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第20話:慰謝料はいくらもらえるのか

 これまで月に1回程度の不倫を繰り広げていた「浮気男2号」は正直逃げられてもどうでもよかった。今はこの嫁を踏ん捕まえて弁護士事務所に連れて行き、離婚届にサインさせ、慰謝料をせしめてやらないと気が済まなかったのだ。


 俺とマコト、咲季ちゃん、弁護士、そして、嫁という5人が弁護士事務所の面会室に集まった。10人は入れそうな大きな部屋と大きなテーブルがあったので、狭いことはないけれど空気だけは重たい感じだった。微妙に直接の関係者じゃないやつも入っているが、それは些末なこと。


 弁護士がこれまでの経緯について口頭で説明して、事実確認を行ったのだが、ここから嫁が嫁らしいバカさ加減を存分に発揮することになる。


「離婚はイヤ! 浮気が原因だと慰謝料減るでしょ?」


「「「ん!?」」」


 また嫁の謎発言が始まった。


「お前は何を言い出した?」

「もう! 意地悪しないで! ちゃんと話そうと思ってるんだから! 浮気が離婚原因だと慰謝料が減るんでしょ?」


 バカってどうして言い直しても同じ言葉を言うのか。違う言葉に言い換えることで言いたいことが分かる可能性だってあるというのに。


「なぜお前が浮気して慰謝料が下がるんだよ」

「んー? だって浮気は悪いことだし……慰謝料が減ったら生活できないし……。仕事は辞めるからこれから慰謝料と養育費で生きて行けるか不安だし……」


 なぜだろう。嫁の口から発せられる言葉は全て日本語なのに、全く意味が分からないのは。マコトも眉をひそめている。咲季ちゃんは首をかしげている。弁護士さんは冷静を装っているが、何を言っているのか理解不明みたいで瞬きが多い。


「なぜ、俺がもらう慰謝料のことをお前が心配するんだよ」

「だから、これから生活するお金が足りるか心配じゃない……」


 慰謝料がいくらか分からないから不安ってことか!? 俺としては一括で払ってもらうつもりだったから、嫁が分割のことを考えているのではないかと思った。


「慰謝料は分割じゃなくて、一括で払ってもらうよ? 分割にしないなら、生活はちゃんと働いていけば生活できるだろ」

「はぁ? 一括でもらえるってこと?」

「お前がもらえる訳ないだろ。お前は慰謝料を払う側だから」


 ここで嫁が頭を傾げ始めた。ここにいる全員、それぞれ頭の上に巨大な「?」がにゅるーって浮かんでいる状態。


「お前は浮気したから慰謝料を払うんだよ! 俺に!」

「離婚の慰謝料から不倫の慰謝料を引くってこと??」


 あ……もしかして、俺分かったかも! この部屋にいる全員が、嫁が何を言っているのか分からない中、俺には分かった気がする!


「お前、もしかしたら離婚したらなにかしらのカネがもらえると思ってるだろ!」

「慰謝料と……養育費?」


 バカだ……。どこかで聞いたことがあるだけの言葉だったのだろう。「慰謝料」と「養育費」。


 訊けば、離婚したら女は無条件で「慰謝料」と「養育費」がもらえると思っていたのだとか……。どこまでバカなんだ、この女は。


 俺は「慰謝料を払ってもらう」とか言った言葉は一部耳に入ったみたいで、自分がもらえるはずの巨額の慰謝料から相殺される形で少額の「不倫の慰謝料」が引かれると考えていたらしい。


 そして、「養育費」とは生活費のことで、これからは仕事を辞めて「慰謝料」と「養育費」で生活していくつもりだったとか。なぜ、他人になる嫁の生活費を俺が払うと思っていたのか。


 俺は恥ずかしながら、嫁に「慰謝料」と「養育費」について説明を始めた。


「慰謝料って、謝って慰めるためのお金だよ。要するに『ごめんなさい。このお金で許してください』ってお金」

「……分かってる」


 いや、不貞腐れてるし、絶対分かってない顔だわ。


「不倫したら、それは犯罪なんだよ。だから、お前は俺に対して『慰謝料』を払うんだよ」

「じゃあ……それがいくらくらい? 10万とか?」

「ケタが違うわっ!」


 嫁が少しだけ焦り始めた。


「俺はお前に慰謝料500万円支払ってもらう。財産分与ももちろんしてもらう。生活費は俺の口座から出てたんだから、お前の口座に貯蓄してあるだろ。それの半分は俺のものってことだ」

「え? お金とかないけど……?」

「はぁ!? 結婚直後から、生活費は俺が払って、お前の給料は全部貯蓄にまわすって話だったろ! もう1000万円くらい貯まってるはずだろ!」


 まあ、あれだけブランドバッグとか買っていたら、1000万円丸々あるとは思っていないけど、嫁の口から出た言葉は衝撃的な金額だった。


「通帳? お金とかないわよ?」


 このバカのこの表情はマジのヤツだ。一応家に帰ったら調べるけど、本当に残金が残ってないやつだ。


「お前は1000万円近いカネを全部浪費したってことか……」

「私がもらったお金だから私が使って何が悪いの? ホーリツ的にもなにも悪いことはないはずよ!」

「共有財産って……知らないよなぁ……」


 俺のカネはなんだったんだと……。今思い返せば、なぜこいつの給料を貯蓄にまわせると思ったのか……。


「いずれにしても、使い込んだ分は払ってもらうからな。500万円」

「なんで、私が稼いだお金を払わないといけないの!? それって詐欺!?」


 お前の存在が詐欺だろ……。


「あと、『養育費』って知ってるか? 生活費じゃないぞ?」

「……」


 めちゃくちゃ拗ねてる顔。面白くないってのが前面に出てる。でも、無駄にプライドが高いから「知らない」って言えない顔だ。


「子どもがいた時に大人になるまでの衣食住とか教育とかにかかる費用のことだ。お前の生活費じゃない。そもそも、俺達の間には子どもはいない! 誰の養育費だよ」

「……」


 全てが面白くないって顔をしているのがすごく伝わってきた。


「じゃあ、私の慰謝料はいくらになるのよ」


 俺は分かるぞ。これは「私は離婚後にいくらもらえるのよ」ってことだ。マコトも弁護士も咲季ちゃんもポカーンって顔をしている。人は驚いたら口が開くのは本当なんだな。


「何度も言うけど、お前は1円ももらえないんだよ。不倫したお前は俺に慰謝料500万円、財産分与500万円の合計1000万円払うんだよ」

「はー!? そんなお金ある訳ないじゃない。払いたくても払えないわよ!」

「分割にするなら合計で1200万にするぞ!? 親とか親戚にでも相談してカネをかき集めろよ」


 さすがに嫁が黙り込んだ。伝わったか!? 伝わったのか!? 俺が説明したことが伝わったのか!?


「ついでに言っておくと、浮気男1号には奥さんがいるから、お前はそっちからも慰謝料を請求されるかもしれないからな」

「はーーーー!? なんでそんな知らない人からも請求が来るの!?」

「お前が不倫したからだろ」

「相手が誘ってきたんです―――――! 私が誘ったんじゃありませーーーん」


 どっちが誘ったかとかは関係ないことをこの後30分かけて説明したのだけど、その一説は割愛したい。


 今度は嫁が弁護士を睨みつけている。なぜ、弁護士を睨む!? さすがに何を考えているのか分からんぞ!?


「あんたが変なことを教えたんでしょ! 弁護士ってのは殺人事件とかの裁判をしたらいいでしょ! こんな普通のサラリーマンの仲間になって恥を知りなさい!」


 なんか、謎の説教が始まったぞ。弁護士が今日一番のポカーンだ。


 この異常な考えと、行動がかわいいと思っていた時期があったとか……一生の俺の黒歴史だ。


 そして、ここから更に1時間を使って、嫁には慰謝料の支払いが必要であることと、離婚届にハンを押して離婚手続きを進める必要があることを切々と説明していくのだった。


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