第14話:ネットスーパーは便利だな
今日にも嫁は家に帰ってくる。別に元々どこか悪いわけじゃない。色々な検査があったから、1日かかったので、もう一日泊まってくるだけだ。
看護師さんに訊いたら、MRIとかエコー検査とかは当日言ってすぐに準備はできないらしい。スケジュールが事前に決まっているので、空いた時間に検査するのだとか。
検査自体は一つ一つ1時間もかからないものだが、複数受けるとなると1日かかってしまう。まあ、嫁も帰りたいとか言わなかっただろうし。結局病院に2泊することになったようだ。
俺はと言うと義両親に嫁を引き取ってもらうよう電話で伝えた。自分の会社には有給休暇の申請をした。上司に事情を話したら、「有給たまってるんだから、この機会に全部取るつもりで安め。しっかりケリつけてこい」って言ってもらった。
その後は、「燃え尽き症候群」だ。後は基本的に弁護士の仕事だ。俺は嫁や浮気男と直接話すことはない。家のカギだって6000円払って交換したから嫁はうちに入ってこれない。
俺のすることがなくなった。やり遂げたという達成感はないけど、下手に手を出さないほうがいい状態にはなった。
俺はとりあえず、ビールを飲み始めた。ネットスーパーって便利だな。買い物に行かなくても品物を持ってきてくれる。
そうなるとひたすら落ちる。気持ちが落ちる。なにもしたくなくなった。ベッドは浮気男と嫁が情事を繰り広げた場所と思うと使えなくなった。
ソファもイチャイチャしてる動画を見たので使えない。キッチンのテーブルは嫁が俺には作らない料理をニコニコしながら出していたことを思い出すし、風呂は二人で入っていたから使えない。
リビングの床に寝そべって何も考えないようにすごした。一応スマホで動画を見たりしようと思ったけど、なんにも頭に入ってこない。
視線はずっとスマホの液晶を見ているけど、意識としてはなにも見えていなかった。暗くなってきたからカーテンを閉めないと、とか思ったけど後でいいかと立ち上がるのをやめた。
次の日は最悪だった。どこからかメールがメチャクチャ届く。メッセージの1行目だけプレビュー表示されるから見えた感じでは嫁からかな。
『違うの!』
『話をさせて!』
『電話に出て』
『会いたい』
『なんでカギがあかないの!?』
色々きてる。ああ、そうか。嫁のスマホはこの家のどこかにあるのか。自分のスマホがないからメールなのか。義両親のスマホを借りても俺のアカウントは登録されていない。勝手に認証できないからメールってわけ。なるほどー、なんてぼんやり考えていた。
電話に出てって書いてあるから、電話したのかな。音を切ってるから気づきもしなかった。
カギが開かないことを知ってるってことはうちに「来た」のかな。
内容証明はまだ届いてないのかな。それを見たら、俺が不倫に気づいてることも分かるだろうし、浮気男にも制裁を加えることも分かるだろう。
そう言えば、腹減ったかな。人間どんなときでも腹は減るんだなぁ。
料理は面倒なのでストックしてたカップ麺で腹を満した。作り置きは嫁と浮気男が食べてしまったし、残りは手を付けたくない。冷食は……温めるのが面倒だ。
また床に戻る。ゴミが見えるなぁ。そろそろ掃除機かけないと……。また今度でいいかぁ。
全部めんどくさい。
全部どうでもいい。
何日経ったか分からないけど、ストックのカップ麺がなくなった。ネットスーパーで買えるだけ買った。送料無料になるしそのほうがいいだろう……。いつ届くのかなぁ。今日か、明日か……。どっちだっていいか。
多分、俺はこのまま少しずつ細くなって、死んで、土に還って聞くんだろうなぁって思ってた。リビングの床は昼間は日が当たるのでそれでもいいと思っていた。
(ピンポーン)
お、ネットスーパーが来た。中々優秀じゃないか。思ったより早い。でも、起きる気力がない。少し待てよ!? 俺は玄関まで行くからな!?
(ピンポンピンポンピンポン)
分かってるって! 俺は床を這って玄関に向かっていた。玄関で起き上がればなんの問題もない。
(ピンポンピンポンピンポンピンポン)
だからうるせーって。聞こえてるから。
(ドンドンドンドンドンドン!)
他人んちのドアを乱暴に叩くなよ! まったく。本部にクレーム入れてやんぞ!?
俺は上半身だけなんとか起こして、サムターンを「開」の方に回した。
「ジュウ!」
「哲也さん!」
おかしいな。ネットスーパーの配達員の声がマコトと義妹の咲季ちゃんの声に聞こえる。
わけが分からないけど、俺は玄関の床に吸い込まれるようにくっついて行った。ここ大理石なんだよな。冷たいなぁ。
「ジュウ! しっかりしろ!」
「私、救急車呼びます! 外に出て誘導します!」
「頼む!」
誰だよ救急車とか呼ぶやつ。この間の警察騒ぎで俺がどれだけ近所に白い目で見られてると思ってるんだ。その上、今度は救急車。恥ずかしくて住めなくなるじゃないか……。
そこまで考えたことは覚えてるけど、その後の俺の記憶は……ない。




