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第23話:早弥香の語れない過去

 今日は珍しくドライブに出ていた。刺されたところも皮一枚切られた程度。病院で診てもらったけど、縫う程でもなかった。傷も残らないだろう、というのが医者の見立てだった。まあ、腹なので多少の傷が残っても俺としては困らない。


「傷……、大丈夫なんですか?」

「ああ、ひねると良くないみたいだけど、普通に立ったり座ったりくらいだったら……」


 家から60キロはある隣の県まで足を延ばした。ここまで来たのは咲季ちゃんの提案だった。そして、ドライブも二人で来ている。


 目の前には海が見える砂浜。大きな岩があるほか、砂浜には新進気鋭の若手アーティストが作ったモニュメントが多く配置されている。キッチンカーによりホットドック、バインミー、タピオカドリンクなどがあり、観光地と化している場所だ。


「……で? 話があるんだろ? 咲季ちゃん」


 モニュメントには座ることもできるようになっているので俺は腰かけて咲季ちゃんに訊ねた。


「さすがです。私が言いたいことがあるって気付いてました?」


 そんなのは当たり前だ。毎日のようにうちに来て俺の世話をしてくれていた咲季ちゃんだ。ドライブに行きたいなどと言って俺を家から遠く離れたこんなところまで連れてこさせたのだ。


「お姉ちゃんがごめんなさい」


 座っている目の前に立って、頭を下げる咲季ちゃん。


「咲季ちゃんと早弥香は姉妹だと分かっているけど、別々の人間だと理解しているよ。同じ家族だとしても、わざわざきみがこんなところまで俺を誘い出して謝るのは本当の目的じゃないんだろ?」


 咲季ちゃんは自分の前髪を直しながらため息をついた。


「哲也さん、抜けているようで見るところはしっかり見ているんですよね……」


 いつも俺にとって良いことしか言わない咲季ちゃんが、「抜けている」とか言った。つまり、ここでは本音が聞かせてもらえるようだ。


「大したことじゃありません、私はお姉ちゃんに負い目があるのかもしれません。お姉ちゃんが今のお姉ちゃんになったのは、私がまだ小さい頃だと思っています。お姉ちゃんが壊れてしまう決定的な事象がありました。それについて……お話しできたらと思います」


 少し離れたところには大きな岩があって、観光スポットになっている。カップルが岩の間に立ってシャッターを切ってもらったりして写真を撮っている。


 そこからは少し離れていて、俺達の会話は誰にも聞こえない。


「どういうことかな?」

「お姉ちゃんに同情して再構築してほしい訳じゃありません。あのまま別れてしまうなら私は別にそこに干渉するつもりはなかったんです。でも、ストーカーみたいになって、哲也さんを刺すまでになってしまって……私のせいじゃないけど、多少は負い目に感じていることがあって……」


 咲季ちゃんはすごく話しにくそうだ。それだけでこれから話される話が本当なのだと想像できた。


「分かった。話を聞くよ。よかったら、横に座ったら?」

「はい。ありがとうございます」


 俺だけ座ってたら俺がえらそうに見えてしまう。モニュメントは細長い土管の様な形状のものだったので、咲季ちゃんは俺の横に腰かけた。こういう時は視線が合わない方が話しやすいもんだ。


「実は……これは親にも話していない話です」

「……」


 話し始めから随分重たいのが来るみたいだ。


「日本の警察って優秀で犯罪検挙率ってだいたい50%くらいらしいんです」

「へー……。思ったより低いね」


 咲季ちゃんはどこかで調べたのだろうか。普通は警察の犯罪の検挙率なんて調べたりはしない。


「でも、それって『分かっている犯罪』についてだと思いませんか?」

「……そうだね」


 俺はなんとなく返事をした。確かに水面下の犯罪はたくさんあるだろう。


 しかし、咲季ちゃんは俺に何が伝えたいのか。


「お姉ちゃんがまだ小学生の頃、私は幼稚園にも行ってない頃の話です。後で思えば『家庭訪問』の日だったと思うんです。先生が来るからって、母が家の中を掃除していました」


 家庭訪問って懐かしいな。小学校の時の大きなイベントの一つかもしれない。新学期になり、新しい担任教師が各生徒の家を訪問して家庭環境を見たりするんだ。


「私とお姉ちゃんは家から少し離れた公園で遊んでいました。邪魔だからって追い出されたんです。大きな川の近くの公園で、茂みとかもあるようなところでした」


 俺としては話が全く見えない。咲季ちゃんは何が言いたいというのか。


「お姉ちゃんと公園で遊んでいたら、知らない男の人がお菓子をくれるって近寄って来たんです」


 今ならそれだけで「事案」になるな。咲季ちゃんが幼稚園に入る前ってことは15年とか前の話なのでギリギリセーフなのか……?


「私はベンチに座ってお菓子をもらいました。爪楊枝で食べるタイプのゼリーで、普段は買ってもらえないやつでした。男の人は私にゆっくり食べていいよって言って、それとは別にベンチに座っている私の横に紙袋を2つ置きました。退屈になったら開けてみてって言って」


 咲季ちゃんの昔話? 俺は微妙な相槌を適当に打って話の腰を折らないようにした。


「お姉ちゃんはもっと良いお菓子をもらえるってことになって、男の人と一緒に車の中にそのお菓子を取りに行くことになったみたいでした。私は言われた通りにお菓子を食べながらお姉ちゃんが戻って来るのを待ちました」


 ん……? 話がおかしな方向に進んだ?


「白くて大きなワゴン車でした。公園のすぐ横の駐車場に停めてあって。私も良いお菓子が欲しかったけど、もうもらっているし、紙袋もありました。だから、お姉ちゃんが戻って来るのを待っていたんです。すぐ帰ってくると思っていたお姉ちゃんは中々帰ってこない。私はもらったお菓子を食べ終わったので、事前にもらっていた紙袋を開けました。実は中身が気になっていたんです」


 子どもの意識が紙袋に向くように仕掛けられている気がする。


「袋の中には箱に入っているお菓子がいくつも入っていたんです」

「箱?」

「そうです。駄菓子って普通袋に入っていませんか? ちょっと高いお菓子って箱に入っているんです」

「なるほど」


 子どもらしい独特の感性だな。そのときそれしか考えられなかったのがよく分かる。


「お姉ちゃんはワゴン車の中でもっと良いおかしをもらっていると思ってました。でも、私は目の前の箱のお菓子を開けて食べ始めました。それまで買ってもらったことが無いやつです。見た目はハンバーガーの形をした小さなクッキーのお菓子です」

「あ、俺も見たことあるかも」

「多分、それです」


 咲季ちゃんが知らない男の渡したお菓子を食べているのも気になるけど、早弥香はどうなっているんだ!?


「2つ目の紙袋にはジュースが入ってました。私は迷わずジュースを飲みました。どれくらい時間がたった後か……お姉ちゃんが戻ってきました。泣きながら」

「……」


 ヤバい話……だよな?


「お姉ちゃんはずっと緊張していたけど、私の顔を見て急に泣き出したみたいでした。そのとき、お姉ちゃんはお菓子は持っていませんでした。車の中で食べたんだと思いました」


 そんなはずはない。大人の俺が聞けば、話を聞いただけで分かる。それは事件だ。早弥香がなにをされたかまでは細かくは分からないけど、とんでもないことをされたのは間違いないだろう。


「お姉ちゃんには家に帰るまでに『お母さんにはなにも言わないでよ!』って口止めをされて……」


 なるほど。言いたいことは分かった。つまり、早弥香は小学生の頃に知らない男に「いたずら」された経験があった。どんなことをされたのかまでは分からないが、その後の人格形成に大きく影響を与えるほどショックを受けた事象だろう。


「家に帰っても私、お母さんに言えなかったんです。それからしばらくしてニュースになったこともあって、男は逮捕されたと思います。朝のニュースで見ていたんですけど、お母さんが『あんたたちも近所でこんな男を見たことない!?』なんて訊いてたんですけど、私もお姉ちゃんも答えられなかったんです」


 そんなこともあるのかもしれない。事件が事件として表に出ずに被害者が泣き寝入りした典型的な例と言えるかもしれない。


「どうして俺にそんな話を……?」


 未だに両親にも伝えていなかった事象なのだろう。そんな重要事象を俺に伝える理由って……?


「私もそれがどういう意味なのか今なら分かります。でも、当時は全然理解できなくて……。考えてみれば、お姉ちゃんがおかしくなったのってあの頃からだと思うんです。そして、私もずっと誰にも言わないでいた……。私も罪悪感を持っています。今回のこと……男の人を信頼することができなくて、お付き合いしている人をとっかえひっかえしていたり……今回みたいに変に攻撃的になったり……」

「それは咲季ちゃんが背負うべきことじゃないよ。起きてはいけない事件だったとは思うけどね」


 そして、彼女の「暗い話」はもう一つ続くのだった。

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