第19話:浮気男2号の正体
「あの女、やっぱり新しい男と不倫してやがった」
数日後、マコトが写真などをまとめた嫁の不貞を示す報告書を持ってきた。こんなものがあっても、嫁の不倫は確定している。今さらって感じはするのだけど、浮気男は既に処分してしまっている。
ヤツが「浮気男1」とするならば、今回は別に「浮気男2号」がいる訳だ。本当にお盛んなことで。どうせなら、離婚届にハンを押してからやってくれれば俺も気にせずに済むのに。
「ジュウ、現場に凸しに行くぞ!」
「あう?」
俺の精神は少し壊れていた。
「自分の女取られてんだ。一発ケリつけに行くぞ! 俺も一緒に行ってやる」
「私も!」
マコトには胸ぐらを掴まれた。こんな勢いのマコトを見るのは稀だった。他人に言われてからそう感じるのはおかしいかもしれないけど、俺はマコトの言葉で奮起した。あいつの言葉はガソリンになった。
ついでに咲季ちゃんも怒っていた。その怒りは着火だっただろう。二人が俺の代わりに怒ってくれて、伝わる形で俺本人も燃え上がった。
「きっぱり片付けてやる! 言いたいこと行って終わらさせてやる!」
俺は怒りのボルテージマックスの状態で嫁がいるであろうポイントに向かった。場所はパソコンの画面をスマホでパシャリ。常に動いているわけじゃないからそれで十分。後は、地図アプリを手にしてそこに向かった。
マコトの車で連れて行ってもらったが、嫁の潜伏先、そこはアパートだった。それも、かなり古いアパート。昭和の苦学生が住んでいるような絵に書いたようなボロアパート。
汚いのとか嫌う嫁がここにいるなんて考えられない場所。1階が4戸、2階が4戸、合計8戸の本当に小さいアパート。
ここに来て分かったことが、何号室かまでは分からないこと。
「こっちだ」
そこはそれ。マコトは事前に調査に行ってくれていた。1階の一番端、105号室が嫁の潜伏先だった。ちなみに、1階は4戸だけど「4」を嫌ったのか、「104号室」はない。
(コンコン)俺がドアをノックした。すると奥から女の声で「はーい」と聞こえた。たしかに、嫁の声だ。
(ガチャ)とドアが開いた瞬間、嫁が固まった。いろんなことを同時に考えたり、思い出したりしているのだろうか。
(バン!)ドアを勢いよく閉めると嫁は部屋の中に逃げた。反射的に俺がドアを開け!嫁を追いかける。嫁は反対側の窓から逃げようとその前に置かれている低い机に乗っかっていた。
「お前なんか嫌いだっ!」
俺の声で嫁はピタリと止まった。窓の外にはマコトが回り込んでいたので、あのまま飛び降りても時間の問題だっただろう。
「あのーーー」
そこでか細い声が聞こえた。部屋の中からだ。
アパートの室内にはせんべい布団がしかれていて、男が1人横になっていた。嫁の手を引いて室内に戻しつつ、男に聞いた。
「誰?」
「違うの! あっくんはそういうのじゃないから!」
嫁が騒ぎ始めた。ここにいる以上、こいつが新しい嫁の浮気相手なのだろうけど、全く見たことが無い! 思わず「誰だよ!?」って思ったのは俺だけじゃないはずだ。
「私とあっくんの関係は崇高で、高尚なものなの。浮気とか、不倫みたいな汚らわしい関係じゃないわ!」
目の前の布団に横になっているヤツは30代半ばって感じのむさくるしい男。無精ひげで幸薄そうな感じ。昔の「サナトリウム文学」の主人公みたいに隔離病棟で後は死を待つだけの感じのヤツ。
「私も彼を看取る約束をしたからうちに帰ることができなかっただけで、浮気とか不倫は一切なかったの!」
もう、目の前のヤツが異世界人に見えた。何を言っているのかまるで分からない感じ。目の前のヤツが死んだらいいのにと思ったことはこれまでも何度もあったが、殺してやろうと思ったのは初めてだった。
「やめろ! ジュウ! 手を出したら負けなんだよ!」
マコトに羽交い絞めにされる俺。俺はなんとか振りほどいて、この目の前の嫁だと思っていたヤツの息の根を止めにかかろうとしていた。
「哲也さん! 待って!」
後ろにはマコトが羽交い絞め、そして前は咲季ちゃんが抱き付いている状態になった。人の怒りは6秒で収まるとか言うけど、あれは多分嘘。数分は俺は暴れようとしていたと思う。ただ、マコトの羽交い絞めはホントに動けない。その上、前方の咲季ちゃんはやわらかい。なんかこう、違う気持ちが浮かんできて……俺の怒りは収まった。
「マコト、アレを」
「分かった」
マコトが浮気の証拠写真を嫁につきつける。
「なにこれ!? 盗撮じゃない! サイテー!」
嫁がキレた。
「あっくんは病気なの! 私がいないとダメなの! 私が面倒見ないと死んじゃうような病人なの!」
この目は本気の目だ。ふざけてるわけじゃない。
「だいたい、浮気とか、不倫とかしてるわけないじゃない! 私はあっくんのお世話をしてたの! そりゃあ、秘密にしてたのは良くなかったけど、良いことだから! 人助けだから!」
一方的にまくし立てる嫁。しかし、嫁のターンもここまで。
最低もなにも窓が全開なのだ。この一見、「病人です」みたいな顔をした。だが、せんべい布団の中でごそごそ「致して」た。
向かいのマンションの廊下から丸見えだった。それをマコトが動画と画像で撮影した報告書を作ってくれていたのだ。
報告書も出した。こっちには、一週間の行動記録もあった。基本引きこもり。買い物に行ったこと以外は外出なし。しかも、その支払いをカードで払おうとしたが、止められていてレジで大騒ぎ。結局、商品は返して手ぶらで帰宅したことも記録されていた。多分、俺に電話してきた日がこれだな。
「ああ……。そんな……」
そもそも浮気男1は既に制裁してるし、本人も不倫を認めてた。嫁も認めてたけど、疾走してただけ。最初からこの「あっくん」とやらの看病をしていたってのは話が合わない。
なんとか押しきれそうだと思う嫁の頭が心配だ。なんていうのか聞いてみたい気もする。
「スコットランド症候群なの!」
「ストックホルム症候群のことかな?」
つい、ツッコんでしまった。
「ストックホルム症候群」は犯罪者と被害者がいたら、被害者は犯罪者に感情移入して犯人をかばうみたいな心理状態のことだ。
「スコットランド」はどこから来た!? イギリスか!? 国から違うし!
「あなたのそんな細かいところがイヤなの!」
嫁はわっと泣き出した。
「だから、離婚してやるからサインしろ」
俺は持ってきた離婚届を取り出す。
「いやっ! 離婚はイヤなの! あなただけなの!」
泣き叫ぶ嫁、しかしその声は俺には全く響かない。また言ってらぁ、くらいの感じ。
俺ももう終わっなって思った。まずは、浮気男2号を奈落の底に叩き落とすか。
「あっくん、お前は何者だ!? いつから嫁と浮気してる?」
せんべい布団に寝たままの男に問いかけた。
「僕は浮気とか……」
「いや、そういうのもういいから。こっちは調べがついてるんだ。確認作業なんだよ。嘘つくなら反省の色なしってことで慰謝料10倍請求するぞ?」
そう言うと浮気男2号はパッと布団から飛び出してきて俺の前に土下座した。
「すいません! 早弥香さんとは1年位……」
土下座のまましゃべり始めた。マコトの調査通りだ。観念して本当のことを話し始めたらしい。
「真剣なんです! もしも僕が病気じゃなかったら、僕の手で早弥香さんを幸せにするのに……!」
いけしゃあしゃあと嫁の名前を呼びやがった。
「私とあっくんは精神のつながりなの! 浮気じゃないから! 魂の絆なの!」
嫁が土下座中の浮気男2号のあっくんに縋りつく。こいつとの浮気はさっき写真を叩きつけたのに、既になかったことにできたと思っているのか!? 俺は異世界とか、近場の別の世界線に紛れ込んだんじゃないかと混乱してきた。
「報告書の次のページ見てみろ。その『あっくん』もお前以外に2人別の女がいるぞ? ちなみに、お前は3番目で裏ではお前のこと「財布」って呼んでるからな?
「……あ、あっくん?」
「違う! ぼ、僕はそんなことしない!」
さっそく仲間割れか? もろい絆だな。
「あと、お前。病気嘘だろ」
「ぼ、僕は、病気なんだ! 指定難病で他でほとんど見つからないほど珍しい病気なんだ!」
そんな難病患者が焦って力強く力説してる。
「そうよ! あっくんはほぼ毎日病院に行ってるんだから!」
各病院にタイムカードでも置いとけよ。
「お前が『通院』って言って外に出る時って他の女に会ってるときじゃねえか。そんなに特殊な病気のくせに、近所の主要な病院に通院歴が無いじゃないか。病人詐欺の扇谷敦くん」
マコトがちょっといけない方法で集めた情報も合わせて見せてやる。
「こっ、こんなのプライバシーの侵害じゃないか!」
「うるせい!」
土下座の姿勢で頭を上げたあっくんの頭を上から踏んでやった。こいつは、病人の振りをして世話を焼きたがる女を食い物にする詐欺師だった。時折病院に出没するが、それは入院していることを偽装するためだった。詳しくは知らないが、嫁とも病院で出会ったのではないだろうか。
看護師は基本的に病院やけが人がいると心配してしまうし、困った人がいたら助けてあげてしまう博愛の精神がインストールされていることが多い。この詐欺師は、そういった心理にうまい具合に滑り込む悪人だった。
「お前からも慰謝料取るからな。覚悟しとけ」
俺は足元の浮気男2号に宣言した。「V3」までは出てこないよな!?
とりあえず、嫁を捕まえたので首根っこ捕まえる勢いで弁護士事務所に連れて行くことにした。周囲にマコトや咲季ちゃんがいることから観念したらしく、大人しく同行してくることになった。
今日の投稿はお終い
明日は朝6時から1時間おきに投稿します!
ぜひ読んでください。




