第10話:義両親との直接対決
「まったく、なんだね急に……」
居間で義父の第一声だ。まあ、そうだよねぇ。予想通りだ。
そもそも義両親の家に来たときドアを開けてくれたのは義母。最初から俺の顔を見たら、あからさまに訝しげな顔。
その後、居間に通されてのあの義父のセリフ。
俺一人だったらこの時点で負けてるわ。
そう、一人だったらね。今日の俺には味方がいた。もちろん、マコトだ。
「まずは、これを見てください」
ローテーブルに1冊の報告書を置いた。これはマコトが作ったのだろう。表紙に「重黒木早弥香 不倫調査報告書」って書いてある。
一目見て中身が何なのかすぐに分かる。素晴らしいタイトルだ。
すぐに奪うように義父さんが取って中身を見る。ここ数日、浮気男とラブホテルに入る画像と時間、出てくる画像と時間。夜なのに驚くほどしっかりきれいに写ってる。
これはどう見ても言い逃れできない画像だ。
「こっ、こんなのっ! たっ、たまたまかもしれないだろ! 急に気分が悪くなったとか……、やむない事情が……」
義父さんは目は報告書から話さず顔だけこっちを見て言った。いや、言いかけた。次のページをめくったとき声も動きもピタリと止まった。
嫁のスマホ内から出てきた「あられもない画像集」が数ページ続いていたのだ。
義父も男。それがどんな状態かすぐに理解できたようだ。
義母さんは横から見ていただけで悲鳴を上げて身を縮こまらせていた。
その声を聞いて義妹が2階から降りてきたほど。かなり大きな声だった。
「念の為に言いますが、少しだけ写っている男は俺ではありません……」
「……」
義父が奥歯を噛みしめるみたいにギリギリと音をさせる。
そして、次のページから浮気男のプロフィールのページだ。当然、俺は事前に見てる。だから、慌てたり、取り乱したりしない。既に3回吐いたし。
「え!? これ、お姉ちゃん!? お姉ちゃん浮気してるの!?」
「うるさい! 黙りなさい!」
義妹が居間に来たけど義父に叱られてキッチンに逃げた。お茶の準備をしてくれているらしい。そう言えば、俺達は義父の家に来てもお茶も出されてない。ほんとに歓迎されてないなぁ。俺が何したっていうんだ。
「浮気相手は勤めている病院の職員みたいですね。細かな出会いとか、馴れ初めは本人に聞いてから資料を出しますが、調べはついてます」
俺がそういうと義父は下を向いて肩を落とした。娘のあられもない姿を見せられたんだ。気持ちは察することができる。
義母さんは壁の方を向いてさめざめ泣いている。
でも、これくらいのものを見せないと俺のことを信じてくれなさそうだと思っていたからだ。
「すいません、お客様にお茶もお出ししてなくて……」
ここで義妹がお茶を出してくれた。
「ども……」
「いただきます」
俺とマコトがお茶を手に取って茶碗に口を付けたくらいのタイミングで義父と義母が俺の前に来て手をついて謝ってくれた。
「どんなことがあったにしろ、申しわけない」
「あ、お義父さん、頭を上げてください。悪いのはお義父さん達ではありませんから。今日来たのは……」
そう、今日ここにいた理由は別にあった。
嫁は不倫してもう頭がおかしくなってる。頭がお花畑になってる。不倫ハイかもしれない。
俺はもう嫁の目には映ってない……。何を言っても話にならない。義父母さんたちには嫁にそれを分からせるために来てもらうのだ。
「哲也くん、その……早弥香とは今後どうするつもりなのかね……」
「お義父さん……。お義父さんも男ならお分かりだと思いますが、これはとんでもない不貞行為です。浮気が分かった以上、早弥香さんとは離婚します」
これだけの事実を叩きつけたのだ。義両親だって理解できるだろう。
「そこをなんとか……。第一、離婚してしまったら経済的に……」
「え?」
「あ、すまない。そういう意味では……でも、現状では哲也くんの稼ぎだけではやっていけないんだろう? では、離婚してしまったら哲也くんが食べていけないんじゃないのかい? あの子は『飯炊き女』とでも思って……」
何を言ってるんだ、この野郎は。
「やっていけなかったら、あなた達への仕送りなんか続けられるわけがないじゃないですか。そりぁ、お義父さん達からしたら5万なんてはした金かもしれませんが!」
カチンと来て嫌味な言い方をしてしまった。俺の中にもそんな黒い感情があったとは……。しかも、それを義両親に向けてしまうとは……。あとは、自宅に呼ぶ日を決めてさっさと帰ろう。
「なにを言ってるんだ。哲也くんの稼ぎでは食べられないから、早弥香は看護師を続けているんじゃないのか……?」
「うちは家賃から食費、光熱費、お義父さん達の仕送りまで全部俺の給料から出してますよ」
「え!?」
お義父さんの顔色が更に悪くなった。
「仕送りは早弥香がしてくれているんじゃ……」
「彼女の稼ぎは将来の子供のためにと、本人の小遣い以外はすべて貯蓄してますよ」
「なん……だって……」
すごくショックを受けているようだ。察するに俺がしていた仕送りは嫁からと思いこんでいたってことか。ならば……。
「『飯炊き女』に……と、言われますが、うちで料理をするのは俺ですし、掃除と洗濯は俺しかしませんよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。きみは家事をまったくしないんじゃないのかね!?」
なんか話がおかしくないか!?
「……詳しく話してもらえますか?」
「詳しくもなにも……」
お義父さんの話を聞くとこうだった。
俺は結婚後は料理はもちろん、掃除、洗濯なと家事をまったく手伝わないと嫁は実家にこぼしていた、と。
その上、稼ぎが悪いから仕事を辞められない。だから、子どもも作れない。義両親への仕送りは嫁がしてる。俺は外面がいいからそのことはよそで言うなと言われているから俺には問いただしたりしないでほしい、と伝えていたらしい。
だから、俺は真実を伝えた。嫁はそもそも料理はできない、と。つい先日、久々に料理を作ったと思ったら、すべて冷食だったこと。
買い出しにも行かない。俺は嫁の生理用品まで買ってきていること。洗濯は普通に嫁の下着まで洗って干していることなど伝えた。
ついでに、毎月の仕送りも俺の給料からだし、お中元、お歳暮、里帰りのときに渡していたお小遣いも俺の財布から出ていることなどを伝えてやった。
「本当にすまなかった。早弥香からは真逆のことを聞いていた。私達と接しているときの哲也くんと娘から聞いた裏の哲也くんとはまったく別人で私達はきみのことを見下げていた。どうやら、見下げられるのはあの子の方だったようだ」
義両親共々再び土下座での謝罪だった。
なるほど、だから義両親は俺への態度がどんどん冷たくなっていったのか。
「俺の方こそすいません……。正直、お二人が怖かったです……。厳格な家だと思っていたのに仕送りのこととかお礼どころか話題にもしないほど当たり前で、お歳暮とかお中元もお返しもなくお礼の電話とかもなかったし……」
「いや、ちょっと待ってくれ。お歳暮やお中元はちゃんとお返ししてたぞ……?」
んーーーー? どういうことだ!? 実家からはお歳暮とかはないって嫁は言ってたのに。
「すまないが、きみのことを面白くないと思っていたから娘の好きなチョコレートのセットとかを選んでいた……」
「あーーー……」
そこまで聞いて分かった。多分、独り占めしたくて俺には届いたことを黙っていたな……。
「あの子はそんなに……なのか……」
「あ、はい。かなり……ですかね。でも、分からないこともあります」
お義父さんもお義母さんもかなり呆れていた。
「結婚前……、デートのとき弁当を作ってきてくれていたんです。すごく美味しくて……、こんなに料理が上手で、かわいくて、俺のことを好きになってくれるなら結婚しようって思ったんです」
(ガシャーーーン)
キッチンで何かが落ちる音がした。
「咲季! 静かにしなさい! 今、大事な話をしているんだ!」
キッチンで義妹の咲季ちゃんが何かを落としてしまったらしい。すぐにマコトがフォローに回ってくれたから、キッチンのことだけどお義母さんは任せたみたい。お義母さんもショックであまり動けないみたいだし。
「お父さん! 哲也さん!」
咲季ちゃんが居間に走ってきた。話に水を差してしまったお詫びかな?
ローテーブルの前に座っている俺の横に来て座り込んで俺の袖を掴んで妙なことを言い始めた。
「昔、作りました! お弁当!」
「?」
俺がなんのことか分からず困惑していると、咲季ちゃんが続けた。
「私が高校生の頃、お姉ちゃんに頼まれて『好きな人のためのお弁当』ってのを作りました!」
「はあ!?」
あの弁当を作ったのは咲季ちゃん……!? つまり、あれも嘘だった!?
咲季ちゃんからも聞けば、嫁から材料代は出すし、お小遣い5000円をあげるから「好きな人のためのお弁当」を作って欲しいと頼まれたのだとか。
ちなみに、普段学校に持っていくお弁当と「好きな人のためのお弁当」はそのメニューもレイアウトも気合の入れ具合も違うのだという。その本気の弁当を作るよう頼まれたのだとか。
「俺の思い出は5000円だったのか……」
かなり堪えた。嫁と結婚を決めた大事なエピソードだったから……。
「哲也さん……」
咲季ちゃんはまだ俺に何か言おうとしている。お詫びかな。俺は今それどころじゃない。許すからそっとしておいてくれ。この惨めな俺を見ないでくれ……。
「お姉ちゃんと離婚するんですよね!?」
これまた俺の心を抉ってくる。やっぱりこの子は苦手だ。少し嫁を思わせるかわいい顔をしているのが余計に悪い。
かわいくて、計算高くて、これまで嫁の男を次々取っていってたという……。俺と違って楽な人生なんだろう。それがまたムカつく。
「お弁当と、かわいいのと、哲也さんが好きなことが結婚の切っ掛けだったんですよね!?」
更に抉るか!? 俺の心はズタズタのボロ雑巾のような状態だ。いじめられっ子ってこんな状態では!?
「あのお弁当は私が作ったんですし、哲也さんが離婚したら、私と結婚してもらえませんか!?」
「「「「はあっ!?」」」」
俺と義両親、ついでにマコトの4人の声がハモった。




