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白鳳麒の生い立ちと家族の死

第一章:泰水の辺境にて


泰水の最果ての地、鍾離村。そこは山と川に囲まれた小さな集落で、世界の喧騒から取り残されたかのような静けさが漂っていた。村の外れに建つ粗末な藁葺きの家。その軒先で、一人の少年が空を見上げていた。


白鳳麒。それが少年の名前だった。


「鳳麒、早く中に入りなさい。風邪を引いてしまうわ」


母の陳氏の声に、鳳麒は我に返った。振り返ると、痩せこけた母の姿があった。その目には常に不安の色が宿っていた。


「はい、母上」


鳳麒は素直に従った。家の中に入ると、土間には父の世珍が座り込んでいた。その手には、毎晩のように握られている酒壺。


「また飲んでいるのか」鳳麒は心の中でつぶやいた。


世珍は鳳麒を一瞥すると、また酒に口をつけた。「今年も収穫は思わしくなかったな」


その言葉に、家族全員の表情が曇った。鳳麒の兄たちも、姉たちも、皆が沈黙を守った。


「でも、来年はきっと良い年になりますわ」陳氏が、か細い声で言った。


世珍は苦笑いを浮かべた。「お前はいつもそう言うな」


鳳麒は両親のやりとりを黙って聞いていた。幼いながらも、家族の置かれた状況が決して良くないことは理解していた。


その夜、鳳麒は久しぶりに夢を見た。夢の中で彼は大きな赤い鳥になり、青い空を自由に飛んでいた。目覚めた時、胸に不思議な高揚感が残っていた。


「いつか、この村を出て大きな世界を見てみたい」


そんな思いを胸に、鳳麒は新しい一日を迎えた。


第二章:日々の暮らし


朝日が昇る前から、鳳麒の一日は始まった。


「鳳麒、水を汲んでおいで」


母の声で目を覚ました鳳麒は、すぐに起き上がった。冷たい朝の空気が肌を刺す。薄い布で作られた服は、その冷気を防ぐには全く役に立たなかった。


「はい、母上」


鳳麒は大きな桶を持って、村はずれの井戸へと向かった。道すがら、同じように水を汲みに来ている村人たちとすれ違う。皆、疲れきった表情をしていた。


井戸に着くと、すでに何人かの村人が列を作っていた。鳳麒はおとなしく順番を待った。


「おや、鳳麒か。相変わらず早起きだな」


前に並んでいた老人が、鳳麒に声をかけた。村長の李老である。


「はい、李爺。母上に言われて」


「そうか。お前の母親は良い人だ。しっかり働き者でな」


李老の言葉に、鳳麒は少し誇らしい気持ちになった。確かに、母はいつも家族のために懸命に働いていた。


順番が来て、鳳麒は慣れた手つきで桶に水を満たした。重い桶を持ち上げ、よろよろとした足取りで家路につく。


家に戻ると、母はすでに粗末な朝食の支度を始めていた。


「ありがとう、鳳麒。本当に良い子ね」


母の笑顔に、鳳麒は少し照れくさくなった。


朝食は、いつもと変わらぬ粗末なものだった。薄いお粥と、塩漬けの野菜。それでも、家族全員で食べる食事は温かく、鳳麒にとっては幸せな時間だった。


食事が終わると、鳳麒は父と兄たちと共に畑へ向かった。日が昇るにつれ、暑さが増してくる。汗が滝のように流れ落ちる中、鳳麒は懸命に鍬を振るった。


「もっと深く耕せ」父の声が飛んでくる。


鳳麒は黙って従った。幼い体には重労働だったが、不平を言うことは許されなかった。家族の生活がかかっているのだ。


昼頃、突然の雷鳴が鳴り響いた。


「雨か...」父が空を見上げて呟いた。


皆の顔に期待の色が浮かぶ。雨は作物にとって命の水。しかし、その期待も束の間、数滴の雨が落ちただけで空は再び晴れ渡ってしまった。


「くそっ」


父の苛立ちの声が響く。鳳麒は黙って鍬を振り続けた。


夕暮れ時、疲れ切った体で家に戻る。母が出迎えてくれた。


「お帰りなさい。今日も大変だったでしょう」


母の優しい言葉に、鳳麒の疲れが少し和らいだ。


夕食も朝と同じく粗末なものだった。それでも、家族揃っての食事は鳳麒にとって一日の中で最も幸せな時間だった。


食事が終わると、鳳麒は外に出た。星空を見上げる。


「いつか、あの星のように輝けるだろうか」


そんな思いを胸に、鳳麒は眠りについた。明日もまた、同じ一日が始まる。


第三章:学びへの渇望


鳳麒が10歳になった年、村に珍しい来訪者があった。


「先生が来たぞ!」


村中に響き渡る声に、鳳麒は好奇心に駆られた。


「母上、先生って何ですか?」


陳氏は微笑んで答えた。「字を教えてくれる人よ。あなたのお父さんは字が読めないから、いつも悔しがっていたわ」


鳳麒の目が輝いた。「僕も字を覚えたい!」


しかし、世珍は首を横に振った。「そんな余裕はない。お前は畑仕事を手伝え」


鳳麒の表情が曇る。陳氏が夫に懇願した。「せめて少しだけでも...」


渋々ながら世珍は許可を出した。「一月だけだぞ」


鳳麒は喜びに震えながら、村の集会所へと向かった。そこには既に多くの子供たちが集まっていた。


先生は穏やかな表情の中年男性だった。「さあ、今日から皆さんと一緒に学んでいきましょう」


鳳麒は熱心に先生の言葉に耳を傾けた。一字一字、必死に覚えていく。夜になると、土間に棒で字を書いて復習した。


「鳳麒、もう寝なさい」母の声がする。


「あと少しだけ」


鳳麒は懸命に字を書き続けた。その姿を見て、陳氏は複雑な表情を浮かべた。


一ヶ月はあっという間に過ぎた。最後の授業の日、先生は鳳麒を呼び止めた。


「君は非常に優秀だ。もっと学びを続けるべきだよ」


鳳麒は嬉しさと悲しさが入り混じった表情を浮かべた。「でも、父上が...」


先生は鳳麒の肩に手を置いた。「私が話してみよう」


しかし、世珍は頑として聞く耳を持たなかった。


「無駄な事を覚えても仕方がない。畑仕事の方が大事だ」


鳳麒は涙をこらえながら畑に向かった。それでも、学んだ文字は決して忘れなかった。夜な夜な、こっそりと復習を続けた。


「いつか、もっと多くの事を学びたい」


そう心に誓いながら、鳳麒は日々を過ごした。


第四章:少年の夢


13歳になった鳳麒は、日に日に世界への好奇心を募らせていった。


ある日、村を訪れた行商人から、都の話を聞いた。


「都には、空まで届きそうな高い建物があるんだ。それに、たくさんの本がある場所もあってな」


鳳麒の目が輝いた。「本ですか?たくさんの本が...」


行商人は楽しそうに続けた。「そうさ。お前みたいな賢い子なら、きっと喜ぶだろうな」


その夜、鳳麒は眠れなかった。頭の中は都の光景で一杯だった。


翌朝、鳳麒は思い切って父に話しかけた。


「父上、僕、都に行きたいんです」


世珍は驚いた表情を浮かべた。「何を言っている。お前にはここで働いてもらわなければならないのだ」


「でも、もっと学びたいんです。たくさんの本が読みたいんです」


世珍の表情が険しくなる。「馬鹿な。本など読んでも腹は膨れんぞ」


鳳麒は諦めきれずに食い下がった。「でも、もっと知識があれば、もっと良い暮らしができるかもしれません」


パシッという音と共に、鳳麒の頬に痛みが走った。世珍が鳳麒を平手打ちしたのだ。


「二度とそんな事を言うな」


世珍の怒声に、鳳麒は黙り込んだ。しかし、その心の中の炎は消えなかった。


その晩、陳氏が鳳麒の部屋を訪れた。


「鳳麒、お父さんの気持ちもわかってあげて」


鳳麒は黙ったまま布団にくるまっていた。


「でも、あなたの気持ちもわかるわ」陳氏は優しく続けた。「夢を持つことは素晴らしいこと。でも、今はまだその時じゃないの」


鳳麒はゆっくりと顔を上げた。母の目には優しさと、どこか悲しみのような感情が浮かんでいた。


「母上...」


「あなたの時が来るわ。それまでは、ここでしっかり働いて、家族を支えてね」


鳳麒は静かに頷いた。母の言葉に、少し心が落ち着いた気がした。


それからも、鳳麒の夢が消えることはなかった。畑仕事の合間に、こっそりと字の練習を続けた。時には、通りがかりの旅人から様々な話を聞いては、遠い世界に思いを馳せた。


「いつか必ず...」


鳳麒は心の中でそう誓い続けた。厳しい現実の中にあっても、その小さな希望の灯火は決して消えることはなかった。


第五章:試練の始まり


鳳麒が15歳になった年、泰水全土を襲った大干ばつは、鍾離村にも容赦なく襲いかかった。


空は日々青く澄み渡り、雲一つ見えない。それは美しい光景でありながら、農民たちにとっては恐ろしい光景でもあった。


「父上、作物が...」


鳳麒は心配そうに畑を見つめた。黄色く枯れかけた稲穂が、かすかな風にそよいでいる。


世珍は無言で畑を見つめていた。その目には深い絶望の色が宿っていた。


村中が水不足に苦しんでいた。井戸は日に日に水位が下がり、村人たちは遠くの川まで水を汲みに行かねばならなくなった。


ある日、鳳麒は水を汲みに行く途中、道端で倒れている老婆を見つけた。


「大丈夫ですか!」


鳳麒は急いで駆け寄った。老婆の唇は乾き、顔色は土のように悪かった。


「水を...水を...」


老婆は掠れた声で言った。


鳳麒は迷わず、自分の水筒を老婆の唇に当てた。

「ゆっくり飲んでください」

老婆は貪るように水を飲み、少しずつ顔色を取り戻していった。

「ありがとう、坊や。お前は本当に優しい子だ」

老婆の言葉に、鳳麒は照れくさそうに頷いた。しかし、家に戻ると、父の怒りの声が響いた。

「何てことをしてくれたんだ!」世珍は鳳麒を睨みつけた。「あの水は家族のためのものだろう!」

鳳麒は萎縮しながらも、反論した。「でも、あの方は死にそうでした。見捨てるわけには...」

パシン!再び鳳麒の頬に平手打ちが飛んだ。

「馬鹿者!今は自分の家族を守るのが何より大事なんだ!」

鳳麒は涙をこらえながら、父を見上げた。その目には怒りと共に、深い悲しみが宿っていた。

母の陳氏が割って入った。「あなた、鳳麒はただ...」

「黙れ!」世珍の怒声に、家中が静まり返った。

その夜、鳳麒は眠れずにいた。父の言葉が頭の中で繰り返される。「本当に、家族だけを守ればいいのだろうか...」

翌日、さらに悪い知らせが村に届いた。蝗の大群が近づいているというのだ。

村長の李老が皆を集めて言った。「みんな、これが最後の手段だ。蝗が来る前に、作物を刈り取ろう」

村人たちからどよめきが起こった。まだ熟していない作物を刈り取るのは、来年の種まで失うことを意味する。しかし、他に選択肢はなかった。

鳳麒も家族と共に畑に出た。痩せこけた稲を刈り取りながら、彼の心は重かった。

「神様、どうか我々をお守りください...」

しかし、神の慈悲はなかった。翌日、空を覆い尽くすほどの蝗の群れが村を襲った。

「逃げろ!」「作物を守れ!」

悲鳴と叫び声が村中に響き渡る。鳳麒は必死に蝗を追い払おうとしたが、その数はあまりにも膨大だった。

数時間後、蝗の群れが過ぎ去ると、村は地獄絵図と化していた。畑は食い尽くされ、わずかに残った作物も台無しになっていた。

世珍は呆然と立ち尽くしていた。「これで...終わりだ...」

その言葉に、家族全員の表情が曇った。鳳麒は父の落胆した姿を見て、胸が締め付けられる思いだった。

その夜、家族会議が開かれた。

「食料が底を尽きかけている」世珍が重々しく言った。「このままでは、冬を越せない」

陳氏が提案した。「私が町に出て働きに行きましょう」

「駄目だ」世珍は即座に否定した。「お前の体では...」

鳳麒は勇気を出して口を開いた。「父上、僕が行きます」

家族全員の視線が鳳麒に集まった。

「お前が?」世珍は驚いた表情を浮かべた。

鳳麒は決意を込めて言った。「はい。僕ならまだ若いし、働けます。家族のために...」

一瞬の沈黙の後、世珍はゆっくりと頷いた。「わかった。だが、気をつけろよ」

その言葉に、鳳麒は父の愛情を感じた。

翌日、鳳麒は家族に別れを告げ、近くの町へと旅立った。背中には家族の期待と不安が重くのしかかっていた。

「必ず、家族を救ってみせる」

鳳麒は固く心に誓いながら、未知の世界へと一歩を踏み出した。

第六章:町での苦難

鍾離村から三日歩いて、鳳麒はようやく噂に聞いていた町、青山市にたどり着いた。

「これが...町」

目の前に広がる光景に、鳳麒は息を呑んだ。人々が行き交い、馬車が往来し、市場では様々な商品が売られている。鍾離村とは全く異なる活気に満ちた世界だった。

しかし、その興奮も束の間、現実が彼を襲った。

「仕事を探さなければ...」

鳳麒は市場を歩き回り、店を回って仕事を探した。しかし、どこも同じ返事だった。

「悪いが、今は人手が余っているんだ」

「こんな若造に任せられる仕事はないよ」

「田舎者は帰れ!」

日が暮れる頃には、鳳麒の希望は打ち砕かれていた。空腹と疲れで足取りも重い。

市場の隅で、鳳麒は途方に暮れていた。そこへ、一人の老人が近づいてきた。

「坊や、何をしている?」

鳳麒は恥ずかしそうに答えた。「仕事を探しているのですが...」

老人は鳳麒を上から下まで眺め、しばらく考え込んだ。

「うーむ。わしの店で働いてみないか?」

鳳麒の目が輝いた。「本当ですか!?」

老人は笑顔で頷いた。「ああ。ただし、きつい仕事だぞ。それでもいいか?」

「はい!どんな仕事でも頑張ります!」

こうして鳳麒は、老人の経営する酒屋で働くことになった。仕事は確かにきつかった。重い酒樽を運び、店の掃除をし、酔っ払いの客の相手をする。

しかし、鳳麒は決して不平を言わなかった。「家族のため」という思いが、彼を支えていた。

ある日、酔っ払った客が鳳麒に絡んできた。

「おい、小僧。酒をもっと持って来い!」

鳳麒は丁寧に答えた。「申し訳ございません。あなた様はもう十分お飲みになられたかと...」

「何だと!?」客は激怒し、鳳麒の襟首を掴んだ。「生意気な小僧め!」

その時、老人が割って入った。

「まあまあ、お客様。この子はまだ若いですからね」

老人の機転で、事態は収まった。客が帰った後、老人は鳳麒に言った。

「よく耐えたな。立派だ」

鳳麒は頭を下げた。「ご主人様のおかげです」

老人は鳳麒の肩を叩いた。「お前は良い子だ。しかし、世の中にはもっと理不尽なことがある。耐えるだけでなく、時には立ち向かうことも必要だ」

鳳麒はその言葉を胸に刻んだ。

月日は流れ、鳳麒は少しずつ町の生活に慣れていった。給金の大半は家族に送り、自分はわずかな金で質素に暮らした。

しかし、町での生活は鳳麒に新たな視野をもたらした。様々な人々との出会い、書物との出会い。鳳麒は空き時間を見つけては本を読み、知識を吸収していった。

「いつか、この知識を活かして、もっと大きな世界で...」

そんな夢を抱きながら、鳳麒は日々を過ごした。しかし、彼はまだ知らなかった。故郷で、さらなる悲劇が彼を待ち受けていることを。

第七章:帰郷

青山市での生活も2年が過ぎようとしていた頃、鳳麒は故郷からの手紙を受け取った。

震える手で封を切り、中の手紙を広げる。そこには、弟の必死の筆跡で書かれた文字があった。

「兄上、急いで帰ってきてください。父上と母上が...」

鳳麒の顔から血の気が引いた。すぐに老人のもとへ駆けつけ、事情を説明した。

「行くがいい」老人は静かに言った。「家族が一番大事だ」

鳳麒は涙ぐみながら頭を下げた。「ご主人様、本当にありがとうございました」

荷物をまとめ、鳳麒は急ぎ足で故郷へと向かった。道中、不安な思いが胸を締め付ける。

「父上、母上...どうか無事で...」

3日後、ようやく鍾離村に到着した鳳麒を迎えたのは、あまりにも変わり果てた故郷の姿だった。

かつての緑豊かな村は影も形もなく、荒れ果てた畑と朽ち果てた家々が広がっていた。人々の姿もまばらで、歩いている者も皆、痩せこけて生気がなかった。

自分の家にたどり着くと、弟が飛び出してきた。

「兄上!」

痩せこけた弟の姿に、鳳麒は胸が痛んだ。

「父上と母上は?」

弟の表情が曇る。「中にいます...」

家の中に入ると、そこには寝込む両親の姿があった。

「父上、母上!」

鳳麒は駆け寄った。両親の顔は蒼白で、目はくぼんでいた。

世珍が弱々しい声で言った。「鳳麒...よく戻ってきてくれた...」

陳氏も涙を浮かべながら微笑んだ。「鳳麒...大きくなったわね...」

鳳麒は両親の手を握りしめた。「父上、母上、私が帰ってきました。もう大丈夫です」

しかし、現実は厳しかった。村を襲った疫病は、多くの命を奪っていた。医者も薬も不足し、人々は絶望の中で日々を過ごしていた。

鳳麒は必死に両親の看病をした。町で学んだ知識を総動員し、薬草を集め、粥を作り、できる限りのことをした。

しかし、運命は非情だった。

ある朝、鳳麒が目を覚ますと、父の世珍はすでに冷たくなっていた。

「父上!父上!」

鳳麒の叫び声が家中に響き渡った。陳氏も泣き崩れ、弟たちも呆然と立ち尽くすばかりだった。

葬儀の準備をする間も、鳳麒の心は悲しみで押しつぶされそうだった。しかし、残された家族のために、彼は強くあろうと努めた。

父の葬儀が終わって間もなく、今度は母の陳氏の容態が急速に悪化した。

「鳳麒...」陳氏は鳳麒の手を握りしめた。「あなたを...誇りに思います...」

「母上、しっかりしてください!まだ死んではいけません!」

鳳麒は必死に母にすがりついた。しかし、陳氏の呼吸は次第に弱くなり、やがて...永遠の眠りについた。

鳳麒は号泣した。両親を失った悲しみと、自分が町にいる間に十分な看病ができなかった後悔が、彼を苛んだ。

村長の李老が鳳麒を慰めに来た。

「鳳麒、お前は良くやった。自分を責めるな」

鳳麒は涙を拭いながら答えた。「でも、私がもっと早く戻っていれば...」

李老は静かに首を振った。「誰にも運命は変えられん。お前の両親は、最期にお前の顔を見られて幸せだったはずだ」

その言葉に、鳳麒は少し心が落ち着いた。



第八章:責任と決意

両親の死後、鳳麒は突如として家長の立場に立たされた。弟妹たちの面倒を見ながら、荒廃した畑を何とか耕さなければならない。重圧は日に日に増していった。

ある日、鳳麒は畑で懸命に働いていた。乾いた土を耕しながら、彼の心は葛藤に満ちていた。

「本当に、ここにとどまるべきなのだろうか...」

そう考えていると、突然声をかけられた。

「鳳麒、少し休憩しないか?」

振り返ると、村長の李老が立っていた。李老は鳳麒に水筒を差し出した。

「ありがとうございます、李爺」鳳麒は感謝しながら水を飲んだ。

李老は鳳麒の労働の跡を見渡しながら言った。「お前は本当によく頑張っている。両親も誇りに思うだろう」

鳳麒は複雑な表情を浮かべた。「でも、李爺...これで十分なのでしょうか?私には、もっと大きなことができる気がするんです」

李老は鳳麒をじっと見つめた。「お前の中に、何か燃えるものがあるのは分かる。だが、今はここで踏ん張るしかない。村にはお前が必要なんだ」

鳳麒は黙ってうなずいた。しかし、その心の奥底では、まだ迷いが渦巻いていた。

その夜、鳳麒は眠れずにいた。窓から月明かりが差し込む中、彼は両親の位牌に語りかけた。

「父上、母上...私は正しいことをしているのでしょうか?ここにとどまり、家族と村を守ることが、本当に私のあるべき姿なのでしょうか?」

答えはなかった。しかし、鳳麒の心の中で、何かが芽生え始めていた。

翌朝、鳳麒は早くから起き出し、村を歩き回った。荒れ果てた畑、朽ち果てた家々、痩せこけた村人たち。その光景が、彼の心に火をつけた。

「このままではいけない。変えなければ...」

鳳麒は村長の家を訪ねた。

「李爺、お願いがあります」

李老は驚いた様子で鳳麒を迎え入れた。「どうした、鳳麒?」

鳳麒は真剣な表情で言った。「村を変えたいんです。今のままでは、みんな飢え死にしてしまう。新しい農法を導入したり、他の村との取引を始めたり...何か方法があるはずです」

李老は眉をひそめた。「そうだな...確かにその通りだ。だが、どうやって?」

鳳麒は決意を込めて答えた。「私が学びます。そして、その知識を村のために使います」

李老は長い間黙っていたが、やがてゆっくりと頷いた。「分かった。お前の熱意は伝わった。村人たちを説得するのを手伝おう」

その日から、鳳麒の日々は一変した。昼は畑仕事と村の再建に励み、夜は李老から借りた古い書物を読んで勉強した。時には近隣の町まで足を運び、新しい農法や取引の方法について情報を集めた。

しかし、全てが順調だったわけではない。多くの村人たちは変化を恐れ、鳳麒の提案に反対した。

「今更何を言うんだ。今までのやり方で十分だ」

「お前のような若造に何が分かる」

そんな声が、鳳麒を幾度となく打ちのめした。しかし、彼は諦めなかった。

ある日、鳳麒は村の集会で熱弁を振るった。

「みなさん、このままでは村は滅びてしまいます。変わらなければ生き残れない。私たちには可能性があるんです。新しい種や、より効率的な灌漑方法...これらを取り入れれば、きっと...」

鳳麒の言葉に、少しずつ村人たちの態度が変わり始めた。特に若い世代は、鳳麒の情熱に心を動かされた。

徐々に、村は変化し始めた。新しい農法の導入により、収穫量は増え始めた。近隣の町との取引も始まり、村に少しずつ活気が戻ってきた。

ある夕暮れ時、鳳麒は両親の墓前に立っていた。

白鳳麒は両親の墓前に立ち、静かに目を閉じた。風が頬を撫で、乾いた大地の匂いが鼻をくすぐる。彼は心の中で語りかけた。

「父上、母上。鍾離の地は少しずつ姿を変えております。かつての荒廃した畑には新たな命が芽吹き、人々の目にも希望の光が宿り始めました。これもきっと、天帝様のお導きなのでしょう。私はこの手で、我らが家族と、そしてこの村を守り抜く所存です。ですが時折、胸の奥で燃え盛る炎に戸惑いを覚えます。これは野心なのでしょうか、それとも使命なのでしょうか。どうか父上、母上。私の歩む道を、黄泉の国からお見守りください。そして、この不肖の子をお誇りいただけますよう」

言葉を終えると、一陣の風が吹き抜けた。それは、まるで両親の魂が応えてくれたかのようだった。白鳳麒は深く一礼すると、再び村へと歩を進めた。彼の背中には、まだ見ぬ大きな運命が影を落としていた。」

風がそよぎ、鳳麒の頬を撫でた。それは、まるで両親が彼を励ましているかのようだった。

しかし、鳳麒の心の中では、まだ大きな夢が燻っていた。村を救うことはできたかもしれない。だが、彼の野心はそれだけでは収まらなかった。

「もっと大きな世界で、もっと多くの人々を救いたい...」

その思いは、日に日に強くなっていった。鳳麒は17歳になっていた。彼の人生の新たな章が、今まさに始まろうとしていた。

エピローグ

鍾離村の変化は、周囲の村々の注目を集め始めていた。ある日、隣村の長が鳳麒を訪ねてきた。

「若き賢者よ、我が村にも教えを」

鳳麒はその言葉に、大きな可能性を感じた。彼の知識と経験が、もっと多くの人々の役に立つかもしれない。

そして、ある晩のこと。鳳麒の夢に、赤い鳥が現れた。

「汝の使命は、ここに留まるだけではない。より大きな世界が、汝を待っている」

鳳麒は目覚めると、すぐに李老のもとへ駆けつけた。

「李爺、私...旅に出たいのです」

李老は深いため息をついた。「分かっていた。お前はこの村には大きすぎる器だ。行くがいい。だが、忘れるな。ここがお前の原点だということを」

鳳麒は涙ぐみながら頷いた。「はい。必ず、恩返しをします」

翌日、鳳麒は村人たちに別れを告げた。弟妹たちは泣いていたが、彼の決意を理解していた。

「必ず戻ってくる。そして、もっと大きな力を持って、みんなを助けるんだ」

そう約束して、鳳麒は旅立った。彼の胸には、両親から受け継いだ強さと、村での経験で培った知恵があった。

未知の世界への不安もあったが、それ以上に大きな希望が彼の心を満たしていた。

鳳麒はまだ知らなかった。この旅が彼を帝の座へと導くことになるとは。しかし、その瞳には既に、未来を変える者の輝きがあった。

こうして、白鳳麒の大いなる物語が、その一歩を踏み出したのである。



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