第九十話 なんや面白そうやな
雑賀の里は、戦国エリアとは思えないほど近代的な場所だった。
もちろん見た目は戦国時代のモノ。
でも家の中は文明の利器であふれている。
シャワートイレ、電子レンジ、冷蔵庫、上下水道。
洗濯機がないのは、生活魔法の「清潔」で汚れを除去できるからだろう。
しかも、その清潔の魔法により下水を処理して畑で使うらしい。
なかなか合理的だ。
というコトで、体も清潔の魔法で綺麗になるから風呂も必要ない。
でも、やっぱりそこは日本人。
公共の温泉が幾つもあり、客が途切れるコトはないらしい。
などと俺がジュンの説明を聞いていると。
「ジュンねェ。鉄砲が見たい!」
モカが目をキラキラさせてジュンに頼み込んだ。
ってジュンねェ? いつの間に、そこまで仲良くなったんだろ?
「ウチ、鉄砲って見たコトないねん。戦国エリアじゃあ、戦を左右するほどの武器なんやろ? どんなモンか楽しみや」
「モカの戦闘力と比べたらオモチャみたいな威力なのだが、そこまで言うのなら見てもらおうか」
というコトで、ジュンが案内してくれたのは。
「ここが第1射撃練習場だ。練習できる人数は50人。的までの距離は30メートル。鉄砲は自分の物を持参する。他にも50メートル、70メートル、100メートル、150メートル、200メートルの練習場がある」
現代日本の弓道場そっくりの場所だった。
違いは、的までの距離。
200メートルなんて、弓道じゃ有り得ない。
もちろん、使っているのは火縄銃だ。
「普通の火縄銃の殺傷距離は100メートル程度で、甲冑を撃ち抜くなら50メートルがせいぜい。だが雑賀の里の鉄砲鍛冶は改良を重ね、200メートルでも甲冑を撃ち抜ける鉄砲を作りあげたのだ」
ジュンが説明している間も、鉄砲の練習は続く。
だから途切れるコト無く銃声が響くなか、ジュンが続ける。
「練習は週に2回。午前の組と午後の組に分かれて行っている。鉄砲の練習がない日は、農業をしたり漁業や林業を行ったり、公共の施設で働いたりしている」
「鉄砲が本職やのに、猟はせぇへんの?」
そう言うモカに、ジュンが苦笑する。
「名人級の鉄砲撃ちが1500人だぞ? 全員が毎日狩りをしてたら、動物は絶滅してしまうだろ? だから資源保護のために、1度に狩り出られる人数は制限しているのだ」
「そう言われたらそうやな」
モカも笑うが、そこで気付いたらしい。
「でも、毎日練習しとるんなら、なにかスキルが発生するんとちゃうの?」
「もちろんだ」
ジュンは胸を張ると説明を始める。
「5万発くらい火縄銃を撃つと、射撃関連のスキルを手に入れる者が出現し始めるんだ。命中率がアップする精密射撃とか、動いている的への命中率がアップする動態狙撃とか、夜でも狙撃できる夜間狙撃とか、な。そして野外で訓練したら、職業が機動狙撃兵に変化する事もある」
「5万発かいな。気が遠くなるように時間がかかるんやろな」
「いや、半年くらいだぞ」
「半年!? たった半年かいな!」
「だから戦国エリアの外にレベルを上げに行くより鉄砲の練習をするのだ。しかし残念な事に、イノシシや熊は経験値を持っていないので、猟をしてもレベルアップはしない」
「へえ、そうなんや」
なんかモカ、楽しそうだな。
姉さんが出来たみたいで、嬉しいのかもしれない。
ま、美人と美少女が楽し気に話しているのは、見てて楽しいからイイけど。
なんて俺が、ホンワカしていると。
「孫一様、お待ちしておりました!」
5人の男達が駆け寄ってきた。
そして俺とモカに鋭い視線を向けると。
「この2人が、小六殿が言っていた興味深い者ですかな?」
「ふむ。たしかに強者の空気を身に纏っておる」
「というか、見ただけで足が震えてきたぞ」
「うむ、確かにこの気、尋常ではないな」
「戦場を生き抜いてきたワシの本能が恐れておる?」
ヒソヒソと話し始めた。
そして、1人がジュンに質問する。
「孫一様。ここにいるという事は、この2人はヤタガラスの団と行動を共にするという事で宜しいのでしょうか?」
「というより、皆も聞いた事があるだろう? 戦国エリアの何処かに軍用ライフルが手に入る場所があると。この2人は、その場所に行って武器を持ち帰る道案内をしてくれるんだ。おそらくその場所は、危険な場所だろうから」
「その危険な場所に行くのに、たった2人で何が出来るというのです?」
明らかに不満げは男にジュンがフッと笑う。
「それは、この2人のステータスを視てから言うと良い。ロック、モカ、この者達にステータスを見せてやってきれないか?」
「いいぞ」
「ええで」
というコトで、ステータスオープン。
と同時で。
「「「「「な、なんとぉおおおおおおおおお!!!!!」」」」」
男のむさくるしい絶叫が木霊し。
「「「「「「失礼いたしましたぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」」」」
5人の男達がビシィッと土下座した。
その芸術的と言っても過言じゃない土下座姿に。
「いや、なんも気にしとらんから、とにかく頭を上げてぇな」
モカが慌てて声をかけるが、その時。
カンカンカンカンカン!
なにやら甲高い音が里中に響き渡った。
なんだ? と俺が聞く前に。
「警報だ。ワタシの館に行くぞ」
ジュンがそう言って駆けだす。
同時に5人の男達は。
「我々は持ち場に!」
そう言って、別の方向に走り去った。
そしてジュンの後を追って、俺とモカが2分ほど走ったトコで。
「あれがワタシの館だ」
ジュンは100メートル四方もある丸太の壁を指さした。
壁の高さは30メートル、丸太の太さは2メートルくらい。
その直ぐ内側に見えるのは、更に高さ40メートルの丸太の壁。
かなり堅牢な建物で、とても館には思えないな。
それはモカも同じらしく。
「館? ウチには、とてもそうは見えへんけど」
そう言いながら壁を見上げている。
そんなモカに、ジュンがニヤリと笑う。
「ここは戦国エリアなんだからな。館と言っても、砦として設計されている。雑賀の里の民5000人が立て籠もって戦う、城と言ってもいい」
そしてジュンは館の正面に造られた大門の前に立つと、大声を上げる。
「状況を説明しろ!」
と同時に。
「孫一様!」
大門の奥から男が飛び出して来た。
引き締まった体つきの30歳くらいの男だ。
「武装した200名が、雑賀の里に向かっています。7分ほどで射程範囲に入ると思われます!」
「民の避難は!?」
「普段の訓練通り、近くの者は砦に収容! 避難が間に合わない者は、山中の隠し砦に向かっております」
「よし!」
そう言うジュンと共に、俺とモカが大門を潜ると。
ズッズゥン!
地を揺らして大門が閉じられた。
中から見ると、砦の構造が良く分かる。
壁の内側には足場が組まれて、身を隠しながら敵を狙撃できる造りだ。
そして俺とモカは、ジュンと共に壁の上に立つ。
と同時に俺は、雑賀の里を見渡して。
「へえ。この里自体が1つの城なんだ」
思わず、そう呟いた。
攻めてきた敵を、効率よく狙撃できるように計算された造りになっている。
しかもヤタガラスの団の鉄砲兵の数は1500人。
200人ごときなら瞬殺出来るだろう。
でもそんなコト、敵だって分かっているハズ。
どうしてたった200人で攻め入ってきたのだろう?
なんて考えていると。
「武装集団、来ました!」
という声が響き、雑賀の里の入り繰り辺りで騎馬200が現れた。
おや?
野党を想像してたけど、立派な甲冑を身に付けた侍ばっかりみたいだぞ?
どうなってんだ?
っていうか、騎馬の正体は。
「小六!?」
ジュンが大声を上げたように蜂須賀小六が率いる蜂須賀一家だった。
「って、見違えるほど立派な武者姿だな。これなら小六が戦国大名と名乗ったとしても、間違いなく人々は信じるぞ」
思わず漏らした俺に、ジュンは。
「蜂須賀一家を構成する主要な者達は皆、骨のある侍だからな。それを統率する小六も、それなりの武者という事だ」
そう言ってから小六に向かって声を張り上げる。
「小六!! 200騎もの騎馬を率いて、どうしたのだ!?」
この問いに、小六は。
「今から小田を攻め滅ぼす! 時間が勝負だ! 直ぐに出撃できる者のみで構わないから付いて来い!」
そう言うと。
「はいっ!!」
馬を駆った。
と同時に。
ドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!
200の騎馬が小六に続いて駈け出す。
「ああ、もう! 急に動きやがって!」
ゲシゲシと床を蹴ってから、部下に命令を下す。
「くそ、仕方ない! 出れる者はワタシに付いて来い!」
そしてジュンは、俺とモカに目を向ける。
「同行してくれるか?」
って、さっき小六、小田を滅ぼすって言ったよな?
ひょっとして、織田信長に代わって天下統一を目指す気か?
ってか、織田信長じゃなくて小六でも、歴史通り成功するのかな?
これは見に行く価値がありそうだな。
というコトで。
「行こう」
「なんや面白そうやな。ウチも行くで」
俺はモカと一緒に、桶狭間の戦い見物を決めたのだった。
2023 オオネ サクヤⒸ




