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バレンタインに七色の花が入ったチョコレートを食べさせると想いが叶うという学園の伝説を信じているコワモテイケメンの花探しを手伝う話

作者: ミドリ

ハッピーバレンタイン♡

 聖朱古力(サン・ショコラ)学園には、変わった伝説がある。


 校内のどこかに咲いていると言われる、七色の花。その花を入れたチョコレートをバレンタイン当日に意中の相手に食べてもらったら想いが叶う、というものだ。


 ちなみにうまくいかなかった場合は、自分で食べたら恋心を忘れられる効果もあるんだとか。なに、そのご都合主義。


 どう考えても嘘くさいし、第一聖朱古力学園は男子校だ。なんで男子校に告白イベント的伝説があるんだよ、馬鹿馬鹿しい――な、筈だったんだけど。


「……筒井、何してるの?」

「あ」


 旧校舎裏にある、放置され続けて遺跡と化してる温室。園芸部ですら俺以外は立ち寄らない俺の憩いスペースで、何故かクラスメイトの一匹狼的コワモテイケメンが背中を向けてしゃがんでいるじゃないか。


 黒髪のウルフカットの筒井は、背も高けりゃ体格もよく、更に目つきも鋭いしいつも無言だから、周りに人が近づいてこないタイプの人間だ。


 俺だって席が隣同士じゃなければ、そして筒井がちょいちょい教科書を忘れたり消しゴムを忘れたりして「見せて」とか「貸して」とか言わなければ、まあ関わることのない人種だった。何故か席替えしても隣になるんだよね。不思議。


 一見雰囲気怖い人だけど、俺が目線を逸らさないでいるとすぐにフッと逸らすので、多分見た目が怖い無愛想な人なだけなんだと思う。てそれ、普通に怖いよね、あはは。


 そんな筒井が、何故俺のオアシスに……。


 お互いに固まったまま、無言で見つめ合った。



 俺は平凡過ぎる故か、何故かいつも陽キャグループに絡まれてしまう。この温室は、そんな俺の逃げ場所だ。


 今日も「高校に入ってから入れ食い状態」と豪語しているクラスメイトで金髪陽キャの梶の肘掛けにされそうになり、走って逃げてきたところだ。


 なんか、気が付くと陽キャグループがいつも俺を取り囲んでるんだよね。どいつもこいつもやたらと距離が近いし、中でも梶が一番近い。常にどこかに寄りかかられてる。体幹が弱いんだと思う。


 今のところパシリに使われたことはないけど、グループの目立たないポジションにいる奴らは普通にパシられてる。だから俺だって、いつ肘掛けからパシリに変わるか分かったもんじゃない。


 それに、最近陽キャグループの姫的存在の花田くん、通称『花ちゃん』の俺を見る目が怖くて仕方なかった。女装したらその辺の女子より間違いなく可愛いだろうって見た目をしてるんだけど、あの大きな目で睨まれると本気で逃げ出したくなるんだよな。


 なので、俺は今日も昼休みのチャイムと共に弁当を掴むと、肘掛けにしようと梶が寄ってきて捕まる直前にダッシュですり抜けた。それでもなお俺を追いかけてくる梶に温室の存在を知られたくなくて、ルートを選びつつ何とか撒いて逃げてきた――という訳だ。


 温室の中は、育ち放題の蔦や南国の樹木がびっちりと生えていて、ガラスの壁の内側を覗き見ることはできない。入り口には南京錠がかかっているけど、引っ張ったらあっさり開く。南京錠がボロすぎて、形だけなんだよね。


 温室の中はそれなりに広くて、長方形になっている。左右に花壇があって、真ん中の通路を進んでジャングルみたいな緑の壁を屈んで抜けると、半分朽ちたベンチとローテーブルがある。ここが、俺の秘密基地兼、オアシス。


 顧問の先生に「三上くんなら使っていいよ」と穏やかに言われて最初に訪れた時、ようやく安息の地を発見した……! と感動した。以来、掃除道具を持ち込んではせっせと綺麗にしていき、半年間俺は穏やかなひとりの時間を過ごしてきた――のに。

 

「ここ……こんな風になってたなんて知らなかった」


 体感的に三分は互いに無言で見つめ合っていた後、最初に口を開いたのは筒井だった。驚いた様子でベンチと俺を交互に見ながら、尋ねる。


哲平(てっぺい)……ここによく来るのか?」

「う……うん。俺、園芸部だし」

「いつも突然行方不明になって探しても見つからなかったのって、こういうことか……」


 筒井は、テーブルに積まれた俺の私物である漫画やらポテチやらを眺めながら、納得したように頷いた。


 ちなみに、大して仲良くもないのに、筒井は俺のことを下の名前で呼んでいる。いや本当、何で? ていうか探してたの? え、本当になんで?


「なんだ……知ってたら無理やり入らなかったのに」

「はい?」

「南京錠を引っ張ったら壊れたんだ。ごめん」

「は?」


 筒井の制服のポケットから出てきたのは、棒のところがポッキリと取れた元南京錠だった。入ってくる時に焦り過ぎて見てなかったけど、……確かに南京錠はかかってなかったかも?


 ――ちょっと待て。さすがにそれがないと、人が入ってくる可能性があるぞ!


 実際、これまで何度か表に人の気配を感じたことはあった。南京錠のお陰で、誰もジャングルな温室内に入ろうと思わなかったんだと思う。


 そんな砦的意味合いの南京錠を、この馬鹿力が……!


「お、おい……! 嘘だろ、何やってくれちゃってんの!?」


 破壊された南京錠に飛びつき、涙ぐむ。筒井の無駄に大きく骨ばった手から南京錠を奪うと、状態を確認した。……うん、悲しいほどに綺麗に折れちゃってる。ああ、俺をオアシスへ導く魔法の鍵が……!


「あー……駄目だこりゃ。新しいのを買ってくるしかないなあ」


 カモフラージュだったのに本当に鍵が必要になると運用が色々と面倒臭そうだけど、仕方ない。俺の私物も大分持ち込んじゃってるし、セキュリティ的な意味合いでもきちんとした鍵を付けるしかないだろう。


 すると、筒井の息を呑む音が間近から聞こえてきた。


「ごめん……」


 あ、ショック過ぎて、筒井がいるの忘れてた。


 筒井が、それ睨んでない? ていう目つきで俺を見ながら、南京錠を持つ俺の手を両手で包み込む。


「俺が弁償する。本当にごめん、哲平」


 待て、筒井。何故俺の手を当然のように包み込むんだ。同級生だっていうのに完全に包まれてしまう自分の手の小ささが悲しい。


「ま、まあ……俺のもんってことでもないんだけどさ……っ」


 手を引っこ抜こうとしたけど、できなかった。この馬鹿力め。


「でも、ここは哲平の隠れ家だったんだろ? そこに無理やり入ったのは俺だ」


 俺がじっと見ていると、筒井がスッと目線を逸らし――筒井の黒い頭が、何故か俺の肩にぽとんと乗った。……筒井ってさ、前から思ってたけど、パーソナルスペースおかしいよね。教科書見せる時も腕同士がくっつくし、何なら腿もくっついてるし。そういう距離感の人ってたまにいるよね。それが筒井みたいなコワモテの男だとちぐはぐで笑っちゃいそうになるんだけど、こいつそれに気付いてるのかな。


 そもそも筒井が俺以外の人と話してる場面を見たことがないから、客観的に見てどれだけ滑稽かは俺も分からないけど。


「……怒ってるか?」


 くぐもった声で、寂しそうに言われても。ウルフカットの飛び跳ねた毛先が俺の頬をくすぐって、かゆくて笑いそうになった。こうなると、あーもう、仕方ないなあって気持ちに変わっていく。


 まあ、こいつもわざとじゃなかったんだろうし、ここいらで許してやるかって思えた。


「怒ってないから、ここのことは誰にも言うなよ」

「言わない。ていうか哲平以外と話はしてない」


 うーんと……。どうして俺って梶といい筒井といい、こう一癖二癖ありそうな奴らに絡まれるんだろう。人畜無害な平凡の王道を進んでる筈なのに、おかしい。


「哲平……?」


 顔をゆっくりと上げる筒井。超至近距離から上目遣いで見つめられると、「こいつ実はまつ毛長いんだなあ」とか「本当顔だけ見るといい作りしてるよなあ」とかついまじまじと見てしまう。虹彩が普通の茶色よりも少し薄茶なのも、実は前から知ってたりして。


「頼む、信じてくれ……!」


 形のいい薄めの唇を悲しそうに噛みしめる筒井を見ている内に、狼は狼なんだけど一匹狼というよりは逸れて一匹になっちゃった淋しい狼に見えてきてしまった。


 こうなると、俺は弱い。俺の可愛い妹・ゆかりにも、「お兄ちゃんって庇護欲そそられる系本当に弱いよね」て言われてるだけあって、すぐに許してしまう。ゆかりに「お兄ちゃんだけが頼りなの!」て抱きつかれながら頼まれて、毎年バレンタイン前になると大量の友チョコを作ってやってるのは俺だしな。なお、ゆかりは指示する係。でも可愛いから許す。本命、入ってないよね? 入ってたらお兄ちゃん許さないよ?


「……哲平?」

「あ」


 いけない、最近ゆかりとバレンタインチョコ作りについて日々意見交換をしていたから、つい思考が明後日の方向に飛んでいってしまっていた。


 いつの間にか俺の脇に両手両膝を突いて俺を狼に襲われている子ウサギみたいに覆いかけている筒井の存在を思い出すと、俺はこくこくと幾度も頷く。


「分かった、信じる、信じるから」

「よかった……!」


 ホッとした様子の筒井。だからさ、5センチほどの距離でイケメン顔で覗き込まないで。俺ノーマルなのについドキッとしちゃうからさ。


 ずるずると後ろに逃げながら、俺はそもそも気になっていたことを尋ねることにした。


「にしても筒井さ、何したくてこんなことになってんの?」

「……そ、それは……っ」


 唇を噛み締める筒井。俯く頬が赤くなっていっているじゃないか。……おや? おやや? 俄然、興味が湧いてきた。


 ぽん、と筒井の肩を叩く。


「よし、話してごらん?」

「……だ、誰にも言わないでほしい……」

「分かった分かった。約束するから」


 でかい図体の癖にもじもじしている筒井をベンチに座らせると、俺は弁当の蓋を開けつつ筒井の話に耳を傾けた。



 筒井の話は、予想だにしていないものだった。


「――七色の花を探してる、と」

「……ああ」

「まじで? 筒井が?」

「…………ああ」


 隣に座る筒井の顔は俯いてしまって見えないけど、耳が赤いから滅茶苦茶照れているらしい。なにこいつ、実は純情な子?


「学校中を探してるんだけど見つからなくて……開かずの温室にあるかもしれないと思って、来てみたんだ」

「なるほどなあ。でも俺半年くらいここに通ってるけど、一度も見たことないよ」


 すると、筒井があからさまにがっかりとした様子で肩を落とす。


「園芸部に代々伝わる伝説とかは……?」

「そもそも園芸部っつっても他の部員と殆ど交流ないし」

「それって部活って言うのか?」

「とりあえず部活に入らないといけない人用なんだよ、園芸部って」

「へえ」


 この高校は、帰宅部は禁止されていて、なにかひとつでも所属しないといけない。入学当初から梶に目を付けられてしまった俺は、梶が所属するバスケ部のマネージャーになれと梶にしつこく絡まれていた。


 もう部活に入ってるからと答えると「どの部活に入ってるんだ?」と聞かれ、「どうせ興味ないだろう」と思って素直に家庭科部だと答えたら、次の日に梶と他の陽キャたちが仮入部してきた時には驚いた。


「え、そこまでする……?」てビビった。まじで。


 するとどうだ。梶たちはあっという間に家庭科部の中心になってしまい、俺は居心地が悪くなって辞めた。その後、奴らも辞めたと聞いて、どんな嫌がらせだよって泣きたくなった。


 さてどうしよう。部活には入らないといけないけど、きっとどこの部に行っても同じことの繰り返しになる。


 そんな時、園芸部の顧問の先生――穏やかな枯れ木みたいなおじさん先生だ――が「園芸部に入る?」と俺に声を掛けてくれたんだ。


 園芸部は、運動部にも文化部にも馴染めない子たちの逃げ場として存続している部だ。園芸部に入るには、この人の審査が必須となる。先生と一緒に盆栽を育ててもいいし、花壇の草むしりをしてもいいし、花をぼーっと眺めるだけでもいいって言われて、俺は即座に入部を決めた。


 それでも花に水やりをしていると、梶はやってきた。俺は肘掛けじゃないんだってば。


 先生は「三上くんの癖が誤解させちゃうんだろうねえ」なんて言ってたけど、俺には何のことやらさっぱり分からない。「癖って何ですか?」て聞いたら、「いや、いいことなんだよ」と濁された。ちゃんと教えてほしい。


 ここも駄目か――そう思った時、先生が温室の鍵の話をしてくれた。「鍵あるけど、引っ張ったら開くから」って。


 以来、俺は梶に捕まりそうになると温室に逃げていた。


「そうか……園芸部でも知らないのか」


 見るからに凹んでしまった筒井が項垂れた狼に見えてしまい、気付くと俺は口走っていた。


「そんな落ち込むなって。知ったのも何かのよしみだし、俺も探すの手伝うから」

「え……っ、いいのか!?」


 途端、笑っちゃいないんだけど目を輝かせる筒井。そういや筒井の笑顔って見たことないかもしれない。いつもむすっとしてボソボソ喋るしでかいから怖いけど、実はちゃんと「ありがとう」とか言える子なんだよな。俺知ってる。なんせしょっちゅう物を貸してあげてるから。


「あ、ありがとう……?」


 いいの? いいの? とでも言いたげな上目遣い。ふは、必死さが感じられて面白いかも。梶もこれくらいの謙虚さがあればなあ。あいつは「俺が俺が」だし声はでかいし態度もでかいし、本当俺のいないところでやってくれないかなっていつも思ってる。


「いいよ。教室にいると梶たちに肘掛けにされるだけだから大体いつもここにいるだけだし」


 すると、何故か筒井が素っ頓狂な表情に変わった。なに、その何もかもが分かりませんみたいな顔。


「肘掛け……?」

「あ、筒井は休み時間になるとすぐにどこかに行ってたから知らないかもな」


 筒井は昼休みや放課後になると、気付くといなくなっていた。だから俺が梶たちに絡まれていることも、気付いていなかったのか。


 ――そういや、筒井が隣にいる時に梶たちに絡まれたことってないかも?


「重いし訳分かんないし、だから捕まりそうになるとここに逃げてたんだよ」

「俺がいない時、そんなことに……」

「なー。今思ったけど、筒井が隣にいる時ってあいつら近付いてこないんだよなー」


 大方、筒井の眼力が鋭くて雰囲気怖いとかそんなところだと思うけど。


 何故か俯いて前髪をぐしゃっとしてしまった筒井が、地獄から響いてきそうな低い声で呟く。


「……花を探すことに夢中になりすぎて、本末転倒になっていたなんて……っ」

「え? よく分かんないけど、休憩時間使って七色の花をずっと探してたの?」

「ああ」

「そうなんだ……筒井って意外と一途だったんだな!」

「あ、ああ……」


 俺が梶たちに絡まれ出したのは、一学期の途中から。夏休みが明けて二学期に入った頃には、筒井はいつも昼休みはどこかに行ってしまっていた。


 ……考えてみたら、筒井がいなくなるようになってから、梶たちがもっと絡んでくるようになってたかもしれない。だから俺は逃げ回ってこのオアシスを先生から紹介された訳だけど、つまり半年もの間、筒井は花を探し回っていたってことにならないか。うわ、健気……!


 筒井が、項垂れたまま上目遣いで俺をチラ見する。


「……俺、雰囲気が怖いってよく言われるんだ」

「まあそうだよね」

「ぐ……っ」


 俺の返事が筒井のハートを抉ってしまったらしい。ごめん。


「ごめんごめん、それで?」


 頭をぽんと撫でて笑いかけると、筒井の目が細まってじっと俺を見つめ始めた。


「……だから、目が合ってもすぐに逸らされたりばかり、だったんだけど」

「分かる分かる」

「ぐっ」


 眉間に皺が寄る筒井。あ、またやっちゃったらしい。


「ごめんて。それで?」

「……だけど、そんな俺にも目を逸らさない子が、ひとりいて」

「へえー」


 なるほど。いつも向こうから視線を逸らされる筒井に、真っ向から見返す奴がいたのか。なるほど、それで興味が湧いて――と。


「儚い系の見た目なのに、その、視線が泳がなくてじっと見つめるところって格好いいし、嬉しくて」

「うんうん、それで?」

「す――好きになってたんだけど、全然相手にされてないから、それでバレンタインの伝説を聞いて、振り向いてもらえるかな……って」

「なるほどなあ」


 そんなメルヘンに縋りたくなるほど、その子のことが好きになっちゃったのね。おお、筒井ってマジで一途なんだな。見直した!


 ふと、気になっていたことをもうひとつ尋ねる。


「ちなみにチョコの作り方って知ってるのか?」

「い、いや……」

「俺さ、元家庭科部だし、実は毎年妹の友チョコを大量に作る係なんだよね。だからそっちも手伝ってあげようか?」


 すると、筒井の切れ長の瞳が大きく見開かれた。


「い、いいのか……?」

「まあ乗りかかった船っていうの? 実習とかで筒井の不器用っぷりを見てる身としては不安にも思うし」

「ぐ……っ」

「あ、ごめん」


 にこりと笑いかけながら、拳を握り締める。


「面白そ……ゴホ、筒井の恋が成就するように、俺も協力させてもらうからさ!」


 だから、ここの話は絶対にするなよ。


 改めて釘を刺すと、筒井は真剣な表情で大きく頷いたのだった。



 それから、俺と筒井の七色の花探しが始まった。


 これが案外、とても過ごしやすい。


 なんせ、梶たち陽キャグループの連中が、俺の隣に筒井がいると全く近付いてこないのだ。


 苦々しい顔で遠巻きに見られはするけど、いやあ、快適快適。


「筒井効果、すごい」

「普段そんなに絡まれてたのか? いないからちっとも気付いてなかった……」


 何故か悔しそうな顔をする筒井。こいつは本当、話してみると滅茶苦茶いい奴だった。


 相変わらずあれこれ忘れてくるから物を貸すと、きちんと「ありがとう」って言う。それに梶除け効果も抜群だし、なんせ無口だから静かでいい。お互い無言で俺のポテチ在庫を消費していても、全然苦痛じゃなかった。


 いやー、落ち着くなあ、筒井の隣。俺、陽キャグループのあのテンションの高さ、やっぱり苦手なんだなってつくづく思う。楽しくなくても「なっ!?」て肘掛けにされながら聞かれたら、「そ、そうだね」て答えないとじゃん。強めの同調圧力って誰得かなっていつも思う。


 この通り筒井は基本無口だけど、何気に気遣い屋さんでもあった。これは結構意外だった。


 俺の頭に葉っぱが付いてると「付いてる。待って、綺麗に取るから」って丁寧に取ってくれる。花を探して高い場所に上がる時は「掴まって」と俺の手を掴む。それに膝が汚れたらはたいてくれるし、「ほっぺが赤くなってる」って言ってマフラーを巻いてくれたりホッカイロをポケットに入れてくれたり――要は、至れり尽くせりだった。


 その日の探索が終わって温室に荷物を取りに戻ると、「これ飲んで」って言って俺の大好きな甘いミルクコーヒーの缶を渡してくれるし。俺の好物、いつ知った? 冷めないように保温効果のあるカバーをつけておいてくれるとか、いやこんなの女子がされたらイチコロじゃない? て思ってしまった。媚薬紛いの七色の花なんてものを仕込まなくても、告白したら成功するんじゃないか?


 それでも筒井は「……自信がないから」と今日も七色の花を探す。


 バレンタインまで残すところ二日。七色の花は、まだ見つかっていなかった。


 校庭も校舎内も、確認済。前に一度筒井が確認しているけど花壇は見落としがありそうだからと、今日はもう一度全花壇を一緒に確認する予定だ。


 で、筒井が教室に俺たちお手製の校内地図を忘れてきてしまったので「温室で待ってる」と待ってるけど、なかなか戻って来ない。


 今日は梶はバスケの交流試合があって体育館にずっといるから、安全な日だ。筒井はひとりで彷徨くなって言ってたけど、まあ大丈夫だろう。


 温室から出て校舎の一階の渡り廊下まで行くと、筒井のでかい後ろ姿が見えた。いるじゃん。あんなところで立ち止まって、何やってんだろう?


「筒――」


 声を掛けようと思った瞬間、筒井に隠れて見えなかったけど、筒井と誰かが一緒にいるのに気付いて慌てて口を押さえる。


 誰だろう。筒井は俺以外と会話をしているのは見たことがなかったけど……。


 覗き見するようで何だか悪いし、と踵を返そうとしたその時。


 華奢な手が筒井の二の腕に触れたのが見え、思わず足が止まった。


「え……」


 いや本当、誰と話してるんだ? 気になってしまい、少し角度を変えて相手の姿が見える位置に移動すると。


「うっそ」


 なんと、筒井と親しげに話しているのは我がクラスの姫、花ちゃんじゃないか。しかも花ちゃんはにこにこしながら筒井に触れ、何やら楽しそうに話している。


「どういう状況……?」


 花ちゃんと筒井の接点なんて、全く知らない。


 筒井はどんな顔をしてるんだろう、もし困ってそうなら止めに入ってあげようかな――なんて思って、横から筒井の表情を確認した。


 すると。


「……!」


 筒井が笑ってる――しかも照れくさそうな顔して、耳も赤くなってるし。え、どういう状況? 俺、毎日筒井といるのに、笑顔なんて見たことないんだけど。


 花ちゃんは、背の高い筒井を真っ直ぐに見上げている。花ちゃんは背伸びをすると、筒井の耳元に顔を近付けて――。


「――ッ」


 直後、もうこれ以上見ていられなくて、俺は背中を向けた。コソコソと気付かれないように温室へ戻る。


 心臓がバクバクして痛い。なに、俺の心臓、いきなりどうしたの?


 分からないよ。そもそもなんで俺は逃げたんだ? 別に逃げる必要なんてどこにもなかっただろうに。


 でも。


 ――笑ってた、笑ってた、笑ってた。


 筒井が笑っていたことに驚いたんだ、きっとそうだ。それだけな筈。だって俺は――。


 温室に駆け込み、ベンチの上に寝転ぶ。何故か喉が痛くて、あれ、なんで俺泣きそうになってるのってパニックになった。


「え、待って、俺なに、どうした俺……っ」


 両手で顔を覆い、深呼吸して落ち着こうと頑張る。だけど、脳裏に浮かぶのは筒井の嬉しそうな笑顔と花ちゃんの親しげな姿で。


 それで、俺はようやく筒井の好きな相手が誰かを理解した。


「……そっか、花ちゃんだったんだ」


 確かに花ちゃんは誰だってまっすぐに見つめるから、筒井のことだって目を逸らさずにちゃんと見てたんだろう。


「……姫だし、可愛いもんなあ。納得……」


 まさか相手が男だとは思わなかったけど、あれならありだと俺だって思う。俺にはいつも睨んでくるから俺はないけど。


「い……っ」


 ツキリ、と何故か心臓のあたりが痛んで、手のひらで上から押さえた。


 なんで俺、こんなに動揺してるんだ。なにショック受けてんの? と思ってから、自分がショックを受けてることに驚く。


「――あ、そうか……」


 理由が分かってしまったかもしれない。一度も俺には向けられなかった笑顔を、自然に花ちゃんには向けてたことに、ショックを受けたに違いない。


 だって、あの陽キャグループにいる花ちゃんだぞ? 俺は梶が苦手で逃げてたけど、まさかそのグループに所属してる花ちゃんを、俺側の人間だと思っていた筒井が好きだったなんて誰が思う?


 でも、同時に納得する。ああ、だから俺には誰が好きなのかを言わなかったのかなってさ。


 そう、きっとそうに違いない。


 だから、俺にも笑ってほしかったなあとか、俺に優しくしてたのって南京錠を壊しちゃった償いだったんだろうなあとか、つい責めるようなことを考えてしまった俺が悪い。俺は筒井に気を許しかけていたけど、筒井は俺に遠慮して言えなかったんだ。ごめんな、気を遣わせてたのに気付かなくってさ。


 ……なのにどうして涙が滲むんだろう。なのにどうして胸がズクズクと痛むんだろう。


 ぐし、と手の甲で幾度も瞼を拭う。


 すると。


「……あれ?」


 これまで気付かなかった、天井を伝う蔦に咲く花。真上にあるから、完全に見落としていた。


「え、え、あれってまさか」

 

 起き上がり、ベンチの上に立つ。天井に向かって手を伸ばしてみたけど、俺の身長じゃ届かない。


「えいっ」


 不安定なベンチの上で軽めにジャンプをしてみた。お、あと数センチってところかな。もう一回だ!


 今度は膝を曲げて、大きくジャンプする。手のひら大の花がプチッと取れた。


「やった……あっ」


 着地点がずれたらしい。爪先はついたけど、踵が降りてきた場所にベンチがなくて、大きくバランスを崩す。


 やばい! ローテーブルにぶつかる……!


 衝撃に備え、目を瞑って身体を強張らせた。


 だけど。


「――哲平っ!!」

「うわっ!」


 覚悟していた衝撃の代わりに俺を受け止めのは、力強い腕だった。


「何してるっ!」


 荒い息をして俺を腕に抱いているのは、筒井だ。心配そうに歪んでいる顔は、やっぱり笑ってはいない。


 俺はへらりと笑うと、手に持っていた花を見せる。


「見ろよ。見つけたぞ、七色の花」


 筒井の目が、大きく見開かれた。



 翌日、つまりバレンタイン前夜。


 俺は元家庭科部のよしみで調理実習室を貸してもらうと、放課後に筒井と二人でチョコレート作りを開始した。


 昨夜の内にゆかりの分の友チョコは作り終わっている。家に腐るほどあった型を持ってきて筒井に「どれにする?」と見せると、筒井は目移りしながらもハート型の大きな型を選んだ。


 ツキリ、と俺の心臓が再び痛む。


「本命チョコオンリーだもんな。いいと思うよ」

「何から何まで、ありがとう、哲平」

「いや、こっちも色々助かってたしいいよ」


 へらへらと笑っても、やっぱり筒井は笑顔にならなかった。


 明日花ちゃんへの告白が成功したら、俺はまた温室でひとりに戻るだけだ。万が一梶に肘掛けにされたところで、まあ別に考えてみたら梶は声と態度がでかいだけで乱暴なことはしないし、俺が慣れさえすればきっとうまくやっていける。それに学年が上がればクラスも変わるだろうし、だから大丈夫だ。


 もう、筒井が隣にいてくれなくても――淋しくなんかない。


「――で、刻んだ花びらを湯煎したチョコレートに混ぜて、型に注ぐ」

「こ、こうか……?」


 物凄い真剣な眼差しで、型にチョコレートを注いでいく筒井。筒井の横顔を見ていたら、泣きそうになった。


 昨日ひと晩悶々としてから今日改めて筒井の隣に立って、分かったことがある。


 どうやら俺は、いつの間にか筒井を好きになってたらしい。そう考えると、俺の心臓の痛みも、筒井と過ごしている時間がすごく好きだったことも、家に帰ってからも筒井のことばっかり考えていたことにも説明がつくのだ。


 俺はずっと、せっせと好きな相手の恋愛成就を手伝っていたのだ。そのことに気付いたのがバレンタイン前日だなんて、馬鹿すぎるにもほどがある。しかも七色の花まで見つけてあげちゃって、チョコ作りまで手伝ってさ。


「……あーあ」

「え? 何か間違ったか?」


 筒井が聞き返した。でも勿論、言える筈もない。俺の気持ちは、気付いたと同時に叶わないことが決まっているんだから。


「あ、違う。独り言」


 代わりに、にこりと笑う。


「なあ、俺も七色の花入りチョコ、ひとつ作っていい?」

「えっ?」


 筒井が、何故か驚いた様子で尋ねた。


「……誰にやるつもりだ?」


 訝しげな顔をされて、俺って誰かを好きになるのもありえないくらいぼっちに見えてたのかよ、とちょっと腹が立つ。あれは俺のせいじゃない。梶のせいだし。


「え、内緒」

「え……」


 どうしてショックだよみたいな顔になるんだよ。なんだか意地悪している気分になってきたけど、でも俺は言うつもりはない。だから筒井の痛いところを突いた。


「筒井だって俺に好きな奴が誰か言ってないだろ」

「そ、それは……っ」


 動揺する筒井の手から、チョコレート入りのボウルを奪う。小さめの型に注ぎ入れた。


 得体の知れない花を食うんだから、俺は少量でいい。腹を壊したら嫌だしなあ。


「――さ、これで後は冷やしてラッピングすればオッケーだよ」


 バットに入れて冷蔵庫に入れると、これまた家で余っていたラッピング材を取り出す。


「筒井はどれにする?」

「……これ、かな」


 筒井が選んだのは、赤のベースに白いハート模様が付いている可愛らしい包装紙だった。リボンは濃いピンク。


「はは、可愛いの選ぶね。きっと相手も可愛い子なんだろーな」

「……」


 そこはハイって言っておけよな。内心苛立ちながらも、笑顔で話しかける。


「調理室の冷蔵庫はでかいし有能だから、三十分程度あれば固まると思う。その間に片付けようか」


 とうとう返事すらなくなってしまった筒井。明日の告白を考えて緊張してるのかもしれない。


 これ以上喋っても、余計なことを喋りそうで怖い。


 俺も無言になると、片付けを始めることにした。


 ……明日、筒井の告白を見届けよう。それで結果を見てから――俺の育ち始めていた恋心を忘れるべく、チョコを食べるんだ。うん、その流れでいこう。


 きっと明日の今頃は、これまでひとりでいた日常に戻って、心も凪いでいる筈だから。


 だからそれまでは辛くても、筒井の恋愛成就を祈ろう。


 何だか筒井の視線を感じたけど、今夜ばかりは筒井の顔を直視できなくて――俺は俯いたまま、静かに片付けを進めた。

 


 そして、バレンタイン当日。


 花ちゃんは喜々としてチョコレートを陽キャグループの人たちに配っていた。


 校門で女子に待ち伏せされてもらう人とかもいて、男子校だけどちゃんとイベント感があることに感心する。


 俺はというと、早く登校してきていた。筒井がいつ花ちゃんにチョコレートを渡すつもりなのかが分からなかったから、一応待機しておこうかと思ってさ。


 だって、本当に伝説の通りだったら、チョコを口にした花ちゃんは筒井のことを好きになる筈。そうしたら、俺と筒井がくっついて教科書を見せ合っている場面とかを見たら、きっと今まで以上に睨まれることになる。


 俺は必要以上に陽キャグループに目を付けられたくないんだ。


 というつもりだったんだけど、誤算があった。


 梶だ。


「なあ、三上はチョコはないの?」


 梶は、席についている俺の背中に寄りかかりながら、俺の肩から両腕をダランと前に垂らしているところだった。耳元に息を吹きかけるな。そして重い。体幹鍛えろよ。


「ないよ」


 ああ筒井、告白する為でもいいから早く登校してきてよ。どうしてお前いつもギリギリなの? こんな日くらい早く来いよ……! と心の中で愚痴っても、筒井は来ない。そういやあいつ、遅刻常習犯だった。


「え、本気でないの? 俺結構期待してたんだけどなー」

「あの、重いんだけど」


 梶は俺にべったりと張り付いたまま続ける。


「鞄の中、本当に入ってないの?」


 梶の長い手が、机の横にかけられた俺の学生鞄に伸びていった。拙い、あの中には自分で食べようと思っていた七色の花入りのチョコがある。万が一梶に食べられてしまったら、梶が俺に惚れて、なんて――ないない、絶対やだ!


「――ばっ、勝手に触るなっ!」


 伸ばされた梶の腕を振り払った。すると、何故か梶が俺を腕ごときつく抱き締める。恐ろしく低い声で、耳元で囁かれた。


「……マジで? 誰にあげるつもりだったんだよ。それとももらった? 誰に?」

「ひ……っ」


 しまった、逆効果だったらしい。


「ち、ちが……っ、今朝、妹からもらったのが入ってるから、だから」

「本当に妹か?」

「そ、そもそも梶には関係な……」


 首に息が吹きかかる。ひ、ひいいいっ! 誰か、誰か助けて! と思うのに、俺が見るとみんなサッと目を逸らす! ちょっと! お前らの大好きな梶だよ、引き取って、お願いだから!


「なあ三上、今日放課後さ……」


 と、その時。


 バン! という大きな音がした瞬間、梶がビクッとした。隣の机に叩きつけるように置かれた鞄。あれ、チョコ入ってるんじゃないの? 割れてない?


「――離せよ」

「はっ! なんでお前にそんなことを言われなくちゃ――イッ!」


 筒井が、梶の手首を掴んで捻り上げる。


「哲平嫌がってんのが分かんねーのかよ。すぐに離れろ、今すぐにだ」

「う、うるせえ、三上は俺と……イテテテッ!」


 筒井は反対の手首も掴んで捻ると、梶はその場で尻もちを突いた。その隙に筒井は俺の腕を掴んで立ち上がらせる。


「――こっち」

「えっ!? で、でも」

「いいから」


 グイグイと引っ張られて、教室の外へと連れて行かれた。


 教室の中はざわめいていて、「梶、もう諦めろよー」「合コン開いてやるからさ」とかいう謎の言葉が聞こえてくる。諦める? 何を?


 廊下をずんずん進んでいく筒井。あれよあれよという間に人気のない階段まで連れて行かれると、くるりと振り返った筒井が俺の両肩を掴んで「……はあー……」と深い溜め息を吐いた。


「びっくりした……」

「ご、ごめん」

「俺がいないと、あんなにくっついてきてたのか」

「ああ……うん、すぐに肘掛けにするからさ……」

「……」


 眉間の皺が怖い怖い。般若みたいな顔になってるよ筒井。


 俺はへらりと笑うと、手をひらひらと振った。


「いやあ、マジで助かったよ! でもさ、ほら、チョコ渡さないとだろ?」

「……」

「俺のことは気にしないで、渡してこいって! な!」


 ぽんぽん、と筒井の二の腕を叩く。すると、筒井がポケットからチョコレートが入った包みを取り出した。あ、そこにあったんだ。鞄に入ってたらってドキッとしちゃったからよかったよ。


 筒井はスーッと息を吸い込むと、俺を見つめる。……ん? なんでチョコを俺に向けてるのかな? 花ちゃんは教室にいるよ?


「……筒井?」


 怒ったような表情の筒井が、小刻みに息を繰り返している。


「あ、まさか予行練習? 確かにこれの練習はしてなかったもんな」


 どういう顔をしていいか分からなくてまたへらりと笑うと、筒井が短く「違う」と答えた。……ええと?


「食べて。今すぐ食べて」


 ……え?


「哲平が好きな奴にチョコを渡す前に、食べて」

「え? いやちょっと待て」

「食べて。お願いだ」

「待てって。お前さ、いくら予行練習だからって花ちゃんの名前を間違えたらだめだと思うぞ」


 すると、筒井は思い切り顔をしかめながら言った。


「……は? どうしてあいつの名前が出てくるんだよ」

「は? だって、筒井が好きなのって花ちゃんでしょ?」

「は?」

「え?」


 しばし見つめ合う俺たち。互いの頭の上には、でっかいクエスチョンマークが浮かんでいる筈だ。


 最初に口を開いたのは、やっぱり筒井だった。


「……花田は、俺の従兄弟だ。好きになるとかは、あり得ない。普通に気持ち悪い」

「えっ、従兄弟!?」

「あいつは高校からこっちに来たんだ。中学時代の坊主頭をバラされたくないから他人のフリしろって言われてて、だから」

「花ちゃん、中学時代坊主だったの」

「あ」


 しまった、といった表情で口をつぐむ筒井。言っちゃだめなやつじゃん、それ。


「……あいつのことはいいんだ。俺は哲平が好きな奴にチョコを渡す前に俺のを食べてほしくて、だから」


 え? ちょっと待って、俺は今激しく混乱している。坊主頭もだけど、え、筒井が俺にチョコを渡すつもりなのって、それってまさか――。


「え、いや、ち、ちが、俺は……、好きな奴を忘れようって自分で食べる為に用意しただけで、誰かにあげるつもりは」

「は? 忘れる? 告白も受け付けてくれない奴を好きになったのか?」

「えっ!? いや、そうじゃなくて、だって俺、筒井は花ちゃんに告白するもんだとばっかり……っ」

「は?」

「あ」


 しまった。これじゃ俺が告白してるようなものじゃないか。


 咄嗟に口を押さえて逃げようとした――んだけど、筒井の腕力の前じゃ逃げられないよね、知ってた!


 筒井の顔が近付いてくる。


「……哲平、今のってまさか」


 俺はぷいっと横を向いた。


「お、お前の話は信用し切れてない! だって、花ちゃんには笑ってたじゃないか! 俺には一度だってそんな顔……っ」

「笑ってた? いつの話だ」

「お、一昨日だよ!」


 すると筒井が「あー」と思い出したように声を出す。


「……あれは、あいつが『最近いい感じじゃん、一気に畳み掛けろよ。急がないと梶に食われるぞ』って言うから、いい感じ……俺もそう思うなって思ったら、笑ってた……かも」

「いい感じってなにが」

「俺と哲平が」


 え、なに? 周りから見た俺たちってそういう雰囲気に見えてたの?


「なるほど……? じゃあ急がないと梶に食われるってなに?」


 俺の言葉に、筒井が「はあー」とため息を吐いた。


「梶は哲平を狙ってるって聞いていた。花田が梶を牽制しても全然効果ないから哲平を近寄らせないようにしてくれてたけど、梶はかなり哲平に本気らしくてそろそろ危険だって言われて」

「はい?」


 あ、花ちゃんが俺を睨んでたのって、「さっさと逃げろ馬鹿!」て意味だったの? え、梶って俺のこと好きだったの? え? ええええ!?


「全然気付かなかった……」

「哲平はかなり鈍感だもんな。俺が一所懸命アピールしても、全く気付いた様子はなかったし」


 重々しく頷かれても。アピール? あ、まさかくっついたりするやつ?


「パーソナルスペースが近い人かと……」

「ほらな」


 言われてしまった。


 筒井が、屈んで俺の顔を覗き込む。


「……でもさっき、俺のことを忘れる為にチョコを食べるつもりだって言った」

「……い、言った、かも」


 これってもしや。嘘だろ、と顔がカアアッと熱くなってきた。


 筒井の顔も、こころなしか赤い気がする。


「それは、哲平も俺のことが好きだってことでいいのか?」

「も、って」


 筒井が、小さいけど確かに笑みを浮かべた。


「俺は哲平が好きだ。いつも真っ直ぐに目を見て話してくれるところが大好きだ」

「……!」

「哲平に見つめられて梶とか他の奴らも勘違いしてるみたいだけど、哲平は俺のことが好きで間違いないよな?」


 笑ってくれた。筒井が、俺の目を見つめながら笑ってくれた――!


 そのことがあまりにも嬉しすぎて、気づけば俺の瞳から涙が溢れ出していた。


「チョコ……もらってくれるか?」


 微笑みながら尋ねる筒井に、俺は何度も頷き返す。


「うん……っ、うん、俺のも、俺のももらってほしい……!」

「哲平……!」


 筒井は七色の花のような艶やかな満面の笑みを浮かべると、広い腕で俺を包み込んだ。



 教室に戻ると、梶の姿はなかった。


 花ちゃん曰く、「目の前で奪われたショックで早退した」らしい。……ええと、俺はノーコメントで。


 昼休みになって筒井と温室に行くと、改めてお互いにチョコを渡し合った。


 七色の花は苦くて、決して美味しいとは言えなかったけど。


 ――チョコ味の筒井の唇は、甘くてとても美味しかった。



―完―

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[良い点] 物語としては王道な展開でありながらも、哲平が筒井に惹かれていく過程が丁寧に描かれていたため、ハッピーエンドだと分かっているのに応援したくなりました。 自分に笑顔を見せてくれない筒井が気にな…
[良い点] 可愛いお話をありがとうございました。お花探す筒井君可愛いです。 梶君の気持ちが伝わらなかったのが辛くて。梶君の想いが伝わるifのお話や、梶君のお友達の中に梶君が大好きで、頑張って梶君応援し…
[良い点] 読んだー!! うーん、この不器用な恋愛感がいいよね〜!! 不器用で真っ直ぐ。最高か。 ╰(*´︶`*)╯♡
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