら申し出てみんなから信頼されていたっけ。俺は単に楽しんでいただけ。
「俺があんなにみんなのために色々してやったのに、打ち上げではお前の方がみんなから握手されたり、背中を叩かれたり……」
まあ、現場で一緒になにかしたやつの方が連帯感が生まれる。ただそれだけだ。マコトの方がみんなに感謝されていたはず。
「高校でも順調に高成績を維持しやがって……」
「俺はマコトに勉強習ったから……。中学の時と違ってお前が一緒だったから勉強は楽だったし……。マコトは教えるのもうまいって思ってたんだけど……」
なんか俺が一言言うたびに、背中の位置にいるマコトの怒りのオーラが黒く強くとぐろを巻いていくのが伝わってくる。
「男女構わず仲間が多くいた」
まあ、あのクラスはみんな仲良かったからな……。
「お前のことを好きな女子もいた」
「え!? そうなの!? そのとき言ってよ!」
「ちっ」とマコトが舌打ちをした後、そういうとこだぞ、って小さい声で言った。
「俺が全員寝取ってめちゃくちゃにしてやった。何人かは転校して行っただろ?」
そう言えば、高校って転校生はほとんどいないと思っていた。俺のクラスでは女子ばかり2人くらい転校して行ったことがあった。その時は、男子率が上がるって冗談を言っていたんだけど……。
「それだけじゃない。きれいな嫁をもらって、仕事にも就いて、客からも人気で……」
「なんでそんなこと言うんだよ。高校中退だった俺に夜間を勧めてくれたのはマコトだっただろ」
「挫折するはずだった。チンピラを送り込んだからもめて退学するはずだった……。ところが、チンピラと一緒に卒業しやがって……」
そう言えば、ちょっとガラの悪いのはいた。みんな高校中退だから、そんなもんだと思っていたんだけど……。
「一度上げてから落とすつもりだった……。希望があると思った後に絶望……その方が絶望が深いだろ」
「要するに、嫉妬……か?」
「……」
「絶対的勝ち組のお前が、世の中の底辺の俺に……!?」
全然分からない。全てを持っているようなマコトが俺みたいに何も持っていない人間に嫉妬なんて……。そりゃあ、探せばなにか俺の方がすごいこともあるかもしれない。でも、「針に糸を通す」とか「バナナを食べるのが早い」とか、どうでもいいことだけのような……。
「だからって、これはないだろ……」
俺は元嫁のスマホを取り出した。
パスワードは分かっている。ロックを解除してLINEを立ち上げた。嫁のLINEはバカ丸出しで全員友達の名前かニックネームでお友達登録されていた。ニックネームも「アニー」とか「しゅんちゃん」とかみたいなの以外、「牛丼」とか「ハニー」とかの名前のやつらはわざわざ名前を書き替えて本人の物と分かるようにしたのだろう。
登録した時は覚えていても、あとになるとそれが誰なのか分からなくなるのだと予想した。あいつは頭があんまりよくないから。
だから、友達名はほとんどが「ひらがな」「カタカナ」「漢字」で表記されていた。それなのに、1件だけアルファベットだったのだ。明らかに「言われたからそうした」という感じで。
その名前は「OTOKA.M」。
俺はこの名前を見たとき「乙香」みたいな名前の女性かと思った。でも、単純だった。パスワードしかり、上下逆だった。
「M.AKOTO」
「.」を打って苗字と名前を切り分けたようになっていたが、単純に「MAKOTO」だろう。そして、その内容は明らかに嫁の精神を揺さぶるものだった。「旦那が会社で浮気をしているかも」とか。冗談だと思っているうちはそれほど深刻に感じない、それでいて、気になりだしたらとことん気になるような文章……。
『ホテル街で見かけたのは……多分気のせい。ごめんごめん』
『確か妹がいたよね? ジュウがかわいいって言ってたよ。妹の方がよかった。失敗したって。俺が早弥香さんのことをしっかり見るように言ったから、もう大丈夫だと思うけどね』
そんな感じ。
そして、段々とそのメッセージはエスカレートしていく。
『ジュウが浮気してるんだから、早弥香さんも男友達を作るくらいはしないと精神的なバランスが取れないでしょ!』
『今日は、俺とジュウは一緒に飲みに行くってことになってるから……。ジュウには内緒な』
結構長い時間、たくさんのメッセージを使って意識を変えている。実際に会って話したりもしていたのだと思う。こういうのって「洗脳」っていうんじゃないだろうか。
元嫁の精神を揺さぶって、不安にさせて、そして心のよりどころとなる浮気男を宛がって……。スマホの設定も、メールの設定も、クラウドドライブの設定も、元嫁にはそんなことはできない。マコトか、マコトが頼んだ人間がやった……と考えたら俺はすんなり飲み込める。
「『博多切子』を壊された時は本当にダメかと思った。事前に聞いていたけど、それでもかなりヤバかった」
「俺の計算では、十分精神が壊れるはずだった……。なぜ、大丈夫なんだよ」
「ふっ」と小さく笑いが出てしまった。
「咲季ちゃんかな……」
「あの女……先に潰しておくべきだったか……」
顔は見えないけど、マコトが苦々しく言った。
「だがな、俺はもうひとつ切り札を持っている」
「……?」
俺の前に上りの電車が停まり、ドアが開いた。少し時間がズレてマコトの側の下り線も電車がホームに来ている。
「お前はお人好しだから、俺がここまで言っても俺のことを『親友』だと思ってるだろ?」
マコトの言う通りだった。マコトを憎むことは俺にはできなさそうだった。
「もうすぐ電車がホームに付く。その時、俺がお前への恨み言を言いながら飛び込んだらどうなる? お前は一生俺から囚われて、精神的に解放されることはないんだ。どうだ?」
「ちょ……」
マコトの声色から本気が感じられた。俺の心に傷を入れるためにそこまでするか!?
俺は立ち上がった。すると、俺の目の前の上り線の電車から見知った顔が見えた。
「哲也さん!」
咲季ちゃんだった。なぜ彼女がここにいるのか。
そんなことよりも、彼女が電車を飛び降りて、俺の手を掴み、上り線に引き込むまでほんの数秒。気付けば出発のサイレンはさっきから鳴っている。
「なっ……!」
マコトが慌てて上り側のホームに来るがベンチが邪魔して俺には届かない。そして、電車はドアを閉めた。ホームでマコトが大声で何かを叫んでいる。しかし、ガラスの向こう側なのでほとんど声が聞こえない。
テレビのミュートみたいに必死にマコトがなにかを言っているのに、音が届かない状態だった。
そのころ、下り線もホームに入ったが、マコトが飛び込むことはなかった。上り線の電車の俺になにかを必死に叫んでいるのだから。
そして、俺達が乗っている電車は静かに発車した。マコトはホームを走って追いかけてくる。しかし、ホームの長さには限りがある。ホームの端まで来たとき、マコトにはそれ以上の追跡ができない状態だった。俺と咲季ちゃんが乗った電車は軽快に次の駅に向かった。
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ダメだ……眠い。落ちます。続きは今日の夜(19時ごろ)で。
よろしくお願いします。




