白巾軍への参加
第四章:帰還
皇覚寺の門をくぐった白鳳麒を迎えたのは、意外にも静寂だった。かつての活気は影を潜め、寺の至る所に荒廃の跡が見られた。
「おや、戻ってきたか」
振り返ると、そこには老住職の玄心和尚の姿があった。和尚の髪はすっかり白くなり、背中も一段と曲がっていた。
「玄心和尚」鳳麒は深々と頭を下げた。「ただいま戻りました」
和尚は慈愛に満ちた目で鳳麒を見つめた。「よくぞ無事で。多くを学んできたようだな」
鳳麒は頷いた。「はい。しかし、まだまだ足りません。寺は...」
和尚は苦笑いを浮かべた。「見ての通りだ。多くの者が戻らなかった。戻った者も、また旅立っていった」
鳳麒の胸に痛みが走る。「徐天翔は...」
「あの子も戻らなかった。生きているのかどうかも...」
鳳麒は拳を握りしめた。喜びと悲しみ、安堵と後悔。様々な感情が彼の中で渦を巻いた。
その夜、鳳麒は久しぶりに寺の屋根の下で眠りについた。しかし、その眠りは安らかではなかった。
夢の中で、鳳麒は白い翼を持つ巨大な鳥となり、荒れ果てた大地の上を飛んでいた。どこまでも続く焼け野原。そこかしこで人々が苦しみ、嘆いている。鳳麒は必死に舞い降りようとするが、翼が動かない。
「力が...力が欲しい!」
鳳麒は叫んだ。するとその声に応えるかのように、遠くから太鼓の音が聞こえてきた。
ドンドン、ドンドン。
鳳麒は目を覚ました。太鼓の音は夢の中だけのものではなかった。寺の外から、確かに聞こえてくる。
急いで外に飛び出すと、空は赤く染まっていた。遠くの山の向こうで、何かが燃えているようだった。
「反乱軍だ!」
誰かがそう叫ぶのが聞こえた。鳳麒の心臓が高鳴る。
第五章:白き旗の下に
それから数日後、皇覚寺は元軍に包囲された。
「この寺は反乱軍を匿っているはずだ!」
元軍の将軍が怒鳴る声が、寺の中まで響いてきた。
玄心和尚は寺の者たちを集めた。「皆、逃げるのだ。後門から...」
しかし、その言葉が終わらないうちに、矢が飛んできて和尚の胸を貫いた。
「和尚!」
鳳麒は駆け寄ったが、もう遅かった。和尚は最期の力を振り絞って言った。
「鳳麒、お前には...大きな運命が...待っている。恐れず...進め...」
それが、玄心和尚の最期の言葉となった。
寺は炎に包まれ、鳳麒は他の者たちと共に必死で逃げ出した。しかし、包囲を突破するのは容易ではなかった。
その時、突如として白い旗を掲げた軍勢が現れた。彼らは元軍を攻撃し、包囲網に穴を開けた。
「早く!こっちだ!」
白い布を頭に巻いた男が、鳳麒たちに手を差し伸べた。迷う暇はなかった。鳳麒は仲間たちと共にその男に従った。
安全な場所まで逃げ延びると、男は自己紹介した。
「私は郭子剣。白巾軍の将だ」
鳳麒は驚いた。噂には聞いていたが、まさか自分がこのような形で白巾軍と出会うとは。
郭子剣は鳳麒をじっと見つめた。「お前、目つきがいい。名は何という?」
「白、白鳳麒と申します」
郭子剣は満足そうに頷いた。「鳳麒か。良い名だ。我々と共に来ないか?この腐敗した世を変えるため、共に戦おう」
鳳麒は迷った。しかし、燃え盛る皇覚寺を振り返ると、決意が固まった。
「参ります。どうか、お導きください」
郭子剣は大きく笑った。「よし!これより、お前は我が配下の兵だ。共に、新しい世を作ろう!」
鳳麒は郭子剣に一礼すると、決意に満ちた目で前を見据えた。彼の心の中で、かつての托鉢僧は静かに眠りについた。そして、新たな戦士が目覚めようとしていた。
赤い陽が地平線に沈みゆく中、白鳳麒は白巾軍の旗の下、新たな道を歩み始めた。彼はまだ知らない。この選択が、彼をどれほど遠くまで導くことになるのかを。
第六章:白の旗の下で
泰水暦の至正十一年、白鳳麒が白巾軍に加わってから三年が過ぎていた。彼は郭子剣の右腕として頭角を現し、多くの戦いで勝利を収めていた。
ある日の夕暮れ時、濠州の陣営で、郭子剣は鳳麒を呼び寄せた。
「鳳麒よ、お前の働きぶりは素晴らしい」郭子剣は満足げに言った。「だが、まだ足りぬものがある」
鳳麒は真剣な面持ちで尋ねた。「何が足りないのでしょうか、将軍」
郭子剣は遠くを見つめながら答えた。「野心だ。お前には大志が足りん」
鳳麒は驚いた。「大志、ですか?」
「そうだ。お前には力がある。だが、その力を何のために使うのか。それを見つけねばならん」
その夜、鳳麒は眠れずにいた。郭子剣の言葉が頭の中で繰り返し響く。
「私に、大志が...」
ふと、鳳麒は幼い頃の記憶を思い出した。飢えに苦しむ村人たち、疫病で倒れる家族たち。そして、彼を励ました老婆の言葉。
「お前さんには大きな運命が待っているのかもしれない」
鳳麒は静かに拳を握りしめた。「そうだ...私には、果たすべき使命がある」
翌朝、鳳麒は郭子剣のもとを訪れた。
「将軍、私には志があります」鳳麒は力強く言った。「この国を...いや、この世界を変えたいのです」
郭子剣は満足げに笑った。「よし。ならば、お前にある任務を与えよう」
それは、鳳麒の運命を大きく変える任務となった。
## 第七章:独立への道
至正十五年の春、白鳳麒は自らの軍を率いて集慶路(南京)へと向かっていた。
「鳳麒様、敵の守りが固いようです」副官の李賢明が報告した。
鳳麒は地図を見つめながら答えた。「心配するな。我々には秘策がある」
その夜、鳳麒は密かに城内の協力者と連絡を取り、内応の計を練った。翌日の攻撃で、見事に集慶路は陥落した。
勝利の報を受けた郭子剣は大いに喜び、鳳麒を呼び寄せた。
「見事だ、鳳麒」郭子剣は誇らしげに言った。「お前はもはや私の配下ではない。独立した将として、自らの旗を立てるがよい」
鳳麒は驚きと感謝の念を抑えきれなかった。「将軍...この恩は決して忘れません」
郭子剣は微笑んだ。「忘れるな。お前の野心を。お前の志を」
こうして、白鳳麒は独立した勢力として歩み始めた。彼は集慶路を応天府と改名し、そこを本拠地と定めた。
しかし、独立は新たな試練の始まりでもあった。周囲には強大な敵が潜んでいた。西には陳友諒の大漢、東には張士誠の勢力。そして北には、まだ強大な力を持つ元が控えていた。
ある夜、鳳麒は幕僚たちを集めて会議を開いた。
「諸君」鳳麒は静かに、しかし力強く語り始めた。「我々の前には大きな壁が立ちはだかっている。だが、恐れることはない。我々には民の力がある」
側近の徐天翔(かつての寺仲間)が尋ねた。「民の力とは?」
鳳麒は答えた。「そう、民の力だ。我々は民のために戦う。民を救い、民と共に新しい世を作る。それこそが、我々の力の源なのだ」
李賢明が付け加えた。「まさしく。民心を得れば、天下は自ずと従うでしょう」
鳳麒は頷いた。「そのとおりだ。まずは民生を安定させ、農地を復興させよう。そして、学問を奨励し、人材を育てる」
会議は深夜まで続いた。その場にいた全員が、鳳麒の言葉に感銘を受け、新たな決意を胸に刻んだ。
翌日、鳳麒は早朝から民間視察に出かけた。市場を歩き、農村を訪れ、人々の声に耳を傾けた。
ある老婆が鳳麒に訴えかけた。「若だんな、どうか私たちを助けてください。食べるものもなく、病気の薬も買えないのです」
鳳麒は老婆の手を取り、優しく答えた。「必ず、あなた方の暮らしを良くします。どうか、我々を信じてください」
その日の夕方、鳳麒は幕僚たちを再び集めた。
「諸君、今日私が見たものは、我々の使命そのものだ。民を救い、この国を再び豊かにする。それが我々の道なのだ」
全員が頷き、新たな決意を胸に秘めた。こうして、白鳳麒の治世が本格的に始まった。彼はまだ知らない。この決意が、彼を皇帝の座へと導くことになるとは。しかし、その瞳には既に、未来を変える者の輝きがあった。