第2話:嫁はいつ浮気しているのか!?
「大体、早弥香さん仕事してるだろ」
居酒屋のテーブルでマコトが訊いた。
テーブルの上の枝豆はもう残りが少ない。料理は何品か食べてしまった後。皿は店員が下げて行った。テーブルの上には後一口残った揚げ出し豆腐といくつかだけ残った枝豆。
俺もマコトも腹はいっぱい。食べ物はもう食べられん。ビールはジョッキに半分弱。ハイボールを1杯くらい飲んだらごちそうさまのタイミングだ。
「一応、看護師してるが……」
嫁は結婚前に働いている病院で勤務形態を変えた。これまで「日勤」しかなかったのを「夜勤」まで入れたのだ。
ここで看護師の勤務時間について確認しておきたい。まあ、俺もそんなに詳しくないけど。
「日勤」ってのは、午前8時から午後5時までの8時間勤務で休憩1時間だから9時間の拘束。
「夜勤」ってのは文字通り夜に働くんだけど、夜勤専門の人はほとんどいなくて、日勤と夜勤を繰り返す感じ。「日勤」「夜勤」「夜勤明け」「休日」「休日」みたいなリズムになって、基本的にこれを繰り返す。
夜勤の時間は夕方の4時から翌朝の9時まで。16時間勤務で休憩は2~3時間。17時間拘束かな。
つまり、ある日は普通の残業のないサラリーマンと同じように8時から夕方5時まで勤務して、翌日は夕方の4時から働き始めて、翌日の朝の9時に仕事が終わる。翌日は「夜勤明け」って言って休み。まあ、16時間も働いて寝てないから、普通は寝る。
その翌日と翌々日が「休日」。こんな感じの繰り返し。
一方で、俺は不動産屋。街の不動産屋を想像したら分かりやすいかな。休みは火曜、水曜とか平日に2日間。土日はほとんど休みはない。むしろ、土日が忙しい。
考えてみてくれ。引っ越ししようと思って物件を探すとしたら、今時はほとんどネットだろ? ある程度候補を決めたら、実際の部屋を見に行くと思う。それって仕事が休みの土日とか祝日が多いだろ? だから、俺達のような不動産屋は土日祝はほとんど休みが無い。
まあ、子どもがいて運動会だとか、出産だとかって人は事前に申請して休みをもらってる人もいる。それは、普通の会社の有給と変わらないと思う。
俺は土日は休みじゃないとしても、昼間働いて夜は家に帰る仕事。一方で嫁は昼間働く日もあれば、夜中に働いてる時もある仕事。なかなか時間が合わない。お互い土日が関係ない仕事だ。俺の仕事は午前10時からなので、嫁の夜勤明けに会うことができるけど、ちょうど入れ違いになる。
不動産屋に早朝から行きたいことってないだろ? だから、営業時間が午前10時から夜の7時までが俺の勤務時間なんだ。
嫁が夜帰ってこないとしたら普通の家なら大問題だと思うけど、うちの場合は普通のこと。ただ、生活リズムが一定じゃないから俺としては、いつが「夜勤」でいつが「夜勤明け」か分からない。出かける時は休みの日を合わせてたけど、最近では一緒に出かけることもない。
「最近、家でほとんど顔を見ない」
「そんなことはないだろ!? 嫁さん仕事が終わってから買い物したりして遅くなってるだけじゃないか?」
マコトは卓上のタッチパネルでハイボールを注文していたので、俺も1杯追加してもらった。
「あいつは、そもそも料理をせん。だから、買い物も必要ないだろ。食材はほとんど俺が買って来てるし」
「なるほどな」
マコトが枝豆の房を口にくわえたまま遠くを見ている。こいつがなにか考え事をしている時の仕草だ。
「なぁ、先月iPhoneの新しいのが出たのを知ってるか?」
どうしたどうした。藪からスティックに。俺の嫁の浮気話に飽きたのか!? いつもはちゃんと聞いてくれるのに!
「いや、これが新しいやつなんだが、俺もつい先日買った」
なんだ、自慢か。
「いや、自慢じゃない。話を聞け」
俺は何も言ってない。全て表情に出てしまっていたか……。
「早弥香さんは新しいもの好きだったよな? iPhoneとかバッグとか、新作が出たら買う感じの……」
「たしかに」
そうなのだ。嫁はなんかよく分からんバッグとかをしょっちゅう買ってる。カバンなんて1個あったら破れるまで使う俺としては理解ができない。しかも、スマホと財布くらいしか入らないみたいなちっちゃいバッグとか買うんだ。あれは何を入れるために作られたんだ!?
「新しいスマホに移行したら、古いのがどこかに置かれてないか? 機種変したときに下取りに出すこともあるけど、女性はそのまま持って帰ることが多い気がする」
「なるほど!」
俺がスマホを買うときは、通販で買うだろうし、キャリアを変える時はSIMを送って来てもらって、自分で入れ替えて手続きをする。
嫁は、多分店に行って全てをやってもらうタイプだ。以前は俺がやっていたが、最近ほとんど会話すらしていない。機種変したなら店頭に行って、以前の機種は手元にある可能性は高い。
「早弥香さんがいないときに、クローゼットの中とか見てみろよ。仕舞ってるかもしれん」
「分かった。帰ったらすぐに見てみる。でも、なんでクローゼット?」
「まあ、見てみろ。多分分かる」
俺が飲みに出ているくらいなので、今日は嫁は夜勤の日。朝まで帰ってこない。マコトの助言通り俺は家に帰ったら嫁のクローゼットの中を確かめることにした。