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ショートショート7月〜4回目

煮え湯

作者: たかさば

 ……旦那には、いつも煮え湯を飲まされている。


 ―――後片付けはやっとくから、花火行ってきなよ!


 そう言って送り出されて…疲れて夜遅くに帰ってくると、テーブルの上には朝ご飯の残りと、晩に食べたであろうコンビニのゴミが散らかっている。


 ―――洗濯物は干しとくから、何も気にしないでゆっくり買い物に行ってきたら!


 喜んで出かけて夕方家に帰ると、臭くなった洗濯物が洗濯機の中で固まっている。


 ―――いいよ、俺今日休みだし、草刈っとくよ!!


 裏庭の雑草を取る手伝いをしてといったら、大口をたたいて。

 パートから帰れば、庭の草はぼうぼうのまま。


 仕方ないから、植木バサミでちまちまと草を切ってたら、旦那が戻ってきて。


 ―――そんなやり方じゃあいつまで経っても終わらないよ!!


 草刈機を出してきて、スイッチを入れたところでご近所さんがやってきて。


 ―――あらまっ!ご精が出ますね!!

 ―――いいわねえ、うちの主人なんて何もしないで寝てるわよ?

 ―――さすが愛妻家だねえ!


 ご近所さんに、自分がすすんで草刈りをやっているんだというアピールをする。


「やっとくよ」と言った時点で、やった気になっているのが憎たらしい。

 まったく何もしていないのに、やっているんですよと吹聴するのが腹立たしい。


 キッチンのシングルレバー混合栓の調子が悪いから、業者に頼もうと思うと言うと。


 ―――いいよいいよ、俺が休みの日に替えるよ!!

 ―――安いやつ見つけたからさ!!


 ぬるま湯の出ない、お湯か水どちらかしか出ないタイプの蛇口を購入して取り付けてしまう。


 食器洗い機の調子が悪いから業者を呼ぼうかなといえば。


 ―――いいよいいよ、俺今日休みだから修理してみる!

 ―――直すと高くなりそうだったから、中古で安いの買って来た!


 シンク横を占領する食器乾燥機を買ってくる。

 まな板を置くスペースがなくなって、調理がしにくくて仕方がない。


 エアコンの効きが悪くなってきたから、業者を呼びたいと言えば。


 ―――ちょっとエアコン屋のツレに聞いてみるわ!

 ―――扇風機と併用すると冷えるようになるんだって!

 ―――安かったから買って来たよ!


 まさか、家の中で工場扇を使うことになろうとは。

 風が強すぎて、花瓶もぬいぐるみも吹っ飛んで、ホコリが舞って…ハウスダストアレルギーがひどくなった。


 自分ひとりで判断して、それが一番良い選択だと疑わないのが憎たらしい。

 どう考えても最善の策ではないのに、一人ご満悦状態なのが腹立たしい。


 旦那には、本当に、本当に……煮えたぎった湯を、飲まされている。


 ―――そんなに使わないんだから、これでいいでしょ

 ―――やっといてあげたのに、そういう態度なんだ?

 ―――消音タイプのやつだと倍の値段するんだよ

 ―――使ってるうちに慣れるって!

 ―――今やろうと思ってたのに!

 ―――俺って良い旦那だろ?

 ―――そうなんですよ、いつもやってるんです!

 ―――うちの奥さん、何でも俺にやらせるんですよ!

 ―――もっと感謝してくれてもいいのに!!


 もっともらしいことを言っては、開き直る。

 勝手な思い込みで、迷惑なことをする。

 いいことをしたのだと、周りに自慢する。


 正直、ストレスが半端ない。


 何もしないなら何もしないで…そのままでいてくれた方がいい。

 人の目や好印象付けがないと…自ら動こうとしないのが忌々しい。

 誰かに自分の手柄を自慢する姿を見るたび…げっそりする。




「奥さんは幸せですね、こんなにいい旦那さんを持って!」

「浩二君はこのあたりで一番できた旦那だって噂になってるんだよ」

「家庭円満のこつを教えてくれよ」


「はは、それは…文句を言わないことですね。僕、奥さんには文句を言わないって決めてるんですよ」


 文句は言わないが、延々と不満を口にする。

 聞こえるように、わざとらしく、いつまでたってもねちねちと。


「それはすごい、寛大なこと!!」

「優しいご主人ね、奥さん!!」

「広い心を持ってるのねえ…あんたも見習いなさいよ!!」

「俺は亭主関白派なんだよ!!」

「時代遅れの人がここにいますよー!」

「まあまあ!!せっかくの飲み会の席で争いはね?!」


 場の雰囲気を乱さぬよう、私はにっこりと微笑んで……何も語らない。


 ―――みんなが奥さん呼んで来いって言うからつれてってやるよ!

 ―――場の雰囲気を悪くするようなこと言わないでね!!

 ―――うまいもん飲み食いできるんだから行くでしょ?

 ―――もう行くって言っちゃったから!!


 旦那の評判を落とすようなことを口にすれば、クソ腹立たしい呪言を浴びせられるのは自分だとわかっている。


「でもねえ…、こっちは一生懸命やってやってんのに、奥さんは文句ばっかり言うんですよ、悲しいことにね…」


 出た出た、周りから同情を引こうとする…いつもの流れ。


「誰でもミスはあるのに、一回の失敗を責めてくるんですよね」

「いいと思ってしてやっても、満足してくれなくて」

「自分の感想ばかり押し付けられて、労う気持ちが貰えない辛さがね!」


 毎回毎回、私が悪者になって。

 毎回毎回、私が謝ることになって。

 毎回毎回、私が許されることになって。


「でも、俺は嫁のこと、愛してるから!!」


 旦那の大げさなアピールで盛り上がって…ご満悦状態でお開きになる。


 ……今日も、このパターンか。

 うんざりした気持ちで、事の次第を…傍観する。


「クー、健気だねえ!!」

「男はね、褒められて伸びるもんなんだよ?もっとおだててあげなきゃ!」

「恵まれた環境に気がついてやらないといかんなあ!」

「奥さん、贅沢すぎるよ。もっと労ってやれば?」


 ここで一言でも反論すれば、旦那は水を得た魚のように…いきいきと私の至らない点を口にする。


 アイロンがへたくそで変なしわがついている、ボタン付けを頼んだらゆがんでいて会社で恥をかいた、靴磨きを頼んだらしわの中が拭いてなかった、歯磨き粉がなくなってて風呂上りに買いに行かされた……。


 出勤10分前にしわだらけのシャツを渡されて。

 玄関先で今ここでボタンつけてと言われて。

 真夜中に泥だらけの靴で帰ってきて。

 酔っ払って買ったばかりの歯磨き粉のチューブを踏んでぶちまけて。


 自分の至らない点を全部私のせいにして、俺は何も悪くないと開き直る。


 いちいち状況を説明したところで…、旦那に友好的な人々は…私の言葉を信じてはくれない。


 だから、私はいつも…黙り込むことに徹して……


「労ってやれば……?何、その上から目線」

()()()()()()()っていう言い方、どうかと思うわ?」


  うん……?

 賛動する声が、ちらほら……。


「横沢さんって結構マイペースだから、奥さん苦労してそう…」

「いつも旦那さん立ててて、いい奥さんだよねえ?」

「いつも言い返しもせずニコニコしてて…、こういうのを健気っていうんだよ?」

「ちょっと、あなた…もっと奥さんを大事にしてあげなさいよ!!」


「へっ?!あ、ああ、ハイ……」


「ぜんぜん身が入ってないじゃない!!」

「大切にしてやってると思い込むのと、本当に大切にしているかはイコールじゃないのよ?!」

「横沢さん、奥さんの飲み会に連れて行かれたことあるの?連れまわしてるくせに!」

「もしかして…自分のことを良く見せたくて連れて来てるの?」


「いや、決してそんなつもりは……」


 ………思いがけず、奥様方にいろいろ言われたことが身にしみたのかどうかは、わからないけれど。


 最近、少しだけ…、旦那の身勝手な行動が落ち着いてきた気がする。


 何かを買う前に、私に確認を取ったり。

 何かして欲しい事はないか、聞くようになったり。


 ……私も、旦那の言葉を鵜呑みにするのをやめた。


 旦那の「やっておくよ」を、ただの意味のないフレーズだと捉えれば…心もささくれ立たない。


 旦那に相談する前に、専門家に相談するようにした。

 中途半端に相談するから、中途半端に解決しようとされてしまうのだ。


 旦那とたわいもない話をして、それとなくほしい物の詳細を伝えておくようにした。

 あれが欲しい、これが欲しいと商品名だけ伝えてしまうと、自分の欲しい機能がない同じ名前の品物をお迎えすることになりかねない。


「おーい、前から欲しいって言ってた空気清浄機、買って来たよ!安かったんだ!!」


 ……私に一切相談せず、買い物をしてくるのは全く変わっていないのだけれども。


 さて……、私が前から言っていた、やたらと機能の充実しているタイプの空気清浄機はいらないなぁという言葉は、どれだけ理解してもらえたのかな?


 ダンボールを開ける豪快な音が響くリビングで、私が見たのは……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] かなり癖の強い旦那でしたが、最後には少し改善も見られましたね。 最後、箱から出てきたのは果たして…。
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