煙草
「少し本数減らしたらどうですか?」
高坂が煙草を吸っている俺に話しかけてきた。
「減らしても大丈夫ならもうしている」
「そうですか、そう言えば安藤様は心太様が直ぐに動かなかった事に対して少し不満気でしたよ」
「そうか」
「まあ、気持ちは伝えましたが」
「またそうやって気持ちを代弁して、後で俺の本心とは離れているって言っとけ」
「はて?どうでしょうか?」
「お前な」
「いいではないですか、心太様がいい人だと思われていると言うことで」
「その腹黒さ、隠さないとだめだぞ」
「私はそこまで性格悪くないですけど」
「本人と周りの評価は違うぞ」
「そういうものでしょうか?」
「そういうものだ」
こいつを拾ってからと言うもの、最初の頃は大分優しかったが、次第に俺の扱いが雑になってきてはないだろうか?
でもそれが嫌と言うわけでもなければ今では心地いいとすら思うのは、少し言い過ぎなのか?
それは分からないが、でもこれだけは言える。
「高坂」
「はい?」
「お前と出会えて良かったと思っている」
高坂は目を見開いて驚いた様子だった。
それもそうだ、俺は今まで高坂にこんな事を言ったことはなかったからだ。
「そうですか。それは私の方こそお礼申し上げます。でも急にどうされたのですか?」
「まあ、なんだ。言いたいことも口に出さないと伝わらないからな」
「そうですか」
本音だが少し急なものだったか、少し後悔した。
「では、まだ暑いので冷えたココアでも淹れてきます」
「ああ、頼む」
去り際に高坂は「少し素直になったのはあのお方のおかげでしょうか?」そんな風に呟いたのを俺は聞き逃さなかったが何も言わなかった。
あの方が誰か分かったので肯定するのか否定するのか迷った。
俺は煙草の煙を吐く、それはまるで冬の寒さによって起こる現象に似ていてその景色が俺は好きだった。
一本吸い終わってもう一本と箱に手を伸ばすと、丁度先ほど吸ったのが最後だった。
舌打ちながら先ほど注意されたばかりだと思い、そのまま家の中に入る事にした。
「ココア、そこに置いておいたので」
「ありがとう」
テーブルにはマグカップが置いてあった。
「そう言えば安藤はまだだめか?」
「はい、今日は部屋に閉じこもっているみたいで」
それもそうか、ディズニーで拉致されてから二日が経っていたがそれなりに気に病む事があったのだろう。
昨日も姿は見えず一人部屋に籠って外に出ようとしなかった。
当然だと思う、俺や高坂はもう慣れたがこういうものが、日常の外にある人間にとっては苦しいものだ。
「やはり、もっと事が起きる前から動くべきだったか」
「だとしても安藤様を傷つける事に変わりはないはずですよ」
「まあ、それもそうか」
高坂は自分で紅茶を淹れてソファーに座った。
「では、話を変えますか」
「そうだな、で誰が日向を殺した?」
「映像出しますね」
パソコンで当時の映像が分かる、この話も安藤には酷なものなのでいないほうが都合が良かった。
映像に映ったのは警察から提供されたものだった。
パトカーの防犯カメラに日向が殺される映像が写っていた。
「撃った場所は何処だ?」
高坂はマウスを動かして探すと場所が分かった。
「随分離れているな」
「そうですね、肉眼では分からない程に」
「拡大しても意味はないか」
「はい」
「それなら、この場所に防犯カメラは分かるか?」
「調べてハッキングします」
それから高坂はパソコンで作業を始めた。
暫くかかるらしく俺は安藤の部屋の前にいた。
ドアの前には昼飯が残されたまま置いてあった。
恐らくあの日から何も食べずにいた。
私はこの二日間何も口にしていなかった、水だけ飲んでお風呂にも入らずにいた。
流石に髪がベタついている。それでもなにもしたくなかった、行動を起こす気になれなかった。
体が動くと同時に涙が流れて止まらない、そんな二日間だった。
どうしたら日向を止められたのか、もっと早く日向と沢山話していれば。
そんな後悔を抱えて真っ暗の部屋の闇に飲み込まれていく。
携帯には沢山の人から連絡があった、電話もあった。でも今は今だけは誰とも話したくない。
そんな時だった、河上君が話しかけに来てくれた。
「よお、生きているか?」
私は返答しない、でも話は続く。
ため息がきこえて座る音が聞こえた。恐らくドアの前で座りこのまま話を続ける気だろう。
「あのさ、今まで安藤みたいな奴沢山見てきたよ。その度に俺の感覚がおかしくなるのが分かるんだ、だって俺の仕事には常に人の苦しさや寂しさとかそんな感情で溢れている。だからそれが当たり前だとつい思っちゃうんだ」
同情でもかけるつもりだろうか、でも今の私にそんなものは通じない事は河上君が一番分かっているとも思っている、でもそんな時河上君はどんな言葉をかけてくれるのかそんな事も気になり私は話の続きを聞く。
「それでさ思ったんだ、当事者には当事者にしか分からない事があるって、だから俺は関わらないようにしていたんだ。でも今は違う、今の最優先事項は安藤を守る事だって、だから俺は無理やりにでも関わるぞ。例えそれが迷惑だろうがなんだろうが俺は関わる。だって今の安藤の家は此処なんだから」
(家)、その言葉がなんだか妙にスッと心に入ってきて、嬉しかった。それが今まで私にはなかったものだったからだから、私はもっと泣いてしまう、家族とは違うそれでも私に無理やりにも関わろうとしてくれているそんな些細な事が何より嬉しかった。
「はー、取り敢えず飯食おう、どんな時だって腹は減るもんだ、そして飯は何よりもエネルギーになる、泣きたいときは泣いていいんだ。俺達は此処の家で何があっても待っているから」
そうして河上君が下に降りていくのが足音で分かった。
私は人より涙が流れないそんな非情な人間だと思っていた。例えば飼っていた犬が亡くなった時も大好きなおじいちゃんが亡くなった時も涙が出なかった。でも自分の事となると涙が出る。そんな自分が嫌でしょうがなかった。そしてお腹が鳴る。やはりどんな時でもお腹は減るらしい。
俺は安藤との一歩的な話を終え、下に向かう高坂が「解析終わりました」と言うので急いで階段を下りる。
「どうだった?」
「顔を鮮明にしたのがこれです」
画像にはでかい荷物をもち屋上に向かう青年がいた。恐らくそこにライフル銃が閉まってあるのだろう、顔を見ると衝撃的なものが見えた。高坂は俺の表情でなにが俺の瞳に写っているのか分かったのだろう。
「どうされましたか?」
「こいつ、マモンだ」




