第六十六話 1番の敵は鬼じゃない
牛頭鬼を倒したモカに、俺は慌てて声をかける。
「モカ! 手は無事なのか!?」
金剛夜叉明王撃の呪符を5枚まとめて敵に叩き付ける。
しかも呪符を手に握ったままで。
そんな使い方、俺はプログラムしていない。
下手したら破壊力が暴走して自爆しても不思議じゃない使い方だ。
なのにモカは。
「へ? ナニ焦った顔しとん? もちろん平気やで」
ケロッとした顔で、そう答えたのだった。
「だって金剛夜叉明王さんの呪符やで。これっぽっちもウチに危害が及ぶワケあらへんやん」
平然どころか、当たり前の顔でモカが言う。
なるほど。
心の底から信じてるから、金剛夜叉明王も、それに応えてくれたワケか。
そういや百鬼夜行の時も、詠唱が不十分なのに発動してたもんな。
それがあるから、モカは心の底から金剛夜叉明王を信じているんだろう。
いやモカは、息をするのと同じレベルで仏を信頼している。
なら俺は真似しない方がイイかな。
俺はモカみたいに、金剛夜叉明王に絶対の信頼を置けない。
そんな俺に、金剛夜叉明王も答えてくれないだろう。
もちろん、他の明王も。
って、ちょっと待てよ。
金剛夜叉明王撃は、俺がプログラムしたモンだ。
その力である金剛夜叉明王も、俺がプログラムした。
つまり金剛夜叉明王とは、単なる高度なプログラムに過ぎない。
この世界が、俺のプログラムした通りなら、その筈だ。
でも実際のトコ、金剛夜叉明王は明らかにモカを助けている。
本来なら発動しない場面で発動し、普通なら不可能な使用にも応えてる。
というコトは。
この世界には、自分の意志で行動する金剛夜叉明王が存在する?
その金剛夜叉明王は、どこまで俺がプログラムした金剛明王なんだろ?
あるいは、ホントに金剛夜叉明王を呼び出してしまった?
もしそうなら、この世界を創造した神と金剛夜叉明王。
どっちの神が、より立場が上なのだろう?
いや、そもそも……。
と、考えこんでると。
「どしたん、ロックにぃ。せっかく中ボス倒したんやさかい、サッサと第3ステージに進もうで」
モカが、何も考えてない顔で俺を覗き込んできた。
ふう。でも、そうかもしれないな。
どれほど考えても結論なんて出るハズがない。
もちろん、正解に辿り着くコトも無いだろう。
なら今、出来るのは先に進むコトのみ。
というコトで、俺は。
「よし、モカ。先に進もう」
「もちろんや!」
第3ステージである洞窟に、足を踏み入れるコトにしたのだった。
ちなみに、この洞窟は鍾乳洞をイメージしてプログラムした。
だから鍾乳石が立ち並び、天井からも鍾乳石が垂れ下がっている。
洞窟の広さも高さも様々。
直径3メートル程度の場所もあれば、直径30メートルもある場所もある。
くどいようだが、俺がプログラムしたんだから攻略するのは楽勝だ。
でも、今回のダンジョントライの主役はモカ。
だからモカに先を進ませるが。
「なあ、ロックにぃ。急に敵が出ぇへんようになったと思わへん?」
モカが言ったように、急に鬼が出なくなった。
まあ、理由は分かってる。
でもここは、正解を足えずヒントを与えるだけにするか。
もっともっと自分で考えて行動できるようになって貰う為に。
「モカ。分からない時は……いや基本的にダンジョントライ中は、千里眼を常時発動しておいた方がイイぞ」
俺は、それだけ言っておく。
いや、コレじゃ説明不足だな。
もうちょっと具体的に教えておこう。
「あのなモカ。例えばだけど、京の都の道具屋の名前を全部知ってるか?」
「今日の都の道具屋? そないなモン、覚えとるワケないやん。いちいち確認しとるワケや無いさかい」
「そこだ、モカ。何度も通ってるんだから、目に入って無いワケがない。けど道具屋の名前なんて気にしてないから見えていない。それはダンジョンでも言えるコトなんだ。目的を持って見ないと、見えてないのと同じになる。具体的に言うと、危険な要素はないか、とかな」
「危険な要素……」
そう呟きながらモカは、千里眼を発動させたらしい。
「これは……毒ガス?」
やっと、この洞窟の危険に気が付いたらしい。
でも、それだけじゃ十分じゃない。
「他にナニか気付いたコトは?」
「他に?」
モカは、更に意識を集中させると。
「なんや小さな生き物がおる。虫……いや、クモ?」
「ほぼ正解かな」
俺は洞窟の先を指さす。
「あそこから少し下り坂になっって、直ぐに上り坂になってるだろ? つまり、あそこだけ低くなってるんだ。そしてその低い場所に、空気より重い気体が溜まるんだけど、問題は、その気体が硫化水素ってコトだ」
「硫化水素?」
モカが首を傾げるのも無理ない。
魔法で殆どの事が出来るこの世界では、あまり科学は発達していないから。
「空気中に1%あるだけで即死する物質だ」
「たった1パーセントで!?」
目を丸くするモカの足元を俺は指さす。
「あと、蜘蛛にも気がついてたみたいだけど、ほら、そこにもいるぞ」
「え? わきゃ!」
そこにいたのは……日本人の感覚だと、かなり大きな蜘蛛。
しかも。
「毒グモだ。噛まれたら危険だぞ」
名前はカバキコマチグモ。
日本に実際に生息しているクモだ。
体長は、雄が10ミリから13ミリ、メスが12ミリから15ミリくらい。
と言ったら、小さいと思うかもしれない。
でも土蜘蛛の時に言ったように、蜘蛛の体長とは頭から腹部分まで。
足は含まれていないから、実物はかなり大きく感じる。
1番の特徴は、世界猛毒ランキング6位と言われる毒だ。
カバキコマチグモの毒の半致死量(LD50)は0・005mg/kg
かつて世間を騒がせたセアカゴケグモの半致死量は0・9mg/kg。
カバキコマチグモの毒がどれ程強力か分かるだろう。
え? 半致死量ってナニって?
分かり易く説明すると。
オリンピック選手と虚弱体質の人が、同じ量の毒で死ぬハズないよね?
なら、どれほどの量を飲んだら死に至るのだろうか?
そこで沢山のマウスを使って実験。
少しずつ、飲ませる毒の量を増やしていく。
そして半数が死んだ時の毒の量が、半致死量だ。
なので、この量で必ず死ぬワケじゃない。
あ、ついでに説明しておくけど。
体重15キロの子供と、体重200キロの相撲取りを、どう比べるか?
その答えが、体重1キロあたりの量で表示する方法。
これが半致死量/kgという単位だ。
おっと、話しを戻そう。
この先の、ダンジョン「鬼が島」の第3ステージでの1番の敵は鬼じゃない。
毒をどう攻略するか、が問われるステージだ。
2023 オオネ サクヤⒸ