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自爆

俺達SOは日本に飛行機で向かった。

羽田空港で俺達を待っていたのは。

「班長、京野さんお久しぶりです」

未解決事件専門捜査室で一緒だった朝倉蒼真がいた。

「朝倉、久しぶりだな」

「はい、班長」

「もう班長じゃないよ」

「あ、そうでした」

「そう言えば捜査一課戻ったんだってな」

「はい、もうばりばりです」

「そうか」

久しぶりに再会した部下に会って嬉しくなった。

「河上さん、お知り合いですか?」

蓮君が聞いてきた。

「俺がインターポールに来る前に日本の警察で、未解決事件専門捜査室って所があってそこに一年目で捜査一課からそこに飛ばされたのがこいつだ」

「そんな仕事ができない感じに説明しないでください」

「違うのか?」

「はい、自分は成長してます」

「朝倉そこらへんにして、現場に連れて行ってくれ」

「はい」

それから朝倉の運転で車で現場に行く前にタブレットを渡されて、事件の概要を話し始めた。

「……現場は旧中央図書館跡地です。十年以上前に閉鎖された建物ですが、数日前に観光客が侵入して“異様な遺体”を発見しました。

警視庁としてはすでに封鎖しましたが、事件性が特殊すぎるため、SOに一任することに決まりました」

河上は軽くうなずく。

隣では蓮が窓の外を見つめている。少年にとっては初めての日本での現場だ。

「蓮君、大丈夫か?」

「あ、はい」

「まああんまり心配しないで、何かあれば俺が守るから」

イーサンが頼もしい言葉をかけた。

沙雪さんが拍手をしていた。

「今回の事件普通の事件じゃありませんよ。遺体は“本にされていた”んですから」

「本に……?」

「はい」

タブレットをスライドすると…

モザイク処理された写真を一枚表示した。

そこには、人の身体に無理やり紙片や羊皮紙のようなものが縫い付けられ、まるで「人体書物」のように変形させられた遺体が写っていた。

「……酷いな」河上が呟く。

沙雪も目を細め、顔を背ける。

「まるで“知識を肉に刻む”みたいね」

「現場には“神を喰らえ”という刻印も残されていました。警視庁では解読不能でしたが、バチカン経由でSOへの依頼が降りたわけです」

車はやがて、灰色に沈む旧市街の奥へと入っていく。

朽ちた建物が並ぶ中、一際不気味にそびえるのが――旧中央図書館跡地。

入り口はすでに警備線で封鎖され、機動隊が警戒に当たっていた。

朝倉が車を降り、敬礼のように軽く手を挙げる。

図書館の扉を押し開けた瞬間、冷たい空気が流れ込んできた。

内部は埃とカビの臭いが充満し、かつて本で満たされていた棚は倒れ、朽ち、廃墟のようになっている。

蓮は思わず鼻を押さえた。

「……ここ、本当に“知識の殿堂”だったんですか?」

沙雪が懐中電灯を照らしながら歩みを進める。

「知識は腐れば毒になる。神鹿狼奈の仕掛けなら、ここは“毒の巣窟”ね」

やがて、一行は大広間に足を踏み入れた。

そこには――異様な光景が広がっていた。

長机の上に並べられた数十体の遺体。

その肌には、まるで羊皮紙を縫い付けるように文字が刻まれている。

「旧約」「福音」「黙示録」……様々な宗教書の断片が、血で綴じられた人間の肉体に残されていた。

蓮が震えた声を漏らす。

「これ……全部、人を“本”にしてる……」

河上は黙って遺体に目を凝らした。

瞳に宿る“色”が、鈍い灰色の線を描き出す。

そこにはただの死ではなく、“力を喰われた残滓”のようなものが絡みついていた。

「……まだ、この部屋には“声”が残っている」

沙雪が振り向く。

「声?」

「死んだ者たちの“知識”を、無理やり抜き取られた痕跡だ。

 犯人は、ただ殺しただけじゃない……“集めている”」

京野が息を呑んだ。

「集めている……? 何のために?」

河上は目を細めた。

「神鹿狼奈に繋がる……いや、“誰か”の意思を満たすためだろう」

その時、蓮が机の端に散らばった紙束を拾い上げた。

紙には暗号のような文字列が並んでいる。

「これ……読めません」

沙雪が覗き込んだが首を振る。

「暗号じゃない。これは、わざと読めない“言葉”を作ってる」

河上は一枚を手に取り、光に透かした。

そこに浮かび上がったのは――“狼”のような印影。

「……神鹿狼奈」

空気がさらに冷たくなった気がした。

まるで、この場所そのものが狼奈の影に覆われていくようだった。

蓮が声を震わせる。

「河上さん……これって、狼奈が僕たちに“見せつけてる”んですよね?」

河上は答えず、壁際に目を向けた。

彼の“目”に、どす黒い色の線が浮かび上がっていた。

それは壁の奥へと伸びている。

「……この壁の裏に、まだ続きがある」

京野が驚いたように振り返る。

「地下はもう調べたはずだぞ!」

「表向きの地下だけだ。本当の“書庫”は、この奥に隠されている」

河上は拳で壁を叩いた。

鈍い響き。空洞の音。

沙雪が銃を構え、警戒しながら言った。

「……壊す?」

河上は頷いた。

次の瞬間、銃声と共に壁が崩れ、埃が舞い上がる。

そこには――黒く塗り込められた回廊が続いていた。

壁一面には、血で描かれた羽と剣のマーク。

そして奥からは、かすかな囁き声のようなものが響いてくる。

蓮はその声に顔を青ざめさせた。

「これ……人の声じゃない……」

河上はゆっくりと歩みを進めながら言った。

「――ここからが、本当の“神を喰らう書庫”だ」

回廊を抜けた先に広がっていたのは、図書館の地下には似つかわしくない“研究施設”だった。

蛍光灯の青白い光が無機質に瞬き、壁には無数の管とモニターが並んでいる。

培養槽には液体に浸かった人間の臓器のようなものが浮かび、機械からはかすかな心音が鳴り続けていた。

蓮は思わず後ずさった。

「な……なにこれ……!」

沙雪は冷静に銃を構える。

「人を“書庫”に見立てて臓器から記憶を抽出してる……狂気の実験ね」

その中央に、ひとりの男が座り込んでいた。

痩せ細った体に黒いコート。

顔色は死人のように蒼白で、だがその瞳だけは血走っていた。

男はゆっくりと顔を上げた。

「――来たか、“選ばれし眼”の持ち主よ」

河上が足を止める。

「お前が、この事件の犯人か」

男は自嘲気味に笑った。

「名は マルコ・ヴァレンティーニ。サマエルの幹部だ。

 だが今の私は……組織からも、神鹿狼奈からも逃れたい亡者にすぎん」

京野が声を荒げる。

「逃れたい? こんな実験をしておいて、言い訳か!」

「違う!」

マルコの声が研究室に反響する。

「これはすべて……“命じられた”のだ! 不老不死の研究を進めろと、狼奈の名のもとに!

 私は逆らえなかった……だがもう、魂までも喰われるのは御免だ」

河上は目を細めた。

彼の“視界”には、マルコの体を締め付けるように黒い鎖のような色が見えていた。

それは恐怖と後悔、そして“まだ組織から解き放たれていない”証。

「お前は狼奈に逆らう気はあるのか?」

マルコは震える手で自らの胸を指差す。

「……ある。だが、私はもう長くは生きられん。

 奴の“声”が、ここでも私を縛りつけている」

突然、研究施設のモニターが一斉に明滅した。

スピーカーから低く、ざらついた声が響く。

「馬鹿だねー、私から逃れられないって分かってるのに」

河上は声を理解した。

それは、確かに神鹿狼奈の“残響”。

ここに居なくとも、その影響が届いている証拠だった。

マルコは苦悶に顔を歪め、叫んだ。

「聞こえるだろう!? これが、奴の呪いだ! 私は、ただ――!」

その瞬間、天井から崩落音。

研究施設の奥からサマエルの兵士たちがなだれ込んでくる。

全員、顔に“天使の羽と剣”の刺青を刻んでいた。

沙雪が銃を乱射し、京野が遮蔽物に飛び込む。

蓮は必死に端末を操作し、施設のシステムを妨害する。

河上は一歩も引かず、眼を開いた。

兵士たちの感情は――全て濃い“狂信の赤”。

そこに一切の迷いはない。

「……来るなら来い。だが俺は、お前たちに喰われない」

次々と襲いかかる兵士を、河上は銃と肉弾で迎え撃つ。

その背で、マルコが血を吐きながらも叫んだ。

「眼の少年よ! このデータを――奴の研究のすべてを持ち去れ!

 私の命などくれてやる! だが、狼奈の鎖は絶たねばならん!」

河上が振り向くと、マルコは研究端末を破壊しながら自爆装置を起動させていた。

「やめろ! お前まで死ぬことはない!」

「私は……もう、生きる価値を喰われた。

 せめて最後に、狼奈の歯車を狂わせてやる……!」

次の瞬間、閃光と爆音。

研究施設の一部が崩れ落ち、兵士たちは炎に飲まれた。

河上は沙雪と蓮を庇い、辛うじて脱出路へと飛び込む。

背後で、マルコの最後の声が木霊した。

「狼奈に抗え……お前だけが……!」

地上に出たとき、朝焼けが廃墟を照らしていた。

河上は胸の奥に深い疲労を抱えながらも、確かに感じ取っていた。

――神鹿狼奈は、確実に自分を“選んでいる”。

そして、その意味はまだ掴めない。


そうして俺達は残されたデータを解析する為にフランスへと戻った。


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